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訪問者は乱暴に扉を蹴破った


 目深く被っていたフードが脱がれ、月明かりの下に露わになった姿はやはりイナだった。見間違いじゃなく、本当に隣の席の無口なクラスメイトだった。

 彼女が本当に先ほどまで命の取り合いをしていたのか?

 もうなにがなにやら、さっぱりだ。


「ごめん、なさい」


 混乱していると、イナが頭を下げた。


「な、なにが?」

「斬っちゃった……」

「あぁ、これか」


 脇腹に走った一筋の傷跡、イナに斬られた箇所。


「……手当する、から……来て?」

「え、あぁ、うん」


 手を握られて、そのままどこかへと連れて行かれる。

 でも俺は肉体をアップグレードしているので、治癒能力も向上している。もうすでに痛みはないし、血も止まっている。明日にでも綺麗に治っているだろうと思う。

 じゃあ、別に手当してもらう必要はなくないか?


「あぁ、でもやっぱりいいよ。こんなのツバ付けとけば治るし」


 状況が飲み込めずに返事をしてしまったけれど、これ以上、拘わるべきではないかも知れない。それが当然みたいな顔をして、誰かと殺し合いをしていたんだ。ここから先に踏み込んでも碌なことにならない気がする。


「大丈夫……怖いところじゃない、よ?」


 イナはガチャリと屋上の扉を開いてそう言った。

 手は離してくれそうにない。

 本当かな?

 そのまま一緒に階段を下り、地上に出ると人気のない路地をいく。


「なぁ、本当に大丈夫だから」


 このまま家に帰らせてほしい。

 しかし。


「だめ」


 くるりと振り返ったイナは一言だけそう言うと、また歩き出してしまう。


「……」


 この繋いだ手を強引に解くことはできると思う。

 ただ脳裏に過ぎるのが、ちょうどこの当たりで行われていた戦闘だ。屋上では剣を捨ててくれたが、俺が逃げようとすればまた剣を手に取るかも知れない。

 できれば戦いたくはない。


「いったいどこに連れて行かれるんだ?」

「……行けばわかる、よ」


 どう見てもこのままは不味い。

 不味いと思いつつも、手を振り解くことが出来なかった。


「……ついた」


 とある建物の、とある扉のまえ。

 壁には派手な落書きがあり、扉は茶色く錆び付いている。とても人が住んでいそうにないところへ、イナは躊躇なく入っていった。

 もちろん、手を繋いでいる――というより、手を繋がれている俺も一緒に入ることになる。

 扉の先はすぐ階段になっていて、下まで降りると寂れたバーが現れる。とても営業しているような雰囲気ではなかった。


「よう、お帰りって。ああん?」


 褐色の肌をした大男がバーの奥から出てくる。スキンヘッドにサングラス、濃い顎髭を生やした強面だ。ここで酒を注文したらぼったくられそうだな。


「誰だ? そいつは」

「……イナの、クラスメイト……間違えて、斬っちゃった」

「間違えて? はっはっは! まぁ、いい。救急箱を取ってこよう」


 彼はまたバーの奥に引っ込み、イナは俺をソファーに座らせた。


「……捲る、ね」


 そう言ってイナは俺の服の裾を捲り挙げ、傷の近くに手を触れる。


「やっぱり……」

「やっぱり?」


 聞き返すと、目と目が合う。


「嘘……ついてた」

「嘘って?」

「固有魔法」


 どきりとした。


「興味あるな、その話」


 近くのテーブルに救急箱が置かれ、大男が帰ってきた。


「この坊主の固有魔法はどんなのなんだ?」

「はっきりとは……わからない、けど」


 イナは救急箱から消毒液とガーゼを取り出す。


「……固有魔法が発現する前と後で、まるで別人……だから」

「というと?」


 傷口に消毒液がかかるが、すこしも染みなかった。


「……素人の動きが、玄人になってた……最上級魔法も、使ってたし……イナの刺突も、掠ったけど……躱された」

「ほう、そりゃあ面白いな」


 顎髭に手をやり、値踏みするような視線を向けられる。


「それは感覚強化でなんとか躱したからで」

「違う、よ」


 苦し紛れの言い訳も通用しなかった。


「体付きも、変わった……傷の治りも、はやい……明らかに、違う」


 そこまで把握されていたか。


「なぁ、坊主。お前さんのためを思って言うが、正直に話したほうがいい」

「俺のため?」


 話が見えてこないけれど。


「ここ最近、誘拐事件が頻発しているって知ってるか?」

「……知ってます」


 それについて調べていたところだ。


「じゃあ、こいつが固有魔法がらみだってことも知ってるな?」

「えぇ、まぁ」

「なら、お前さんもわかっているはずだ。その固有魔法が奴らの標的になり得るってくらい」


 たしかにそうだ。だから、誘拐事件について調べようとしたんだ。


「でも、それを貴方たちに言ってどうなるんです」

「素直に話してくれりゃ、お前さんを守れる」

「守る?」

「俺たちはこの街の自警団だ。一応、マスカレードって名乗ってる」


 仮面舞踏会。だから、イナは仮面を?


「……自警団って言っても、非合法でしょ?」

「まぁな。でも、だからこそ出来ることもある。まぁ、とにかくだ。俺たちは今、この誘拐事件を阻止しようと動いてる。ここまで言えばわかるだろ? イナがどうしてほとんど治りかけたその傷を手当てしようと思ったのか」

「あ……」


 そう言われてようやくイナの意図を理解した。


「助けようとしてくれた、のか?」


 俺が誘拐犯に攫われるまえに、守ってくれようとしていた。


「昨日、助けてくれたから……今度はイナが、助けようと……思った、から」


 先ほどのイナの戦闘を見れば、俺がしたことなんて余計なことだったのに。

 それでも恩義に感じてくれて、俺を助けようとまでしてくれた。


「それに……殺し掛けちゃった、から」


 まぁ、うん。それもあるよね。

 でも、それでもクラスメイトというだけの赤の他人である俺を、助けようとしてくれたのは事実だ。イナなら信用できるかも知れない。


「さぁ、話してくれ。お前さんの固有魔法はなんだ?」

「それは――」


 答えようとして、それは大きな爆発音と衝撃で掻き消されてしまう。


「な、なんだ?」


 この近く、物凄く近くで爆発が起こったような音と衝撃だった。

 ひょっとしてこの建物が?


「尾行は……いなかった、よ」

「じゃあ、元からバレてたってことか。坊主、素晴らしく運が悪いな。はっはっは!」


 彼は笑いながらバーカウンターの裏手に回り、なにかをこちらに投げてくる。

 放物線を描いて手元に届いたそれは、一枚の仮面だった。


「そいつを被ってろ。奴らに素顔を見せてもいいことないぞ」


 それはつまり、今から敵が攻めてくるってことか?


「マジかよ」


 急いで仮面を被って素顔を隠す。でも、視界はすこしも制限されていなかった。被る後と前で見え方がまったく変わらない。まるで透明の仮面を被っているみたいだ。


「これ大丈夫? 隠れてる?」


 すでに仮面を付けていたイナに問う。


「大丈夫……隠れてる、よ」

「じゃあ、大丈夫か」


 その時、バーの扉が蹴破られて複数人の敵が侵入してきた。


「全然、大丈夫じゃなかった」


 すくなくとも五人はいる。数的不利も相まって最悪の展開だ。

 だが、立ちはだかるようにして大男の彼が一人で前に出る。


「ここは俺に任せてもらおう。ビビッド、坊主を逃がしてやれ」

「わかった……いく、よ」

「あっ、ちょっ」


 イナに手を引かれ、別の出入り口へと向かう。その背後で魔法が炸裂し、凄まじい音が断続的に鳴り響いたが、イナは構わず廊下へと続く扉を開いた。


「い、いいのか!? 五対一だぞ!」


 廊下を走りながらイナに問う。


「大丈夫、だよ……強い、から」


 その声音に不安の二文字はない。

 でも、本当に大丈夫だろうか。


「自分の心配……して?」

「……そう、だな」


 人よりまず自分の心配をするのが優先か。


「バーチャルリアリティ」


 不意にイナがそう呟くと、俺の目の前の空間が割れる。走る速度に合わせて一定の間隔を保っているその裂け目から、剣の柄のようなものが伸びる。


「イナの……固有魔法、だよ……掴んで」

「あ、あぁ」


 柄を掴んで引き抜くと、すらりと伸びた刀身が現れる。

 剣だと思っていたそれは日本刀だった。


「護身用……だから」


 日本刀を引き抜くと、空間の裂け目はイナの前方へと向かう。

 そこから引き抜かれるのは先ほど屋上でみたものと同じ剣。あの時は簡単に剣を捨てていたけれど、こういう風に造られた魔法がらみの剣だったのか。

 剣と刀で武装して残りの廊下を渡りきり、イナが扉を開け放って一緒に外へと飛び出した。

 瞬間、そこを狙って火炎の魔法が飛来する。


「危ないっ!」


 背中を蹴り飛ばされ、イナはその反動で高く跳ぶ。

 それでどうにか二人とも魔法は回避できた。

 火炎の魔法が着弾した地面はどろどろに融解している。

 あんなのをまともに食らったら骨も残らない。


「怪我はない!?」

「あ、あぁ」

「そっか。なら、大丈夫だねっ」


 そう言って剣を構えたイナは、また性格が変わっていた。

 本当に同一人物か?


「観念しろ、マスカレード」


 火の粉を払いながらそう告げたのは敵であろう人物。

 黒のローブを身に纏い、右手には剣が握られている。彼が先ほどの火炎の魔法を放ち、俺たちを焼き殺そうとした張本人か。


「商売の邪魔しないでくれる? お馬鹿さんたち」


 背後からは女の声がする。彼女もまた敵だろう。

 分岐のない路地で挟み打ちか。


「ねぇ」


 服の端を微かに引っ張られる。


「助けるつもりが巻き込んじゃった。ごめんね。飛んで逃げられるなら、それで逃げて」

「なっ、そうしたら二体一だろ?」


 出来ないことはないが、イナが不利になってしまう。


「キミは巻き込まれただけなんだから、無理に付き合うことないよ」


 それは、そうだけど。


「私なら大丈夫だよ」


 そう、無理に付き合う必要はない。俺はあの場所に連れてこられただけ、そうしたら不幸にも事件に巻き込まれただけだ。これは俺にはなんの関係もない戦いなんだ。逃げたって誰も俺を責めたりなんかしない。


「……いいや」


 関係はある。

 俺の固有魔法は誘拐犯の標的になりうるものだ。だから、イナは俺を守ろうとしてくれた。あの大男の人だって五対一の状況を作ってまで俺を逃がそうとしてくれた。

 誰も責めたりなんかしない?

 ここで逃げたら自分で自分を責めるに決まってる。


「俺もここで戦うよ。どうせ奴らにバレたら戦闘は避けられないんだ。だったら味方がいるうちに戦闘経験を積んでおいたほうがいい」

「……そっか。じゃあ、私が気合いを入れて頑張らないとっ!」


 イナも臨戦態勢を取った。


「あの人をパパッと倒して、二対一に持ち込んじゃうよっ!」

「そうしてくれると、ありがたいよ」


 俺たちは交戦の意思を固めた。


「小娘が言ってくれるじゃない」

「どうやら地下に攻め込んだ仲間も上がってくる様子がないらしい。待っても無駄か」


 敵の二人も剣先をこちらに向けた。

 そして、戦いの幕が上がる。

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