44.桐谷修二
「最近、なっちとはどうなってるんだ?」
しめさばを摘まみながら利光が聞いてきた。
「べつに…」
「別にってことはないだろう。なんかいろんな話も聞いてるけど、なっちとちゃんと話してるのか?」
「してる。メールは送ってる。ただ、返事が全くない」
「それじゃあ、話してるうちに入んねえだろう」
「仕方ないだろう。むこうがもう、その気はないということなんじゃないかな」
利光は怪訝な表情を浮かべる。口元まで運んだしめさばを一旦、皿に戻す。
「お前のせいでこっちはえらいことになってるんだぞ」
「何のことだ?」
「お前たちがあんまり見せつけてくれるから、俺も見習って文ちゃんといい仲になったら、かみさんにばれちまって離婚騒ぎだよ」
「文ちゃんって、フライングママの芝崎さんか?」
「おう」
「それがなんで俺のせいなんだよ?」
「お前がなっちと不倫なんかするからだよ! だから、お前は責任を取ってちゃんとなっちと付き合えよ」
「妙な言いがかりをするなよ。だいたい、俺たちは不倫なんかじゃないし。ただ、向こうにその気がないならどうしようもない…」
話の途中で利光の携帯が鳴った。利光は慌てて携帯電話を手に取った。どうやらメールが届いたようだ。それを読み終えると利光は席を立った。
「文ちゃんからだ。悪いけど、ちょっと行ってくる」
利光は小走りで店を後にした。残された修二は自分の携帯電話を手にして奈津美に送ったメールを読み返した。
『最近、連絡ないけど、忙しいのかな? もしかして、具合でも悪くしてるの? また会えるのを楽しみにしています。連絡待ってます』
『いろんな話を聞いているけど、そういうのは気にしていません。前にも言ったけど、僕はみぃこが僕と居るときに僕に甘えてくれたらそれが幸せだから』
『もう、僕のことは嫌いになった? それならそれで、ちゃんとそう言ってください』
何度も読み返した。
「ここまでか…」
そう呟いて、修二はそれらの履歴を消去した。
外回りを終えた修二は会社に直帰する旨を伝えてカフェに入った。以前、麻子と再会したカフェだ。そこに入ったのは、もしかしたら、また麻子に会えるかもしれないという期待もあった。その時と同じ席に着いてタバコに火をつけた。すると、誰かに肩をポンと叩かれた。
「またサボってるの?」
麻子だった。
「そんなことはないよ。今、仕事が終わったところだよ」
「そう。私も…」
そう言いながら麻子は修二の隣に座った。
「なんか元気ないね」
「いや…」
修二は奈津美とのことを真子に話した。
「それ、ダメなヤツじゃない。しかも、その子最悪だよ」
「いや、それは僕の憶測だから、実際はどうなのか…」
「煙の無いところに火はつかないって言いうでしょう」
「ん? ちょっと違うような…」
「そんなことはどうでもいいよ。そんな子とはもう会わない方がいいよ」
麻子にそう言われて修二は苦笑するしかなかった。ただ、麻子の言う通りなのかもしれない。
「そうだな」
「ねえ、ところで、まだソフトボールやってるの?」
「ああ。今はクラブチームを作って監督やってる」
「凄いじゃない! 今度、試合見に行ってもいい?」
「いいけど」
「やった! ねえ、今度の試合はいつ?」
「来週の日曜日だけど」
「行く、行く! どこでやるの?」
修二は場所と時間を伝えた。麻子は必ず行くからと約束した。
試合当日。グランドがあるスポーツ公園に修二たちは来ていた。そこに麻子から電話がかかってきた。公園の入口まで来たと。修二はグランドの場所を伝えて途中まで迎えに行った。そこで奈津美に会った。奈津美はオールドジャイアンツのユニフォームを着ていた。
「ジャイアンツに入ったんだね」
修二が声を掛けると、奈津美は黙ったまま俯いた。その態度を見て、修二はもう奈津美が自分には会いたくはないのだと感じた。ただ、奈津美がソフトボールを続けていることは嬉しく思った。
「ソフト続けられてよかったね」
そう言い残してその場を後にした。その時、ちょうど麻子がやって来たのが見えた。修二が手を挙げて合図すると、麻子は小走りで修二の元へ駆け寄ってきた。