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魔物に跨がった敵と大通りでカーチェイス


 勢いよく風羽を羽ばたいて加速し、一息に距離を詰める。

 それに気がついたクレイも魔物の速度を上げるが、俺の飛行速度には及ばない。

 そうして射程に男を収め、羽根の弾丸を撒き散らした。


「おいおいおいおいおい!」


 羽根の雨を躱そうと、クレイは右へ左へと魔物の舵を切る。

 だが、それだけで避けきれるほど風の最上級魔法は甘くない。


「くそっ、プロミネンス!」


 たまらず、炎の上級魔法が後方に撒かれ、羽根の弾丸が焼却された。

 風羽本体なら燃やされはしないが、羽根となるとどうしても下位魔法に対処されてしまう。とはいえ、焼け石に水だ。こちらの魔力――羽根の残弾はまだまだ残っている。


「馬鹿野郎! 当たったらどうするつもりだ!」

「そのつもりで攻撃してるんだよ、こっちは!」


 焼き払われても構わず物量で押し、羽根の弾幕をクレイに浴びせ掛ける。

 クレイ本人に当たらなくても、跨がっている魔物に当たりさえすればいい。

 落馬ならぬ落犬したところを狙えば容易に身柄を拘束できる。


「くそがっ、こうなったら」


 羽根の雨を躱しながら、クレイは別方向に大きく舵を取る。

 狭い路地を駆け抜けた先にあるのは、数多の自動車が行き交う大通り。


「まさかっ」


 奴の意図に気がついた時にはすでに遅く、奴は人気の多い道路へと飛び出していた。


「なっ、なんだ!?」

「ま、魔物!? 魔物よ!」

「に、逃げろ! 喰われるぞ!」


 突然に現れた中型の魔物に人々が驚き戸惑う。

 大通りは今まさに大パニックに陥った。

 あの男は羽根の雨から逃れるために一般人を利用したんだ。

 これでは迂闊に風の羽根を撃てない。

 大人しく奴の目論見に乗り、風の翼を飛行のみに使用するしかないか。


「あぁ、もう!」


 俺も路地から飛び出し、大通りに姿を晒して男の姿を捜索した。

 それは自動車のクラクションですぐに見つかる。跳んで跳ねて器用に自動車を躱しながら、中型の魔物が道路を逆走していた。

 とんでもない大事になったと頭を抱えそうになりながら、その背中を追い掛ける。


「おい、あれってアイルじゃないか!?」

「ホントだ! アイルだ!」

「マジでいたのかよ、謎のヒーロー」


 騒動を見ていた人々に俺のコードネームを呼ばれた気がしたが、とりあえずは無視。

 追い掛けることに集中し、風羽を羽ばたいた。


「お前もしつこい奴だな、仮面野郎!」

「大人しく止まってくれれば、しつこくせずに済むんだけどな!」

「はっ、そいつは無理な話だ。それよりもお前が止まれ!」


 そう叫ばれると共に、いくつかの魔法陣が展開される。

 そのどれもが自動車やトラックの上に配置され、夜の大通りに魔物が出現してしまう。

 召喚されたそれらが自動車の屋根を引っ掻いて一斉に跳びかかってくる。


「くっ」


 下手に倒すと死体が邪魔で事故が起こる。ただでさえ、中型の魔物が道を逆走しているんだ。魔物が転がったら悲惨な未来が目に見えている。。

 だから、出来る限り思考を高速回転させ、最適解を導き出した。

 その結果はやはり風の羽根を撃つこと。ただし出鱈目にではなく、軌道を計算して。


「ギャウッ!?」


 側面に回り込むような軌道を描いた風の羽根が魔物たちを射貫くと同時に弾け、その亡骸の数々を左右の歩道まで吹き飛ばす。それは建物の壁に叩き付けられると、そのまま真下へと落下した。

 これなら事故は起こらない。


「キャァッ!」

「な、なんだ? 魔物?」


 至るところで悲鳴があがる。申し訳ないが許してほしい。


「うおっ!?」


 不意に背中に重い衝撃が走り、飛行高度が著しく落ちてしまう。

 何かが上から落ちてきた? いや、決まっている、魔物だ。

 どこかの建物から跳んできたのか?


「このっ!」


 身をひねり、背中に乗ってきた魔物の脚を掴んで振り回し、上空に投げると風の羽根で撃ち抜いて歩道側に吹き飛ばした。

 これで一安心と思ったのも束の間、耳を覆いたくなるようなクラクションが鳴り響く。


「やばっ!」


 クラクションを鳴らしたのは、目の前にあるトラックだった。

 急いで風羽を羽ばたいて事なきを得るが、躱した先で二階建てバスのヘッドランプに照らされてしまう。このままだとフロント硝子を突き破って無賃乗車だ。


「上がれっ!」


 二階建てバスの前方を走っていた普通自動車の屋根を足場に借りて跳躍する。同時に羽ばたいて風を道路に叩き付けて飛翔した。

 その高度はぎりぎり二階建てバスを躱せる程度。再び足をついて屋根を駆け、その勢いのまま、また高く飛び立った。


「危なかった……」


 選択肢を一つ間違えていたら正面衝突していた。


「あっちはあっちで無茶苦茶してやがるな」


 前方では大量のクラクションとブレーキの音が聞こえてくる。

 あの男が無茶苦茶に魔物を操って進んでいるのだろう。ついに歩道に乗り上げる自動車も現れ始めた。人が死ぬような事故が起こるのも、もはや時間の問題だった。


「――アイル! 今どこだ!」


 無線機からウィルの声がした。


「いまクレイを追って道路を逆走中!」

「なに? そいつは不味いぞ。奴の目的は橋だ!」

「橋? ――川を渡るつもりか!」


 このユニオンの街を二分する川。それを渡るには橋の上を行くしかない。

 地球人が住むこちら側から逃げて、異世界人が住む向こう側に逃げ込むつもりだ。


「向こう岸に渡られたら手出しできない! 絶対に渡らせるな! その前に捕まえろ!」

「了解!」


 そう言いはしたものの、具体的な策が思いつかない。

 不用意に近づけばまた魔物を召喚される。かと言って遠くから風の羽根を撃とうものなら無関係な自動車にも被害が及ぶ。大規模事故の原因が俺の魔法だなんてことにはしたくない。


「なにか方法は……」


 どうするべきかと思考を巡らせていると、ふと視界の端に緑が映る。

 それは緑化運動で道路の端に植えられていた街路樹だ。これを見て、ぴんと来た。

 たしかこの先は十字路だったはず。


「アース」


 唱えるのは土の最上級魔法。本来の使い道は地形操作だけれど、もう一つの側面としてこの魔法はある程度植物に干渉できる。

 俺はこの先の街路樹に干渉し、クレイが十字路に差し掛かったタイミングで一斉に操作した。魔法の影響を受けた街路樹は意思を持つかのようにうねり、蔓や蔦を伸ばし、ラインが跨がる魔物の四肢を絡め取った。


「なぁっ!?」


 複数の街路樹から蔓や蔦が伸び、ラインの身も縛り上げられる。

 何台もの自動車が行き交う道路の真上で宙吊りになっていた。


「よーし、大人しくしてろ」


 拘束を破られないうちに追いついて逆さのラインの前に滞空する。


「おいおい、勘弁してくれよ。俺に縛られる性癖はないぜ」

「安心しろ。俺も男を縛るような趣味はない。とにかく、じっとしてろ。俺たちのアジトに招待してやるから」

「はっ、そうかよ。そりゃ楽しみだ。けどよ、見てみろよ。周りを」

「周り?」


 視線を落とすと、周囲に人が集まってきていた。

 誰もが道路の縁に立って、こちらを見ている。

 大きな人だかりが出来ていた。


「すげぇ人数だなぁ?」


 その言葉を聞いてようやく気がつく。

 この男がなにをしようとしているのかを。

 阻止しようと振り向いたが間に合わない。


「ハウンドドッグ」


 無情にも魔法は唱えられ、地面に数多の魔法陣が描かれる。

 近くにも遠くにも、無数に。


「お前ッ!」


 思わず拳を握り締めて振りかぶった。


「おっと、いいのか? お前が速く対処しなきゃ人が死ぬぜ?」

「それはそれとしてお前は一発殴るんだよッ!」


 握り締めた拳を顔面に見舞い、クレイの意識を奪う。

 それから急いで十字路の中心まで向かって周囲を見渡した。

 魔法陣からはすでに魔物が召喚されている。牙を剥き、爪を立て、周囲の人に牙を剥こうとしている。人々は逃げ惑い、もはや一刻の猶予もない。俺がどうにかしないと、大勢の人が食い殺される。

 出来るのか? 俺に。俺なんかに。失敗したらどうする? 責任なんか取れない。もし俺のせいで人が死んだら、どう償えばいい。ならいっそ、なにもしないべきか?

 いや、それだけは絶対に違う。


「アップグレード!」


 絶叫のように魔法を唱え、全感覚の性能を引き上げる。

 周囲の音、悲鳴、息づかい、唸り声。そのすべてを感覚で感じ取り、背中の風翼にありったけの魔力を注ぎ込んだ。


「アイルッ!」


 何倍にも肥大化した風翼を羽ばたいて、全方位に羽根の弾丸を撒き散らす。

 それは数多の軌道を描いて標的を捕捉し、狂いなく一斉に、すべての魔物を貫いて見せる。重なって連なる断末魔の叫び声。横たわるのは致命傷を負った魔物たちの亡骸。同時にすべてが活動を停止し、この世界から一匹残らず消え去った。


「ぜ、全滅……した?」

「私たち、助かったの?」

「あぁ、助けてくれたんだ! あのアイルが!」


 瞬間、大音量の歓声が沸き上がった。

 見渡す限り、視界に映るすべての人が喜んで叫んでいる。

 その光景がとても信じられなくて、実感がなくて、現実味がなかった。

 けれど、一つだけたしかなことがある。この場にいる人たちを助けられた。


「はぁぁぁぁぁ……」


 長い長い溜息をつく。

 どうにかなってよかった。

 あとはあの男をアジトに連行するだけだ。


「意識は……ないな」


 鼻血を垂らして気を失っている。

 それを見て安堵し、イナの刀で蔓を斬った。


「報告。クレイを捕まえました」

「そうか! よくやった、アイル! お前がいてくれてよかったぜ!」


 ウィルの声とともに、後ろのほうでうっすらとヴェインとイナの声がする。

 二人とも無事なようでクレイを捕まえられたことを喜んでいるようだった。


「アイル-! こっち向いて!」

「下りてきて握手して!」

「うちの店に来てくれ! なんでも奢るぞ!」


 誰もがアイルを称えてくれていた。そのことが嬉しくて、すこし恥ずかしくて遠くを見た。視線の先では、警察車両の派手な色のランプが目に映る。騒ぎを聞きつけた警察ももうすぐ到着だ。

 その前にここを離れないと。


「今から合流します」

「あぁ、合流地点は――」


 合流地点を聞いてから、そちらへと向かおうと羽ばたいた。

 すると、引き留めるような声が人々から聞こえてくる。

 なので、最後にかるく手を振って、急いでその場を後にした。

 なんだか余計に盛り上がっていたような気がするけれど、気のせいということにしておこう。


§


 その翌日の朝のこと。


「謎のヒーロー、アイル。またしても市民を救いました」


 気のせいなどではなく、世間はアイルで大盛り上がりしていた。

 必要なことだったとはいえ、今回は少々目立ち過ぎたみたいだ。

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