四点同時奇襲作戦
休日明けの通学路はいつも憂鬱だったけれど、この日は違った。
街頭テレビでは今日も画面にアイルの活躍を映している。コンビニの朝刊にはアイルと怪物の対決が二日連続で一面を飾っていた。
見慣れた日常に挟み込まれた非日常。俺の裏の顔であるアイルが今やこの街のトレンドになっていた。
それは街だけでなく学校でも同じようで、校舎に入るとそこかしこで生徒がアイルの話をしている。上級生も下級生も関係なしな話題を耳にしつつ教室に入ると、そこでもクラスメイトのほとんどが携帯端末を片手にアイルの動画を視聴していた。
あの状況化でいったい誰が撮ったんだろうか?
「こんなにデカい怪物を押し返すってヤバい出力してるよな」
「これ最上級魔法だろ? うちの卒業生だって唱えられるの一握りくらいだぜ?」
「落ちてくる瓦礫の中に飛び込むとか俺なら無理だわ。しかもちゃんと親子救ってるし」
「でもさ、これマッチポンプの可能性もあるよな?」
「お前さぁ、斜に構えすぎだろ。お前らしいけど」
そんな様々な意見を耳にしつつ、教室を横切って自分の席に辿り着く。
「なんだか、大事になったな」
着席して一息をつく。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
すこし戸惑ってしまうけれど、どこかからアイルの話題を聞くたびに頬が緩みそうになる自分を止められなかった。
もしここでアイルが俺だと言ったらどうなってしまうだろう? もちろん、そんなことはしない。正体がバレれば次に狙われるのは俺だ。周りの人にも迷惑がかかる。
けれど、考えずにはいられなかった。この状況に、完全に浮かれてしまっている。
緩んでしまう頬を隠すように片肘を付いて手の平で口元を覆う。そうして表情筋に気合いを入れ直して手を下ろすと、ふと隣の席のイナと目が合った。
イナは手元の本でかるく顔を隠すようにしながら、人差し指を口元に立てる。
しー、と聞こえて来そうだった。
§
放課後、地下にある例の小部屋に入った俺とイナは仮面をつけて転移魔法陣を起動する。一瞬にして廃車バスのアジトに到着して仮面を外すと、すでにそこにはヴェインがいた。
ソファーに腰掛けていたヴェインは背もたれ越しに何かを二つこちらへと投げる。
「ウィルの奢りだとさ」
「お、サンキュー」
それは二本の缶ジュース。うまく受け取って片方をイナに渡し、蓋を開けた。
「よう、揃ったな」
廃車バスがすこし揺れて、ウィルが出てくる。
いつもバスからの登場だな。
「ジュース……ありがと」
「ごちそうさまです」
「あぁ、気にするな。ちょっとした労いだ」
かるくジュースを飲みながらソファーに腰掛けると隣にイナが座った。
「それより聞いてくれ。このまえ捕まえた異世界人から情報を聞き出した」
「へぇ、どんな情報だ?」
「敵拠点の数と位置だ」
「ははっ、すげーじゃん」
背もたれに身を預けていたヴェインが前のめりになる。
話を聞いていた俺も思わず姿勢を正した。
「敵拠点の数は四つだ。ここにいるメンツとあと何人かで一つを受け持つことになった」
「……なら、奇襲?」
「あぁ、敵拠点四つを同時に攻め落とす。うまく行けば一網打尽だ。今回で誘拐事件にけりがつく」
この奇襲作戦が成功すれば固有魔法を狙った誘拐事件は起こらなくなる。
いつ攫われるかとびくびくして過ごす必要のない日々に戻れる。
マスカレードに入ってたった数日で、当初の目的を果たす機会に恵まれた。
「でもよ、そいつがフェイクの可能性はないのかよ?」
「たしかに罠って可能性も……」
マスカレードを陥れるための偽情報だとしたら、奇襲を受けるのはこちら側だ。
「ない。この情報は口からじゃなく、心から取りだしたからな」
ウィルはそう断言した。
でも、心から?
「まぁ、俺も詳しくは知らないが、仲間に心を読める奴がいるらしい。そういう固有魔法だとさ」
心を読む固有魔法。言葉で嘘をつけても心までは嘘をつけないか。
それが本当なら、これ以上ないほど精度の高い情報だ。
敵拠点で待ち伏せされている可能性は低そうか。
「決行は今夜だ。集合地点と時刻は追って伝える。各々、準備しておいてくれ」
それも今日ですべてが終わるかも知れない。
思わず手に力が入って、ジュースの缶が凹んでしまった。
「それとツバサ」
「はい」
「ツバサとは今回で最後かも知れない。短い間だったが、この前は助かったぜ」
あぁ、そう言えば、そうだった。
俺はこの件が解決するまでの仮所属だ。アイルの名が街中に溢れて舞い上がっていたからが、そんな重要なことが頭から抜け落ちていた。
そうか、今回で終わりかも知れないのか。
「あん? そうなのか? ツバサ」
「あぁ、もともとそういう条件でマスカレードに入ったんだ」
「そうか。そいつは残念だなぁ。久々に骨のある奴が入ってきたと思ったのによ」
つまらなそうに言うと、ヴェインは空になったジュースの缶をぺしゃんこに潰した。
そうしてソファーから立ち上がり、真っ直ぐに魔法陣へと向かう。
今夜の奇襲作戦に向けての準備をしにいくのだろう。
「イナたちも……行こ?」
「あぁ、そうだな」
立ち上がって、仮面を装着しながら魔法陣へと足を進める。
平穏な日常を取り返すための戦いまで、あと数時間だ。
§
日が落ちて星が顔を覗かせ始めた頃、俺はとある建物の屋上にいた。
縁に立ち、見下ろした先にあるのは寂れた廃工場だ。錆び付いた鉄骨や工具が散乱し、壊れた重機が沈黙している。暗くて月明かりだけが頼りだけれど、内部に異世界人がいることはたしからしい。
明かりも付けずになにをしているのやら。
俺はその廃工場の全体像を眺めつつ、作戦開始の時刻が来るのを待っていた。
「アイル。様子はどうだ?」
無線機からウィルの声がする。
「今のところ以上なしです。誰も出入りしてませんね」
「そうか、そいつは何よりだ。こっちはもう配置についた。予定通りに決行する」
「了解」
時が来るのを大人しく待つ。
「もうすぐだ。三、二、一」
背中に風羽を生やして飛翔する。
「行け!」
瞬間、羽根を散らして加速し、廃工場の窓を突き破った。
騒々しい音を立てて侵入したのは、とある一室。室内は明るく照らされていて、なんらかの魔法で明かりを外に漏らさないようにしていたみたいだ。
「な、なんだ貴様――」
驚愕する異世界人の一人に跳び蹴りを顔面に食らわせて気絶させる。
「し、侵入者だッ!」
次に部屋の外へと逃げようとした二人目に風の羽根を撃ち込んだ。それは見事に背中で弾け、衝撃が体内から彼の意識を追い出した。
あっと言う間に敵二人を制圧し、とりあえずの初動は成功する。
周囲を見てみると中世的なデザインのカップと見たこともない菓子がテーブルに並んでいる。隅のほうに積み重ねられた雑誌や、チェスに似た盤上遊戯もある。
事前情報の通り、ここは休憩部屋で間違いないみたいだ。
「どうした!? いったいなにが……」
休憩部屋の扉が開け放たれて、また別の異世界人が現れる。
そこへ風の羽根を放ち、彼の頭を撃ち抜いて意識を刈り取った。仰向けに倒れた彼の体を跨いで、休憩部屋から通路にへと出る。
「お、やってるな」
休憩部屋を出ると、そこかしこで破壊音と怒号が聞こえてくる。
足下が揺れるくらい派手に暴れているらしい。ウィルの衝撃波と、ヴェインの怪力の仕業であることは一目瞭然だった。
「あはははははははははっ!」
更にイナの笑い声がよく響いてくる。
きっとまた兎みたいに通路を跳ね回っているんだろう。
「俺も気張ろう」
俺に任されたのは二階部分の制圧だ。
ほかの三人に負けてはいられない。
期待に応えるためにも、わらわらと出てくる異世界人に風の羽根を撒き散らした。