03
「おい」
ベッドに横たわったまま、会長は弱く呼びかける。
「シミズ、シミズはおらんのか?」
「俺が帰したよ、もうずっとウチに帰ってなかったから。言ったろ?」
「シミズがまる一日おらんとは」
うろうろとさ迷わせた目を、いっとき息子にとどめ、会長は今度は彼に問う。
「ユウスケ……オマエ、シゴトはいいのか」
「トシさんに任せてるから」
「シミズはいつ帰る?」
「明後日には、たぶんな」
「多分?」
「必ず帰るよ、心配すんなオヤジ」
すっかり夜更けた通りに、いつものように屋台のチャルメラが響き渡る。
「おお……」
会長は半身を起こした。
「今夜も通るんだな、商売熱心なヤツじゃねえか」
「だよな」
ふたりは窓の下をゆっくりと通り抜ける屋台を並んで見送る。
チャルメラが、高く低く無人にも近い町通りに流れて消えていく。
「寒くなったな」
会長のことばに雄介は直接答えず、逆に訊ねる。
「本気か? あのチャルメラが聞こえなくなったら……って」
「ああ?」
会長はまだ、窓の外に目をやったまま鋭く答える。
「儂はいつでも本気じゃ。知っとるだろうが」
ことばとは裏腹に、彼はぼんやりと天をあおいだ。
「ほら、降り出しやがった」
雄介の目の前、暗がりの中、白い影がさす。
「お前の母さんが死んだのも、こんな雪の晩だった。オマエはまだ8つで、グズグズ泣いていたが夜更けにはすっかり疲れて寝ちまって」
「うるせえよ」
初雪がふわり、と視界をよぎり、そこから雪の切片は途切れることなく舞い落ちて行った。




