プロローグ
「もう、こんなカジノ辞めてやる」
固い決意で、ジャックはディーラーの仕事を放棄し、自分が勤める姉妹店の「ナイト・バード」のブラックジャックのテーブルに座っていた。無断欠勤してまでだ。
彼は、ラスベガスでも有名なビックカジノ「カイザー・フェニックス」のバカラテーブルのディーラーとして3年の職務の功績で3か月前に昇進し、よりハイクラステーブルを任せられていた。にもかかわらず、職務上のルール違反となる姉妹店への客として来たのだ。
ジャックには不満があった。
「自分も一流のブラックジャックのプレイヤーなのだ」と。
若者であれば、誰しも思う傲慢さと、自暴自棄なギャンブラー精神が、彼を突き動かしていた。確かに、カジノで仕事をしたいと思う若者は、何かしらの野心があるだろう。彼自身にも何がしかの才能があるのも確かだ。
しかし、しかしである。勝てる保証など、どこにあるのであろうか。彼は全財産の3300ドル全てを、今日、自分の漠然とした才能にオール・イン(全て賭ける)するつもりなのだ。
しかし、しかしである。本来であれば傲慢な勢いだけで、たいした努力もしていないジャックが勝つことなどないのだ。多少の実力で勝ち切れるほど、ギャンブルの世界は甘くない。そして、多くの愚か者たちが、自暴自棄になり、全てを失ってきたではないか。
本人以外、今は、誰も彼の暴挙を知るものはいなかったが、悲しいかな、ギャンブルの神がいるなら、実に気まぐれで、冷酷なものである。
ジャックはこの日、人生で最もギャンブルの運に恵まれた。
「WINNER WINNER CHICKEN DINNER!」(勝者、勝者、大いに喜び食らえ!)
ブラックジャックのカジノテーブルでは、観衆の熱狂がジャックを讃える大合唱。
彼はその日、人生最高額となる8万3300ドル(約1000万円)を勝ち取った。そして、華麗なる運の勝利を、愚かにも自分の実力だと信じてしまったのだ。