新たな装いで戦いへと向かう
自警団マスカレードに仮所属となった、その翌日のこと。
俺とイナは昼下がりに近くの公園で待ち合わせていた。
「待った……?」
先に来てブランコに腰掛けていると、隣にイナが座った。
「いいや、今きた所だよ」
ありがちな返事をして、イナのほうを見る。
落ち着いた色合いの私服は、見慣れていなくて新鮮だった。
まぁ、イナとこうして話すこと自体が新鮮なことではあるけれど。
基本、無口だし。
「新しいアジトってここから近いのか?」
そう聞くと、イナはゆっくりとブランコを漕ぎ出した。
「うん……そんなに、遠くない……よ」
「へぇ、近所に自警団のアジトか」
自分が所属している組織じゃなければ、なかなか物騒な話だった。
「よっ……」
ブランコが大きく揺れて、イナが華麗に着地を決める。
「じゃあ……行こ?」
「あぁ」
ブランコから立ち上がって、俺たちは公園を後にした。
「異世界人ってさ」
「うん」
「攫った人をどうしてるんだ?」
新しいアジトへと向かう道すがら、話題は異世界人のことに移る。
「固有魔法を抜き取って……ぽい」
「抜き取る?」
「うん……謎の技術、だね」
どうやらマスカレードも全容を把握することは出来ていないらしい。
「抜き取った固有魔法をどうするんだ?」
「色んな人に、売ったり……使ったりする、よ」
「要するに金儲けか」
そう言えば昨日、襲ってきた誘拐犯が商売の邪魔をするなって言ってたっけ。
「その、ぽいって言うのは?」
「どこか、適当な場所で……見つかるって、こと」
「帰してはくれるんだな」
「うん……でも、魔法と一緒に……記憶も、抜かれてる……数日分」
「意外と慈悲みたいなものもあるんだな。異世界人にも」
「……単純に、遺体を処理するより……低コストだから、かも」
「……あっちもこっちも金が物を言うのは変わらないのかもな」
誘拐事件が世間で騒がれていないのは、本人が帰ってくるからか?
いや、それにしたって記憶と固有魔法が抜かれているんだ。もうすこし騒ぎになってもいいように思うけれど。どこかで情報規制が掛かっている、とか?
まぁこの辺は俺が考えても一生答えなんて出てこないか。
「それじゃあどこかには固有魔法を二つ持ってる奴がいるかも知れないのか」
固有魔法は一人につき一つが大原則だ。二つ持つなら他者から奪うしかない。
今までそんな方法はないとされてきたけれど、魔法の本場である異世界なら、それも可能になるのかも知れない。
あるいは、これが情報規制の理由とか? 他者から固有魔法を獲得する方法が存在するという事実を隠したかった? まぁ、これも所詮は憶測に過ぎないけれど。
「こっち……だよ」
人気のない道、寂れた建築物。この街の中でもあまり治安がいいとは言えない区域にある、とある坂道。その先は仄暗く心許ない明かりが点滅するだけの通路になっている。
要するに地下だ。
「ホラー映画に出てきそう」
先をいくイナを追い掛けて地下へと向かった。
「ファイア」
イナが唱えた火の初級魔法で火の玉が宙に浮かぶ。
お陰で薄暗い通路が明るくなったけれど、状況的には完全に人魂だった。
こういうのって、あんまり得意じゃないんだよな。
洋画のスプラッタなホラーは平気だけれど、和風の陰湿なホラーはどうも苦手だ。
「……ひゅーどろどろどろ」
「止めてくれ」
「……ふふ」
イナは意外とからかい上手だった。
「ここ……だよ」
ある程度進んだところで唐突に錆び付いた鉄扉が現れる。
ノブをひねって開くと、ギィと甲高い音が通路に響いた。
「ここがアジト?」
扉の先は小さな小部屋になっていて、天井から白熱球が吊されているだけだった。
お陰で通路よりは明るいけれど、ここにはそれ以外になにもない。
意味がわからずに小首を傾げていると、イナが中から扉を閉めた。
「仮面……持って、きた?」
「ん? あぁ、これだろ?」
ポケットから取り出すのはサイコロくらいの小さなキューブ。
それに魔力を流すと質量が増えて変形し、一枚の仮面を形作る。質量保存の法則を無視した魔法がなせる神秘の一つだ。相当な高等技術で、そうほいほい使えるものでもないはずだけど。
「……うん」
イナも仮面を取り出すと、すぐに装着した。
それを真似て俺も仮面を被ると、急に足下が輝きだした。
「これ、魔法陣か?」
魔法文字が織り成す円形の陣。文字の配列と形によってあらゆる効果を発揮するもの。
魔法陣を設計するデザイナーによって性能が異なったりするらしいが、この小部屋はこの魔法陣のためのものか。
つまり、これの用途は。
「転移」
「そう、だよ」
授業で習ったことがあるけど、転移の魔法陣は一部の天才にしか設計できないらしい。それも設計者のセンスによって転移可能距離がかなり変わってくる。
そんな貴重なものを俺はいま土足で踏みつけているのか?
「恐れ多いな」
その言葉を最後に魔法陣の輝きが最高潮に達した。
魔法陣はその効力を発揮し、俺たち二人を狂いなく転移させる。
体感にして一瞬にも満たない刹那。悠長に瞬きなんてしていたら、次に瞼を開けた時にはすでに転移先だ。目の前にはまったく違う空間が広がっていた。
「すごい」
仮面を外しながら魔法陣から出る。転移した先は天井の高い大きな空間だった。
四角形の支柱がいくつも聳え、天井付近にある窓からは日の光が差し込んでいる。
中でも目を引いたのは隅に鎮座する二階建てのバスだ。廃車になって久しいのか、タイヤはぺしゃんこに潰れていて、車体の塗装は剥げて錆び付いている。
「よう、来たか」
そのバスが微かに揺れると、中からウィルが降りてくる。
その太くて逞しい腕には段ボール箱が抱えられていた。
「ようこそ、新しいアジトへ」
そう言いながら段ボール箱を俺の目の前におく。
「これは?」
「お前さんに必要なもんだ」
「俺に?」
膝を折り曲げて中身を確認する。
「そいつに入ってるのは連絡用の無線機とか、人攫いに関する資料なんかだ。どの地域が攫われやすいとか、奴らがよく姿を見せる場所とかを書いてある」
「なるほど」
たしかに必要なものばかりだ。あとで読み込んでおかないと。
「ん? これは?」
段ボール箱の中から引っ張り出したのは一枚の絵だった。
これは戦闘服か? そう言えばイナもあの夜、これに似たような衣服を着ていたっけ。
「お前さんのコスチュームだよ。正義のヒーローと言えばコスチュームだろ?」
「コスチュームって……まぁ、派手な奴じゃないからいいですけど」
パーカーをデザインモチーフにしているからか、衣装は現代に則した現実的なもの。これを着ることにあまり抵抗はないけれど。
「でも、着る必要あります? これ」
「ある。まず一目で敵味方を識別できるだろ? あと私服で戦ってると服装の傾向から身元が割れる、かも知れない」
「かも知れない、ですか」
まぁ、でも、言っていることは理に適っている、のかな。
「いいじゃねぇか。俺たちは街を守るヒーローなんだ。それらしい格好も必要だろ。それにその仮面だってそうだ」
「仮面が?」
「お前さんたちの国じゃ、正義のヒーローは仮面を付けてるもんなんだろ?」
「あぁ、そう言えば……」
でも、俺が正義のヒーローか。
そんなこと今まで考えもしなかったな。
「ほら、着替えてみな」
「今ですか?」
「そうだ。ほら」
促されて衣装絵に目を落とし、魔法を唱える。
「チェンジ」
身に纏う服装が更新され、黒を基調とした赤い装飾の走る戦闘服に身を包む。
忘れずに仮面も装着し、最後にフードを目深に被った。
「ど、どうかな?」
「あぁ、いいぜ! とんでもなく似合ってる」
「うん……格好いい、よ」
「それはよかった」
まぁ、仮面で顔も隠れているし、誰が着てもそんなに変わらないんだけれど。
「ん? ちょい待ち」
お披露目も終わってフードと仮面を脱いだところで、誰かからウィルに連絡がくる。
「あぁ、わかった。すぐに行く」
その返事の声音は険しいもの。
「早速、そいつの出番が来たぞ」
「って、ことは」
「あぁ、仲間がちょいと不味い状況に陥ったみたいだ。今から助けにいく」
また戦いになる。
「行きましょう。すぐに」
「あぁ、そう来ないとな! イナ」
「うん……準備、オッケー」
それぞれ仮面とフードを被り、魔法でコスチュームに着替える。
そうして不味い状況に陥ったという仲間の元へと急いだ。