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火炎を身に纏う翼の一撃


 両手で刀を握り締め、脳内で思い描くのは実技授業の再現だった。

 授業で教わった護身術。真面目には聞いていなかったけれど、試験のために断片くらいは覚えていた。それを記憶の引き出しから引っ張り出して反芻する。


「アップグレード」


 過去の記憶をアップグレードして詳細を思い出し、それを自身の肉体に定着させる。

 これからどう動けばいいのか。その解答が無意識に導き出され、体中の無駄な力が抜けていく。これなら大丈夫かも知れない。意を決して、アスファルトの地面を蹴った。


「あははははははははっ!」


 同時に背後のイナも行動を起こし、俺は一息に距離を詰めて男に一撃を見舞う。

 だが、それは意図もたやすく防がれてしまった。

 刀の軌道上に剣が差し込まれ、甲高い音が鳴って刃同士が鍔迫り合いになる。


「こんなものか?」


 かるく押し返されてよろめいたところへ追撃が迫る。月光を反射して鈍色に光る剣閃が虚空を引き裂き、振るわれる剣撃の軌道を刀でなんとか逸らして身を守った。


「くっ――」


 ただすべては逸らしきれない。剣が頬を掠め、肩を裂き、足を斬る。どれも掠り傷程度ではあれど、相手の剣撃に押されてじわじわと後退を余儀なくされてしまう。

 このままだと不味い。


「アップグレード」


 頭上から落ちた剣の軌道に刀を差し込んで受け止め、自身の剣技をアップグレードする。

 同時に剣を弾き上げ、翻って振るわれる一閃を更に弾いてみせた。


「なに?」


 振るわれる剣閃の数々を逸らし、捌き切る。今度はただの一つも掠りはしない。

 不格好ながらも相手の剣撃を受けた経験が昇華された今、繰り出される剣撃のすべてに対応できる。

 後退していた足はその場に留まり、十数合と打ち合いが続いて拮抗する。

 ただこれだけじゃダメだ。

 相手が大振りになったところに合わせ、こちらも渾身の力を込めて互いに大きく弾き合う。その瞬間に、また魔法を唱えた。


「アップグレード」


 自身の剣技に魔法を重ね、更に性能を向上させる。

 先ほどが防御に重点を置いたものなら、今度のアップグレードは攻撃に重点を置いたもの。

 刀のきっさきまで神経が通い、刀身が手の延長であるかのような感覚を得る。曖昧だった刃渡りの長さも、今なら一ミリの狂いなく言い当てられる。

 一度目のアップグレードで得た剣技の冴えは、二度目を経て研ぎ澄まされた。


「どういう、ことだ」


 戦況が一変する。

 剣技が相手を上回り、打ち合いの拮抗が崩れ、こちらが押し始める。止まっていた足がまえに動き、攻め込まれた分だけ押し返す。

 閃いた一刀が鈍色の残光を引いて馳せ、防御として差し込まれた剣ごと敵の男を吹き飛ばした。


「くっ――」


 引きずられるように後退した男は足腰に力を入れて勢いを殺し切る。

 踏み止まった彼の鋭い視線がこちらを射貫いた。


「なんなんだ、お前は」

「生憎、こっちも必死でさ。質問に答えている余裕はないんだっ」


 畳み掛けようと地面を蹴る。

 それに対して男は左手から火の粉を散らす。

 繰り出されるのは、あの火炎の魔法。


「フレア」


 最上級炎魔法、フレア。

 太陽の如く輝く火炎の塊が放たれ、俺の視界を埋め尽くす。

 直撃すれば灰も残らず、この世から消滅する。

 だから、こちらも相応の魔法で対抗した。


「アビス」


 最上級水魔法、アビス。唱えると共に暗い水が周囲から湧き上がり、光を求めるように火球へと喰らい付く。火炎が蒸発させ、暗い水が鎮火させる。互いに互いを消滅させ、最後は大量の水蒸気を残して破裂した。


「――前がっ」


 視界が薄灰色に染まり、周囲の輪郭がぼやけて見える。

 その只中で必死に敵の影を探していると、頭上がやけに紅く光った。


「そこかっ!」


 落ちてくる紅い輝き、それは紅炎の一閃だった。

 ほぼ不意打ちに近い一撃を刀で受けはしたが、その威力は凄まじく、そのまま吹き飛ばされてしまう。水蒸気の中から飛び出して激しく地面を転がった。

 それでもどうにか体勢を立て直し、以前の彼がそうだったように両脚で踏み止まって勢いを殺し切る。


「さっきのは」


 あれも実技の授業で習っていた。剣撃に魔法の威力を乗せる技術だ。

 魔法ほどの射程はないがその分、剣撃の威力が高くなるものだったはず。習得には何ヶ月もかかると言われていたけれど――

 水蒸気の中から燃え盛る剣を携えた男が飛び出してくる。


「アップグレード!」


 実技授業の記憶を元に魔法技術をアップグレードし、握り締めた刀に魔力を流す。

 刀身は飛沫を上げて水流が逆巻き、繰り出される紅色の一閃を受け止めて、火炎を相殺する。とりあえずこれでどうにか戦えると安堵しかけた、その刹那。

 彼の左腕が火の粉を散らしてこちらに伸びる。


「――」


 それはすでに見た光景だった。

 イナが敵を相手にやっていたこと。手の平から放つ超至近距離からの爆破。

 だから、その奇襲に対応が間に合う。相手の手が伸びるのと同時に、後方へと跳んでいた。


「アイル」


 左手が爆ぜた瞬間、発生した熱と衝撃は風に巻き上げられて俺の背中へと集う。

 燃え盛る風は形を造り、翼となって大きく広がって見せた。


「倍返しだ!」


 背後へと跳び、炎風の翼で巻き起こすのは二条の火災旋風。

 敵の男を呑み込んだそれは、火炎で焦がし、風で斬り付け、夜空にまで遡る。役目を終えて掻き消えると、数多の火傷と裂傷を負った彼が落下した。

 その負傷だらけの肉体は、もはや戦えるような状態ではなくなっていた。


「勝った……のか?」


 彼は倒れたまま動かない。


「勝ったぁ……」


 張り詰めていたものが途切れ、ゆらりと腰を抜かしそうになる。

 それを必死で堪えて膝に手を付く。斬り付けられた切り傷がじんじんと傷んでいる。でもそれが俺の生きている証でもあった。


「あれ? もしかして倒しちゃった?」


 ほっと安堵の息を吐いていると、頭上からイナが降ってくる。

 イナもイナで敵を倒していたようだ。

 倒れている男の更に先へと目をやると、地に伏している女が見えた。


「あぁ、意外とどうにかなったよ」

「あははっ! 凄いね! 私も結構はやく倒せたと思ったんだけどなー」

「ははは」


 初めて命懸けの戦闘を制した直後で、俺の精神は擦り切れているのだけれど。イナのほうはぴんぴんしていた。

 たぶん、もう慣れたものなんだろう。こんな大変なことに、慣れてしまっている。それがどこか、不憫に思えてならなかった。


「よーう、生きてっかー?」


 地下から続く扉が開いて褐色肌の大男が姿を見せる。

 きっちり五対一の戦いに勝利したようで流石だな、と思った。


「やっぱり外でも待ち伏せてたか……意識はないな。イナが二人とも?」

「ううん……男の人は、ツバサくん……だよ」


 あ、また性格が元に戻った。

 仮面も外している。


「へぇ。やるじゃねぇか、坊主。結構な手練れだっただろうに、大したもんだ」

「それは、どうも。もうへとへとですけど」


 今夜はよく眠れそうだ。


「どうだ? うちの自警団に入らないか? お前さんなら即戦力になる」

「ウィル……スカウトは、また……今度に、して?」

「ん? あぁ、そうだよな。疲れてるもんなぁ。じゃあ、また今度だな」

「いえ、受けますよ。そのスカウト」


 呼吸と姿勢を整えて仮面を外し、大男――ウィルに向き合う。


「俺も狙われる側だって気がつきました。なら、襲われるのを待つよりも先手を打って潰したほうがいい」


 いつ襲われるかとびくびくして日常を送るより、原因を潰すことに専念したい。

 以前の俺ならいざ知らず、今の俺ならそれが出来ると思うから。


「あぁでも。一応、誘拐事件が解決するまでってことで」

「はっはっはっ! あぁ、それでいいぜ! こっちは大歓迎だ!」


 ウィルは大笑いして受け入れてくれた。

 ふと、服を引っ張られる。


「本当に……いい、の?」

「あぁ、自衛のためにも入っておきたいんだ」

「……そっか」


 イナはそっと摘まんでいた服を離した。


「なら、コードネームを決めないとな」

「コードネーム? あぁ、たしかイナは」

「うん……ビビッド」


 そうウィルから呼ばれていた。


「なにか希望はあるか?」

「そうですね……じゃあこうします」


 一番に浮かんだ、この言葉にしよう。

 今日、俺の危機を救ってくれた言葉。


「アイル」


 こうして俺は期間限定で自警団マスカレードの一員となった。


「――それにしても、これが誘拐犯か」


 意識を失った男に近づいて観察する。そうしていると戦いの最中では意識することができなかったことがいくつか発覚する。


「あれ、この人もしかして」


 この青い毛の色は染められたものじゃない。地毛だ。


「あぁ、そうさ。誘拐犯は異世界人なんだよ」


 俺たち地球人と酷似した見た目の異世界人。彼らと地球人は見分けるのが難しいが、いくつか見分ける方法がある。その一つが地毛の色合いだ。異世界人は総じて髪色がカラフルな傾向にある。

 ほかにも瞳の色素や模様でも見分けられるらしい。


「捕まると連れて行かれちまうのさ、向こう岸にな」


 このユニオンには街を隔てるように流れる大きな川がある。こちら側には地球人が、向こう側には異世界人が住んでいた。そして、その橋を越えるために建設された大橋は現在、通行止めになっている。

 それは地球人と異世界人が相容れないという証になっていた。

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