7.高坂由幸
週末、修二は利光から呼び出された。
「チームに入りたいってやつがいるから会ってくれ」
利光はその男と近所の居酒屋に居ると言った。
店のドアを開けると、奥のテーブル席で利光が手を振って合図した。同時に利光の前で背中を向けていた男が振り向いて軽く頭を下げた。修二は利光の隣に座って、生ビールを注文した。
「紹介するよ。高坂由幸」
利光が由幸を紹介した。
「高坂です。宜しくお願いします」
利光が言うには由幸は利光の釣り仲間らしい。野球経験はないのだけれど、運動神経は悪くないということだった。修二のもとへジョッキが届いたところで三人でグラスを合わせた。
「ずいぶん早くからやってたのか?」
テーブルに並べられている刺身や天婦羅などの肴がほぼなくなっているのを見て修二が聞いた。
「まあね。で、チームの話になって、こいつが興味あるみたいだったから誘った」
「桐谷さん、昔、一小と一中でPTA会長やってましたよね?」
由幸が切り出す。同じ時期に、自分の子供もそこに通っていたのだという。あいにく、当時は学校行事などに興味がなく、もっぱら釣りに興じていたらしい。ところが、年の離れた末っ子が現在、まだ一小に通うっているのだそうで、おやじの会の活動をしているということだった。そんな話をしていると、既に利光は酔いつぶれていた。仕方なく修二が店の勘定を支払った。
「桐谷さん、もう一軒行きましょうよ」
酔った利光を見送ると、由幸が修二をカラオケに誘った。
カラオケ店は空いていた。
「なんか二人だけじゃ寂しいですね。知り合いの女の子を呼んでもいいですか?」
由幸が言うので修二は頷いた。由幸は早速その知り合いに電話を掛けた。
「すぐ来るそうです」
そう言って由幸は早速デンモクを手にして曲を入れた。すぐにイントロが流れ出し、由幸は歌い始めた。お互いに2~3曲ずつ歌ったところでドアが開いた。様子を窺うようにして中を覗き込む女性に由幸が声を掛けた。
「アオちゃん、こっち、こっち」
その女性が席までやって来ると由幸が修二にその女性を紹介した。
「いま、学校のPTAで一緒に役員をやってる蒼井さん」
紹介されて修二はハッとした。その女性は奈津美だった。目が合った瞬間、奈津美が修二に目配せした。修二はそれを瞬時に察知した。
「どうも。初めまして。蒼井です」
「こちらは桐谷さん。今度、俺が入るソフトボールチームの監督さん」
「桐谷です」
それから三人でカラオケを楽しんだ。他の客が来ることもなく、店は貸し切り状態だった。そして、日付が変わる頃、由幸は先に一人で帰って行った。
「明日、朝早いんで」
二人だけになると、奈津美が修二に尋ねた。
「高坂さんとはどういう知り合いなんですか?」
「利光の釣り仲間なんだって、それで、今日二人で飲んでる最中に彼がうちのチームに入りたいからって呼び出されて紹介された」
「そうなんですか。それで比留間さんは?」
「最初の店で酔いつぶれて先に帰った」
「私たちのことは高坂さんには言わないでくださいね。面倒に巻き込まれたくないので」
「もちろん。ところで、高坂さんて、そんなに面倒くさいやつなの?」
「いい人なんですけど……」
奈津美が言葉を濁すような言い方をしたので修二はそれ以上詮索するのをやめた。
「ところで、みぃこ、ソフトボールやってみる気はない?」
「えっ? ソフトボールですか?」
「みぃこがチームに入ってくれたら、堂々と一緒に居られるし」
「はい! やってみたいです」
「じゃあ、今度の練習日に見においでよ。みんなに紹介するから」
「だったら、高坂さんの紹介ということにしてもらえますか? 高坂さんには私から話しておきますので」
「ああ。別に構わないけど」
店を出ると、この前のように二人で歩いた。そして、あの日のあの場所に差し掛かる。
「じゃあ、ここで」
「はい」
奈津美はそう返事をすると、修二に体を寄せて背伸びした。修二はそっと唇を重ねた。
数日後、利光から連絡があった。
『高坂が一緒に女の子をチームに入れて欲しいって言って来たんだけど、どうする?』
「いいんじゃない。今度の練習の時に連れて来てもらえばいいよ」
『了解』