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廃工場に無数の魔物が召喚される


 順調に制圧が進む中、放った風の羽根が焼き切られる。

 火の粉を散らして焼却したのは、燃え盛る剣を携えた一人の男だった。

 ほかの異世界人のように慌ててはおらず、落ち着いた様子で剣を構えている。

 恐らくは誘拐の実行犯か、あるいは用心棒。そんな彼の登場に警戒の糸を張り巡らせると、張り詰めた空気に押し出されたかのように向こうから動き出す。


「せっかちな奴だっ」


 通路を駆けるのを妨害しようと風の羽根を撒き散らす。

 しかし、それでは彼の足は止められない。すべて斬り払われて燃え尽き、たやすく至近距離にまで肉薄される。踏み込まれ、火炎を纏う一閃が振り下ろされた。

 それを寸前のところで躱しても剣撃は続く。続け様に振るわれる剣の太刀筋を読み、紙一重で躱しながら火炎の熱を肌で知った。

 そして、素早い踏み込みからの一閃がこちらの胴を断とうと迫る。

 その瞬間、俺は握り締めた右手に魔力を込めた。


「備えあれば憂いなし、だ」


 甲高い金属音が鳴り、火炎を纏う剣を受け止める。その太刀筋を阻んだのは、すらりと伸びた日本刀の刀身だ。

 奇襲作戦の前にイナから刀のストラップをもらっていた。

 中学生が修学旅行のお土産に買うようなデザインのものだけれど、重要なのはそこじゃあない。このストラップに魔力を流せば本物になるという点だ。

 イナの固有魔法バーチャルリアリティは、あらゆる特性の武器を取り出せる。だからこそ出来る芸当だった。


「――なっ」


 この一撃で決まると踏んでいたのか、彼の目が見開く。

 俺はその隙をついて刀身に水流を纏わせ、逆巻く渦で火炎を消火した。


「今度はこっちの番だっ」


 飛沫を上げて剣撃が舞う。

 一撃を見舞うたびに通路の壁を派手に濡らし、床に水溜まりを形成する。その最中に十数合と打ち合って斬り結び、下方から斬り上げた一刀が彼の剣を弾き上げた。

 宙を舞う剣が天井に突き刺さる。

 それの柄に手が伸ばされる前に、こちらが彼の顔面に手を伸ばした。掴んだのはその側面。そのまま勢いよく壁に顔面を打ち付けて飛沫を散らせ、頭蓋の中の脳を揺らす。


「ぐ……あぁ……」


 脳震盪を起こして意識が混濁する彼の顔面に、とどめのハイキックを見舞う。

 顔面に二度の衝撃を受けた彼は、流石に立っていられずに水溜まりに背中から倒れ込んだ。一際、大きな水飛沫が散って雌雄は決した。


「ここ、悪いけど掃除しておいて」


 倒れた彼を跨いで通路の先へと向かい、また風の羽根を撒き散らす。

 それ以降、彼のような強敵は現れず、二階の制圧は滞りなく完了した。


「二階の制圧完了です」


 無線機を通じてウィルに報告する。

 見落としもないはず。


「よくやった。こっちも時期に終わるはずだ」

「私もだよっ! ぶいっ!」

「こっちもだ。歯ごたえのねぇ連中だ」


 敵拠点の制圧は順調に進んでいるようだった。

 もう二階に用はないし、俺を一階に降りて皆に加勢しよう。


「俺もそっちに向かいます」

「あぁ、そうしてくれ。その頃には終わってるだろうけどな。はははっ!」

「それは楽でいいですね」


 通信を切り、通り過ぎていた階段を目指して踵を返した。

 廊下に横たわる意識のない異世界人を躱して通路を進み、階段を見つけてそのまま駆け下りる。

 一階に足を下ろすと、そこは大きな空間だった。朽ち果てた支柱が並び、その足下には剥げ落ちたコンクリート片が散乱している。

 右手には用途のわからない大きな機械が見えた。もっとも長年放置されていた影響からか、錆の塊と化しているけれど。


「はやく合流しないと」


 急いでこの空間を横切ろうとして、ふと目の前のコンクリートの地面が動いた。

 瓦礫や埃、砂といったもので隠されていたが、どうやらそこに地下へと続く通路があったみたいだ。今その蓋となる部分が動き、ぽっかりと穴が空く。

 そうしてそこから一人の男が這いだしてきた。


「ふぅ……危ない危ない。まさか奇襲されるとはなぁ。よっと」


 彼はこちらに気がついていないようで、独り言を呟きながらゆっくりとした動作で通路から出た。


「あー、やだやだ。やってられねーよ、なんで場所がバレたんだ? よっと」


 外した通路の蓋を律儀に戻し、地面をならすようにしてカモフラージュする。


「仮面野郎共め、あとで覚えてろ。この俺がぎったんぎったんに――」


 そうしてようやくこちらに振り向いた。


「ぎったんぎったんに?」


 そう聞き返すと。


「あ、あはー……出来たらいいなーって……それじゃあ!」


 苦笑いをして逃走した。


「待て!」

「待ってって言われて待つ奴がいるかよ! へっへーん!」


 人の神経を逆なでするようなことを言ってこの空間の出口へと駆ける。

 しかし。


「待て」


 その出口からウィルが現れる。


「はい、待ちます」


 ぴたりと、彼は急停止した。


「えぇ、待ちます。待ちますとも。えーっと……そうだ! ちょっと雉撃ちに」


 そう言って右を向いたが、そこにはヴェインが立っていた。


「おっと、逆だったかなー」


 今度は左を向くが、そこにもイナがいた。


「あははー……ひっこんじゃった」


 ころころと表情を変えて、彼は追い詰められる。

 この四面楚歌だ。彼一人ではどうすることも出来ないだろう。


「お前がこの拠点を仕切ってるクレイだな?」

「俺が? いやいや、俺みたいなもんがそんな」

「調べはついてる。誤魔化しても無駄だ」

「あー……そう。なるほどね」


 ウィルに問い詰められて、彼――クレイは心底深い溜息をついた。


「あー、そうだよ。俺がこの拠点の責任者だ。お前たち仮面野郎のせいで、この失態の責任を取らされちまう。老い先真っ暗だ。俺の人生、どうしてくれる」

「なに言ってやがんだ、テメェ。人の人生を狂わせたのはお前等のほうだろうが」

「その通りだ。お前にあれこれ言われる筋合いはない」

「ははー、たしかに」


 こちらに感情の矛先を向けたかと思えば、言い返されるとすぐに認めてしまう。

 表情が、感情が、その場に応じてころころと変わる。

 なんなんだ? この異世界人は。


「それで? 俺をどうしようって言うんだ? 捕まえてどこかに連れ去られるのか? それとも殺されちまうのかな? うん?」

「安心しろ、命までは奪わない。まぁ、捕まったあとどうなるかは俺も知らないが」

「ははー、怖いなぁ。そんなことを聞かされると、捕まりたくなくなっちゃうよ」


 意味深なことを言い、クレイはそっと両手を合わせる。


「止めておけ。四対一だ。お前一人じゃ勝ち目はないぞ」

「あぁ、たしかにそうだな。俺様一人だけじゃあ逃げ切れやしないだろうさ。でも」


 瞬間、コンクリートの地面に魔法陣が描かれた。

 それは辺り一面、無数に渡って出現する。


「数百対四ならどうだ?」


 そして、すべての魔法陣が一斉に紫色の妖しい輝きを放つ。


「ハウンドドッグ」


 固有魔法が発動される。召喚されるのは狼に似た四足獣の魔物。

 異世界の生物が世界の垣根を越えて、こちらの世界に現れた。


「テメェ!」


 ヴェインが怒りの声を上げ、それに反応するかのように魔物たちが牙を剥く。

 俺は風羽で飛翔し、跳びかかってくる魔物を空中で返り討ちにした。


「ははははははっ! そこで戯れてなっ! みんな好きだろ? わんちゃん!」


 クレイは中型の魔物――自動車サイズの四足獣に跨がり、この廃工場からの脱出を図る。大量に召喚された魔物の対処に追われていた俺たちは、誰もそれを止めることができなかった。


「くそっ! 逃がしたか」

「だぁあああ! しゃらくせえ!」

「はやく追わないと逃がしちゃうよっ!」

「でも、この数はっ!」


 空中に逃れても壁や機械や鉄骨をよじ登って次々に跳びかかってくる。この群れは狩りが上手い。一体一体は弱いが集団になると何倍も厄介だ。

 みんなが地上にいる以上、雑に風の羽根も放てない。

 それに魔法陣から次から次へと魔物が召喚されている。


「アイル! ここはいい! 俺たちに任せてクレイを追ってくれ!」


 衝撃波で弾き飛ばされた個体が、壁をよじ登っていた魔物に当たって崩れ落ちる。

 これですこし余裕ができた。


「追います!」


 風羽で虚空を掻いて廃工場からの脱出を図る。

 途中、俺を目がけて跳びかかってくる魔物は、ヴェインが投げ付けた瓦礫に撃ち落とされ、跳ねたイナの刺突に貫かれ、その自慢の牙がこの身に届くことはなかった。


「助かった!」


 その言葉を残してこの空間から脱出し、廃工場から夜空の下に姿を晒した。


「クレイはどこに」


 羽ばたいて高度を上げ、クレイの姿を探す。

 幸いにも夜のユニオンは明るい。目をこらして探せば見つけ出せた。


「あそこか!」


 中型の魔物に跨がったクレイを見つけ、そちらへと急行する。

 この誘拐事件を今日で終わらせるため、憂いのない日々を送るため、全力で風羽を羽ばたいた。

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