演劇部の合宿中に二時間で劇を作らされたけど、好きな女子に「なんでも良い」って言われたらそりゃあ……
「たった二時間で劇を作れなんて無茶ですよね」
とある高校の演劇部の一年男子、高橋章太郎は、演劇部の合宿先で嘆いていた。
「しかも私達、二人とも普段は裏方だからね」
演劇部の二年女子、長谷川千春も同様に愚痴っていた。
「それに、他は三人のチームなのに僕達だけ二人」
と、章太郎はチームの弱点をもう一つあげた。
ちなみに、二人が今いるのは女子の部屋だ。大部屋、男子の部屋、ロビーなどにチームごとにバラバラになっていて、他のチームの様子は分からない。
二人は焦っていた。
「考える人数が少ないのに制限時間は同じって、こんなの負け確定じゃん」
と、千春は完全にやる気をなくしていた。
「けど、間に合わなかったら罰ゲームだから、とにかく早く考えないとまずいですよ」
今回の合宿にはOBOGが四人も来ている。そして、どんなに出来が悪くても良いから必ず完成させろと強調していた。罰ゲームも嫌だが、間に合わなかったら説教が確定的だ。
「早く考えてよ、高橋」
「僕ですか!?」
「私は無理。こういうのめちゃくちゃ苦手だから無理」
千春は、はなから考えることを諦めている。
「でも先輩、絶対に文句言いますよね?」
「とにかく時間がやばいから、間に合えばなんでも良いよ」
「僕が棒読みだから、僕が一切喋らないってのはどうですかね?」
「むしろ私が一切喋らないようにして。寝てる役とかが良い。覚えられる自信がない」
千春のその言葉で、章太郎が設定を閃いた。
「じゃあ、寝てる役なら脚本はなんでも良いんですね?」
「大丈夫」
「文句言わないですね」
「言わない言わない」
男に「なんでも良い」は禁句なことを、千春は知らなかった……。
そして、二時間後。
「題名。五ヶ月目の真実」
章太郎が言うと「題名あるんだ、良いじゃん良いじゃん」とOGが誉めた。
「ブウンブウン」
章太郎が、段ボールに油性ペンで書いた車を持ちながら、中央で寝ている千春に近付いていく。
「ブウンブウン、キキーッ! ボキボキボキイッ! うわあ大変だあ。交差点の真ん中で昼寝をしている女子高校生を引き殺してしまったぞい!」
章太郎は、段ボールを千春の腹に乗せて、バウンドさせた。
「雑で好きだなあ」
OBがポツリと言った。
「これじゃあまるで、先輩に『私が喋らずにすむ話を作れ』って丸投げされた後輩が、ムカついて仕返しに殺したみたいだあ。ずらかるぞーい!」
といって、章太郎は段ボールを床に投げ捨てながら壁際まで走った。
「そして翌日」と、これも章太郎の声である。
「千春っ、千春っ!」
寝そべっている役(というか、もう死んでる役)の千春に、章太郎が駆け寄った。
「なんで死んじゃったんだよ! 千春!」
「俺、ずっと千春のことが好きだったのにっ!」
「千春、俺が入部してすぐの新入生歓迎会で、ファミレスに行った時に言ってくれたよね」
「『フライドポテト好きなの? 私ポテトあまり好きじゃないから食べて良いよ』って」
「あの時、なんて優しい人なんだって思ったよ」
「この子ちょっとチョロ過ぎない?」
OGが本当のことを言った。
「朝、後ろから声を掛けてくれて、しかも学校までそのままいっしょに歩いてくれたよね」
「あんな優しくされたら、恋に落ちるなって方が無理だよ」
「こいつストーカーの素質あるな」
OBが呟いた。
「千春、最後にキスをしても良いよね」
そう言って、千春の肩を抱き寄せて章太郎が唇を近付けようとする。
「ちょっ、ちょっと、フリだよね? するフリだよね?」
ずっと目を閉じて黙っていた千春が、薄目を開けて小声で聞く。
「いや、本当にします」
章太郎も小声で答える。
「劇なんだからする必要ないよね」
「先輩、喋らないで済めばなんでもしていいって言いましたよね」
「言ってない、なんでもは言ってない」
「言いました」
「絶対言ってない」
「絶対言いました」
二人は小声で話すのも忘れて、言い合いを始めた。
「おい長谷川、本当に高橋に丸投げしたのか?」
OBが聞いた。
「してません!」
千春は慌てて否定する。
「丸投げしました! 長谷川先輩はその間ずっと遊んでました! 自分は何も考えてないのに、『あーめんどくさ』って言って爪を整えて、ついでに僕の爪まで変なのでみがきました! 見て下さいよ、二時間かけてきれいになったこの僕らの爪を!」
章太郎が暴露をした。
「よし、罰ゲームでキスして良いぞ」
「はい! ごちになります!」
「ちょ、やだ、ここじゃやだ、ごめっ! ――んぐーっ! んう、んん、んんんーっ!」
唇を塞がれた千春は、手足をバタバタさせた。
「――ぷはっ! おっ、おまっ、何してんのお前! 本当に何してんのお前さあ!?」
「先輩、僕と付き合って下さい! お願いします!」
「バカじゃないのお前!?」
「先輩、すみま、すみませんでした。ゴホッ、ガハッ」
「あーもう、うるさいな! 寝てろ!」
二日後、章太郎は合宿所で寝込んでいた。
キスをした日。あの後、千春が部屋に引きこもってしまったので、章太郎は「一言だけでも良いから謝らせてほしい」と訴え、女子の部屋の前で正座して千春が顔を見せてくれるのを待っていた。
しかし、ついそのまま床に眠ってしまい、冷たい床に体熱を奪われたせいか、それとも合宿の疲れからなのか、三十九度の熱が出してしまった。
それから熱は下がってきていたが、まだ合宿のスケジュール通りに連れ歩くわけにはいかない。看病する係も一人必要だということで、千春が反強制的に看病役にさせられて、二人だけ合宿所に居残りをしていた。
「先輩、許して下さい。僕はあの時、どうかしてたんです」
弱気になった章太郎が、さっきからずっと謝っていた。
「分かったよもう。許すよ」
「ありがとうございます。先輩は優しいですね」
「まあ、意地張ってても仕方ないし。高橋が具合悪いままだと心配だし」
「やっぱり、キスされたのすごく嫌でしたか?」
「当たり前でしょ! ファーストキスだったのにあんな、みんながいる前で……」
「しかも相手が僕だし」
「……それはそんなに」
千春は小声で言った。
「え、なんですか? ソビエト連邦?」
「なんでもない」
「絶対に何か言いましたよね」
「なんでもないっての! 寝てろ!」
「なんて言ったか教えてくれたら寝ます」
「じゃあ絶対に寝ろよ!? もう寝るまで一言も喋るなよ!?」
「分かりました」
「ファーストキスの相手が高橋で最悪だったって言ったんだよ! ほら、言ったんだから寝ろ!」
千春がそういうと、章太郎は千春に背中を向けた。
「何してんのお前。これくらいですねてんじゃねーよ」
千春が文句をいうと、章太郎の背中が小刻みに震えだして、かすかに声が漏れた。
「う……うう……」
「え!? お前、泣いてんの?」
千春が驚いて聞くと、章太郎は布団を頭までかぶってしまった。
「無理矢理あんなことして、本当にすみませんでした……」
「いや、嘘だから、嫌じゃないから。ごめんね。嫌だったらもっと怒ってるよ」
「本当ですか?」
「恥ずかしかっただけ。本当に嫌だったら抵抗してるから」
「じゃあ、またキスしてくれますか?」
「今!?」
「いつか」
「ああ、いつかね……まあ分からないけど」
「……なんかもしかして、今でもいけました?」
「いけない。多分いけないと思う」
「先輩……」
布団をかぶっていた章太郎が、何か言いたそうによろよろと体を起こした。
「いや、起きなくて良いから。寝てろって」
「先輩、どうしても好きなんです。キスしたい……」
「ちょっ、分かった! いつかな! いつかするかもな!」
「一ヶ月以内にキスしてくれますか?」
「ええ!?」
「もし僕のことが嫌じゃないなら証拠として、一ヶ月以内にキスして下さい。嫌いなら、キスしないで下さい。そしたら、僕は先輩のことを諦めます」
「分かったよ! 考えておくから今日は寝ろ!」
「なんだか元気になってきた気がします」
「お前、弱ってる演技だったんじゃないだろうな!?」