43.蒼井奈津美
帰宅した奈津美はダイニングテーブルに準備していた洋介の食事が手つかずのままになっているのを見てため息を吐いた。寝室を覗くと洋介は既に床に就いていた。奈津美はシャワーを浴びて子供たちの部屋に自分の布団を敷いた。
翌朝、奈津美が朝食の支度を終えると、洋介が起きて来た。
「昨日はどこかで食べて来たの?」
「家で一人で食べたって美味くもなんともないからな」
厭味ったらしい洋介の言葉にまたため息を吐く。
「最近、遅くまで出歩いていることが多いな」
「仕方ないでしょう。PTAの行事や打ち合わせがあるんだもの」
「ふーん…。そんなに忙しいなら、俺の夕食はもう用意しなくていいぞ」
「そう…」
そして、またため息を吐く。このところため息ばかり吐いていると奈津美は思った。洋介が出掛けると入れ替わるように子供たちが起きて来た。
「おはよう」
「おはよう。お母さん、仕事があるからもう出掛けるね」
「うん。気を付けてね」
奈津美は子供たちに見送られて家を出た。
職場での休憩時間。奈津美は自分の席で先日の修二との話を思い出していた。修二は自分が宮下や中山と関係を持っていることには薄々感づいているに違いない。そんな自分をどういう風に思っているのか気にはなった。けれど、修二の顔をまともに見ることが今はまだできそうにない。修二からはその後も連絡があったのだけれど、奈津美は一切返事をしていなかった。
そんな状態のまま月日が流れ、下の子供が学校を卒業する時期になってしまった。PTAソフトボール部の活動はそれなりに順調だった。宮下は結局あれ以来PTAの方に顔を出すことはなかった。それでも、宮本と由幸がチームを盛り立てて大会でも去年以上の成果を上げることが出来た。
「卒業したらどうするんだ?」
宮本に尋ねられた。
「まだ判りません」
「ウチのチームにスコアラーとして入らないか? 本大会には出られないけど、リーグ戦や練習試合では投げられるから」
ソフトボールをやるようになって、結局バレーボールはクラブを辞めた。本当は修二のチームで修二と一緒にやりたかった。
「まだチームメイトであることには変わりないよ」
哲との件があって、チームを辞めると奈津美は言ったのだけれど、修二は今でもそう言ってくれている。けれど、そこにはもう戻れない。結局、宮本を頼りにPTAを卒業した後はオールドジャイアンツに入ることにした。
リーグ戦の試合会場で試合を終えた奈津美はこれから試合が始まる修二に出会った。ジャイアンツの入ったことは言わないままだった。それどころか、これまでずっと連絡を貰っていたのにも返事をすることはなかった。
「ジャイアンツに入ったんだね」
「・・・・・・」
そう尋ねられて返事に困った。
「ソフト続けられてよかったね」
そんな奈津美を見て、修二はそれだけ言うと、グランドの方へ歩いて行った。
「あの…」
奈津美は修二を呼び止めた。いや、呼び止めようとしたのだけれど、声にはならなかった。グランドへ向かう修二の元へ駆け寄る女性の姿が目に入ったからだ。それは奈津美の知らない女性だった。修二はその女性と楽しそうに話しながら二人でグランド内のベンチへ入って行った。
修二の中に私はもう存在していない…。奈津美はそう感じた。そして、修二からの連絡に返事をしなかったことを今更ながら後悔した。そして、溢れだした涙をぬぐってその場を後にした。