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6.桐谷修二

 あれからひと月が経った頃、奈津美から修二に電話がかかってきた。

『どうして連絡してくれないのですか?』

 修二にしてみれば連絡したいのはやまやまではあったのだけれど、何しろ相手には家庭がある。そんな人にやすやすと連絡などできるはずがない。

「家庭のある女性に連絡するのは気が引けるから」

 修二が正直にそう言うと、奈津美は気にしなくてもいいから連絡をして欲しいのだといった。それに対して修二は機会があれば連絡するからと答えて電話を切った。奈津美の声を聴いたらあの時の奈津美の唇の感触が蘇ってきた。


 数日後、修二はPTAの役員をしていた頃の知り合いとの飲み会に参加していた。程よく酔っていたこともあり、奈津美に連絡を取った。

「今日、知り合いとの飲み会でね。もうすぐ終わるから、出て来られますか?」

『大丈夫ですよ。どちらへ伺えばいいですか?』

 修二は待ち合わせ場所と時間を告げて電話を切った。


 飲み会が終わって奈津美との待ち合わせ場所へ行くと、帽子を目深に被った奈津美が居た。

「お久しぶりです」

「はい。連絡してくれてありがとうございます」

「じゃあ、行こうか?」

「はい」

 修二が歩き出すと奈津美は修二の少し後ろをついて来る。大手のカラオケボックスのビルへ入り、受付をすます。案内された部屋へ向かうために二人でエレベーターに乗る。狭い空間に二人きりで居ることが修二には息苦しく思えた。

 部屋に入り、メニューを広げる。それぞれにドリンクを注文してから修二がデンモクを手に取り奈津美に手渡そうとする。

「どうぞ」

「桐谷さんからどうぞ」

「そう?」

 修二はレパートリーの中の一つを選曲し送信する。イントロが流れる。奈津美に次の曲を選ぶように合図しながら歌いだす。歌い終えると奈津美が拍手してくれた。

「蒼井さん、曲入れた?」

「まだです……。あの……。蒼井って呼ぶのはやめてください。主人の名前なので」

 主人の名前で呼ばれたくないという奈津美の心理を修二は一瞬考えた。しかし、この時はさらっと聞き流した。

「じゃあ、どう呼べばいい?」

「桐谷さんが決めてください」

 修二は少し考えてから奈津美に提案した。

「みぃこでいい?」

「みぃこですか?」

「そう。子猫みたいに可愛いから」

「そんな……。でも、嬉しいです。桐谷さんがそう呼びたいのならそう呼んでください」

「じゃあ、みぃこもボクのことは修二でいいよ」

「あ、でも、呼び捨てにするのは失礼ですから修二さんでいいですか?」

「いいよ。じゃあ、みぃこ、早く曲を入れて」

「はい」

 目が合った。修二は奈津美を抱き寄せる。奈津美が目を瞑る。修二はそっと唇を重ねた。そして、奈津美の足に手を置いた。修二の手の上に奈津美が自分の手を重ねる。そこへ注文したドリンクが運ばれてきた。二人は体を離す。テーブルにドリンクを置くと店員はさっと部屋を後にした。そしてまたすぐに二人は唇を重ねた。

「ねえ、出ようか?」

 そう言った修二の意図を奈津美は理解しているようだった。

「はい」

 運ばれてきたドリンクを口にすることなく、二人は部屋を出て精算を済ませた。次の目的地までさっきと同じように奈津美は修二の少し後ろをついて来る。奈津美は目的地が近づくにつれ、被っている帽子を更に目深にかぶり直した。


 修二は周りの人眼を確かめてから、奈津美の手を取ってさっとその中へ入った。ロビーで適当にルームナンバーを選択して受付でルームキーを受け取った。エレベーターの中でまた唇を重ねた。指定したフロアに到着してエレベーターのドアが開く。部屋へ向かう。部屋に入ってドアを閉めると、また唇を重ねる。そしてベッドに二人で腰掛ける。

「良かったのかな? ここへ連れて来て」

「はい」

 その返事を聞くなり、修二は奈津美の服に手を掛ける。上半身を裸にして、奈津美が履いていたジーンズに手を掛けた時、奈津美が小声でつぶやいた。

「私だけは恥ずかしいです。修二さんも脱いでください」

 はにかんだ様子の奈津美がとても愛おしく思えて修二は奈津美を抱き寄せた。そして、自らも服を脱ぎ棄てベッドに奈津美を押し倒した。奈津美の体は美しかった。子供を二人生んだ女性だとは思えなかった。修二は奈津美の体の隅々まで愛した。

「イクよ」

「はい。でも中には出さないでくださいね」

 終わってからもその余韻に浸るように二人はそのまま抱き合っていた。




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