8.高坂由幸
由幸はPTAの定例役員会に出席するために一小に来ていた。会議室に入ると辺りをキョロキョロ見渡して奈津美の姿を見つけるとその隣に座った。由幸はいつも奈津美の隣に座る。
「この間は悪かったな。先に帰って」
「いえ、私もその後すぐに帰りましたから」
「そうか。じゃあ、今日、この後で軽くどう?」
「いいですよ」
定例の役員会は大した議題もなくすぐに終わった。由幸たちは数人の役員で近所の居酒屋に繰り出した。役員会の後に一杯やるのは恒例になっている。そこでも由幸は奈津美の隣に陣取った。
「高坂さんって、ソフトボールのクラブチームに入ったんですか?」
「まだ入ったわけじゃないけど、トシさんがやってるから興味があって……。あ、トシさんってのは俺の釣り仲間ね」
「あの、お願いがあるんですけど、私もチームに入れますか?」
「え? アオちゃんが? だって、バレーやってるじゃん」
「そうなんですけど、今度のPTAの大会に女性も入らなければならないみたいで、バレー部から何人か入って欲しいと言われていてそれで、私が出なきゃいけないことになっちゃって」
「そうなんだ」
「はい。どうせ出るのなら、少しでも上手になりたいから」
「OK! アオちゃんが一緒に入るなら俺も楽しくやれそうだ。今、トシさんに聞いてみるよ」
そう言って由幸は利光に電話を掛けた。利光は監督に確認すると言って一旦電話を切り、すぐに折り返しの連絡があった。
「今度の練習日に一緒に来いって」
「良かった。でも、なんか緊張する」
「大丈夫だよ。俺も居るから」
「そうですね」
店を出ると由幸は奈津美を送るために一緒に歩いた。奈津美のマンションの前まで来ると、奈津美を抱き寄せキスをした。
「じゃあな」
そう言ってその場を後にした。奈津美は手を振って由幸を見送った。
その週末の日曜日。由幸は一中のグランドに行った。利光が由幸をメンバーに紹介した。
「ところで、もう一人は?」
一緒に入りたいという女性のことを利光は由幸に聞いた。
「あとで来ると思いますよ」
「そうか。じゃあ、取り敢えず、キャッチボールやろう」
修二は二人がキャッチボールをしているのを見ながら、校門の方に度々目をやった。奈津美がいつ来るのかが気になっていたからだ。キャッチボールが終わってノックが始まった頃に奈津美はやって来た。すぐに由幸が奈津美のもとへ走って行った。
「遅いよ。来ないかと思ったじゃんか」
「ごめんなさい。娘が具合悪くなっちゃって」
「大丈夫なの?」
「はい。もう落ち着いたので」
「じゃあ、紹介するよ」
そう言って由幸は利光に声を掛けた。利光が修二に目配せすると、修二はノックを孝之に任せて二人のもとへ向かった。
「あれ、この子ってバレーの……」
利光がそう言いかけたのを制止する様に修二は由幸に奈津美を紹介するように促した。
「利光から話は聞いてるよ。えっと……」
「蒼井さん。桐谷さんはこの間、会ってますよね」
「あれっ? 俺も……。覚えてない?」
「何言ってるんだ? 早く練習に戻れ」
利光は首をかしげながら、何度も奈津美の顔を見返し、由幸とともに練習に戻った。
「取り敢えず、キャッチボールしてみようか」
「はい」
「グローブは持ってないよね」
「はい」
「じゃあ、これを使って」
修二はまだ真新しいグローブを奈津美に渡した。
「買ったばかりでまだなじみ切ってないから使いにくいかもしれないけれど」
「ありがとうございます」
修二は最初、近い位置でキャッチボールを始めた。バレーボールだとは言え、スポーツをやっているだけあって、奈津美は初心者にしてはコントロールも良くて修二は感心した。徐々に距離を広げて奈津美の力量を試してみた。それからノックの列に加わるよう指示した。奈津美が入ると修二は孝之からバットを受け取った。最初は怖がっていた奈津美も何度かやっているうちにコツを掴んだようで軽快にゴロをさばけるようになった。
「驚いたなあ。俺より上手いんじゃねえか」
由幸が呟く。