文学少女は空を飛べるか
僕の幼馴染は文学少女だ。
彼女は暇さえあれば本を読んでいる。物語の中に入り込み、笑い、悲しみ、怒る。
今日も高校の図書室で二人で座って本を読む。
彼女が読んでいるのは恋愛小説。彼女の口元が時折「はわわ」となって可愛らしい。
そんな穏やかな時間を過ごしていると――彼女がおもむろに立ち上がった。
――始まってしまった。
僕は一気に苦い気持ちになって彼女を見つめる。
彼女の目には強い決意が宿っていた。
「ゆう君、私飛ぶわ」
――彼女には悪癖がある。
本の内容を自分もやってみたくなるのだ。
彼女は嬉々として自力飛行の計画を描き始めた。
職員室に行き先生たちに助言を求める。物理の先生に「お前は授業を聞いていたのか」と怒られ、体育の先生に「100m走の記録を思い出せ」と笑われる。
しかし彼女はあきらめない。
何度もアホな相談を繰り返すうちに協力者が増え、そして――
彼女は今、夏のスキー場の頂上に立っている。
ヘルメットとプロテクターをして大きな翼を背負っている。科学部監修のモーター駆動式翼だ。
…これで飛ぶらしい。
周りには熱い声援を送る先生と科学部の皆さん、黄色い声援を送る彼女の女友達がいた。
「ゆーくーん! 行くよー!」
なぜか坂の終わりらへんに立たされた僕は彼女に手を振る。
死なないようにとだけ祈って僕は十字を切った。
そして彼女は駆け出した――
「あーあ、行けると思ったんだけどなあ…」
図書室で頬杖をつきながら彼女はため息をつく。
結果はもちろん無残なものだった。
さすが科学部監修の翼は調子良く羽ばたいていた。
しかし彼女が大きな翼のバランスを取れずにズッコケて、翼はベッキベキに折れ、彼女らしき塊が坂からゴロゴロと転がり降りて動かなくなったところで、彼女は僕に救助された。
それで無傷なのは彼女が毎日お酢を飲んで体が柔らかいおかげだ。
「だいたいなんで飛びたかったのさ」
僕は彼女が読んでいた本をパラパラめくる。
妖精の羽根を生やした少女が青年に抱き留められる絵があったけど…まさかこれやろうとしたんじゃ…。ゾッと寒気がして僕は腕をさする。
「えー? 秘密だよ?」
頬に手をあてて顔を赤らめる彼女を見て僕はため息をつく。
更にページをめくると、ラストページでは満天の星空を眺めながら恋人たちが手を繋いでいる…。
「…今度の日曜日、星でも見に行こうか」
命の危機を悟り僕は回避行動をとることにした。
彼女の顔が夕焼けよりも赤くなって、口元が「はわわ」と揺れた。
どっかのハウツー本に、本を読んで「実際に行動すれば」何事もできるようになるんだよ!って書かれていた気がするので、やらかしちゃう系文学少女になりました。