第百九十三話
百九十三話~
「ではこの男の身柄は私が預かろう。」
「頼むのじゃ~。」
アスラは拘束した男を抱えてアベルたちがいる最前列へと走っていった。
「これにてひとまずは落ち着いたかの。」
「はぁ~、準備運動にもならなかったわよ。勢いよく逃げるもんだから反射で追いかけちゃったけど。」
私の隣でヴェルは退屈そうに大きくため息を吐いた。
「単にお主が速すぎるだけじゃ。あやつは人間の中ではそこそこ足の速い方じゃろ。」
「え~そうなのかしら?王都ってとこにいる人間はもうちょっと速いのがいるといいけど。」
「あれ以上速いのが来られても視界の端で動き回られてうるさいだけじゃ。」
そうカミルが愚痴をこぼすと、その発言にヴェルが嚙みついた。
「それって遠回しに私の動きがうるさいって言ってない?」
「そんなことはないのじゃ~。……そう思うということは少しは自覚でもあるのかの~?」
噛みついてきたヴェルにカミルはくすくすと笑いながら言う。
「はぁ?言ってくれるわね。何ならあんたを準備運動の相手にしてやってもいいのよ?」
「おうおう、吠えるのぉ~。お主程度、準備運動で終わりにしてやるのじゃ。」
バチバチと火花を散らす二人。
「まぁまぁ、二人ともその辺にしとけって……なっ?」
今にも闘争に発展しそうな二人の間に私は割って入る。前を歩く兵士の人たちも二人の雰囲気にビクビクしてるし……何より今二人を止められるのは私しかいなかった。
「くっふふふ、ほんの軽い冗談じゃ。」
「あら冗談だったのかしら?私はそのつもりだったんだけれど?」
「生憎今お主と戦って体力と魔力を消費するわけにはいかんからの。決着はまた今度じゃ。」
「ちぇ~っ、まぁいいわ。そういうことにしといてあげる。」
どうやらカミルは、もとよりやり合うつもりはなかったらしい。ヴェルもあぁ言っているが、軽い冗談のつもりみたいだし……杞憂に終わってよかった。
そんなやり取りをしながら歩いていると、前列の方からアスラが戻ってきた。
「どうやらあの者はやはり王国騎士の一人だったようだ。勇者が証言していた。」
「おぉ、では手間が一つ消えたのぉ。」
「ってことは、残る王国騎士は五人……か。」
残りの五人はさっきの男みたいに奇襲を狙っているわけではないだろう。王都に戦力を残しておかないといけないはずだからな。こんなところに戦力を割く余裕はホントは無いはずなんだが……。
「残りの五人は王都で我々が来るのを待ち構えているようだ。さっき捕まえた者は暗殺と諜報専門の王国騎士で不意を突いた奇襲を狙っていたらしい。」
「あぁ、そういうことか。納得がいった。」
アスラの言葉で私は、最高戦力である王国騎士の一人である彼がここで待ち構えていた理由に納得した。
「……そういえば、よくカミルは気が付いたな?」
暗殺が専門なら気配を殺すのも得意だろうに……。
「妾は鼻がいいのじゃ。あやつが仕込んでいる武器に塗られていた毒の匂いがしておったのじゃ。」
「そういうことだったのか。」
まさかそんなところで気付かれるなんて夢にも思ってなかっただろうな。
そんなことを話していると、前方に見える兵士達が横一列に隊列を変え始めた。
「む、どうやらここで陣を張るようだ。」
「ここで?まだだいぶ王都まで距離があるように見えるが……。」
そう疑問に思っていると、カミルが私に言った。
「どうやらあちらもここで陣を張っているようじゃ。ミノルは安全なここに居れ。」
カミルは私にそう告げると、ヴェルとアスラとともに前線へと向かった。それから少しすると、前線の方で金属と金属がぶつかり合う甲高い音や、爆発音などが聞こえ始めた。
「始まってしまったか。」
今の私にできることは……ただみんなの無事を祈るだけだ。
◇
その頃前線では……
「ボクの前に立つってことは……降伏する意思はないってことでいいのかな?」
アベルは目の前に立ちふさがる王国騎士たちに問いかける。
「生憎我らにはこの王都を守る義務がある。」
「王のため、民のため、ここは絶対に通しません。」
降伏するつもりは微塵もないことを示すように彼らは剣を抜いた。
「う~ん、そっか。残念……。」
少し落ち込んだ様子を見せるアベルの横にカミル達が並ぶ。すると、アベル達と王国騎士たちが向かい合う形になる。
「…………参るッ!!」
そして戦いの幕が切って落とされた。
それではまた明日のこの時間にお会いしましょ~