終
「ミッチ、どういうこと? ちゃんと説明して」
入り口に仁王立ちになっているツインテールの少女を、会長と雄介は束の間、あぜんと見守っていた。
彼女は矢継ぎ早に続けた。
「あんまり返事がないから、来ちゃったけど何これ!?」
「……オマエは……」
会長なんて、目を白黒させている。
「もしかして……べ、ベッキー?」
「見りゃ判るでしょ??」
ベッキーと呼ばれた少女は腰に手を当てたまま偉そうにのたまった。
「写真もちゃんと送ったし。でもミッチはどっかから拾った画像送ってきたの、知ってるからね、今どき画像検索すればオリジナルなんてすぐ見つかるんだから」
「あ……あ?」
雄介がようやく父に訊ねた。
「コレが、あの??」
「ど、どうしてここが?」
ようやく会長、核心に迫る質問ができた。
少女は口の端に軽い笑みをみせて答える。
「ケーキ屋めぐりの写真、この近所多かったしね。近所だってのはすぐわかった、それに一度、銀のティーポットにデブじいさん映り込んでたし……他にも何かとボロ出てたよ、とっくに知ってたってば」
「それにしても何故?」
雄介がぜいぜいしながら叫ぶ。
「どうして白黒グループの会長だと」
少女は、凛とした目つきを雄介に向ける。
雄介は、そこでようやく気付く。
「おま……キミ」
「パパを返してもらうから」
少女は清水のベッド脇までまっすぐ歩いてきた。
まだ清水の手を抱え込んでいた会長の手を上から押さえ、静かに問う。
「ねえ、ミッチ」
「……何?」
さすがの会長も、今はひとりの11歳の少女だった。
「今、なんてお願いしていたの?」
「……」
涙でうるむ、しわだらけの瞼から新しい涙が落ちる。
「あのね、」
声はしわがれていたが、それはまごうことなき心からの願いだった。
「シミズがはやく、良くなりますように。そして……」
その後を、少女が続けた。
「早く、ママとかわいいむすめの元に帰ってこられますように」
「だってさ、パパ」
今まで穏やかな顔つきで眠りについていた清水が、やおら眼を開けた。
「シミズ!!」
「ケンジ!! だいじょうぶか?」
「パパ」
清水賢治はようやく、目を開けて首を起こした。
会長と雄介がまだ口を開けたまま、こちらを涙目で見ている。
清水はおもむろに腕の包帯をむしり、刺さっていたかにみえた針を外した。
それからダミーの情報を流し続けていたモニタの電源を消した。
「社長」
一応、入り口にあぜんと突っ立っている見張りに配慮して、敬語を使った。
「騙していてすみません。娘から、ヘンなおっさんからDM来た、って相談受けて、よくよく見たら会長だったので、そのへん、使わせて頂きました」
雄介はまだ、何も答えられないようだ。
涙を目いっぱい蓄えたままだった、しかし表情は笑っている。
「会長……おやっさん」
清水は深く頭を下げる。
「明日またお迎えにうかがいます。退院手続き、させていただきますので」
しばらくの沈黙のあと、ようやく会長が言った。
「あの……明日のことだが」
「はい」
「ここの朝食はもう飽きた……なにか」
「分かりました」
清水はすがりついた少女を抱き寄せ、満面の笑みで答えた。
「ランチパックと、充実野菜ですね。ではまた明日8時に」
〈了〉