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4.蒼井奈津美

 9時、10時と時間が経つにつれ、チームメイトは一人、二人と店を後にした。席がばらけてきたところで小百合が隅の席に居た三人に声を掛けた。

「ねえ、お兄さんたちもこっちへ来ませんか?」

 すると、待ってましたとばかりに背番号18の男がすぐにグラスを以って移動して来た男は小百合の対面に座った。

「ほら、他のお二人もどうぞ」

 小百合は他の二人にも声を掛けた。すると二人も奈津美たちの席へ移動して来た。そして、奈津美の対面に30番が座った。奈津美の心臓は今にも破裂しそうなほど激しく鼓動した。緊張のあまりその後のことを奈津美はほとんど覚えていなかった。


 閉店時間を迎え、残ったメンバーは店の外に出た。

「ラーメンでも食って帰るか。お姉さんたちも一緒にどう?」

 18番が言った。奈津美はドキッとした。もしかしたらまだあの人と一緒に居られるかもしれないと。しかし、一人でついて行くわけにはいかない。そんなことを思っていると小百合がすぐに答えてくれた。

「いいんですか?」

「私たちはもう帰るね」

 そう言ってタッパー組のメンバー二人がそこで帰宅した。小百合と文江と奈津美の三人が〆のラーメンに同行することになった。


 相手は18番がグループの中心のようだった。その18番が仕切る形で話し始めた。自分たちはソフトボールのクラブチームの仲間で、その18番はチームのエースピッチャーで、1番が4番バッター、そして30番が監督だと。すると、その30番が唐突に質問をしてきた。

「ところで、何てチームなんですか?」

 彼の質問の意図が奈津美にはすぐに解かった。彼の奥さんもバレーボールをやっているからに違いないと。

 すぐに小百合がチーム名を答えた。そして同じ質問を返すと、18番が自慢げにチーム名を応え、まだ自己紹介をしていないことに気が付いたようで、そのままメンバー紹介をし始めた。自分が比留間利光、監督が桐谷修二、そして4番バッターが牛丸孝之だと。

「修二さんっていうんだ…」

 奈津美は心の中で呟いた。

 次に小百合が女性陣を紹介し始めた。自分が名乗って文江を紹介し、そして、奈津美を。

「若そうに見えるけどけっこういい年なのよ」

 と付け加えた小百合に奈津美は思わずハッとした。そういう年齢なのには違いないのだけれど、彼の前で他人からそう言う風に言われるのには抵抗があった。

「小百合さん、一言多いです」

 奈津美は照れくさくなって小百合に言った。そして、修二の顔を見た。すると、彼も奈津美を見た。一瞬目が合うと、彼はすぐに目を逸らしてしまった。


 外がほんのり明るくなってきた。

「それじゃあ、皆さん、また縁があれば」

 これまでずっと場を仕切っていた利光がそう告げて解散となった。修二も自宅へ向かって歩き出した。修二が歩き出したのは奈津美が帰る方向と同じだった。残りのメンバーははみんな散り散りに帰って行った。他に誰も居ないのを確認して奈津美は思い切って修二に声を掛けた。

「あの…。一緒に返ってもいいですか? 方向が同じなので」

 修二は声の主が奈津美であると確認したうえで返事をした。

「いいですよ。でも、こんな時間に二人で歩いていたらまずくないですか?」

「大丈夫です。バレーの飲み会はいつもこんな感じなので」

「そう。だったら僕はかまいませんけど」

 修二がそう言ってくれたので奈津美は安心した。安心したせいか、言ってはいけないと思っていた言葉が解き放たれた。

「ありがとうございます。それで…。あの…。私、桐谷さんのこと好きになってもいいですか?」

「えっ!」

 修二は驚いている。それはそうだ。あんなに仲のいい奥さんが居るのだから。だからこそ奈津美は晶が羨ましくて仕方がなかった。そして、同時に修二のことを愛おしく思うようになった。あの時の出会いをおそらく修二は覚えていないだろう。いきなりそんなことを告げられたら頭がおかしい女だと思われるかもしれない。けれど、奈津美はそう思われたとしても、こんなことを言えるのは今しかないと思った。

「ダメですか?」

 修二は少し躊躇っているようだったけれど、すぐに表情を和らげた。

「僕でいいなら…」


 それからしばらく二人で並んで歩いた。特に会話することもなく。けれど、一緒に居られるだけで奈津美は満足だった。

「じゃあ、僕はこっちだから…」

 分かれ道で修二が切り出した。

「いやだ…」

 そう口にしそうになった時、修二の口から思わぬ言葉が飛び出した。

「お別れのキスをしてくれるかな?」

 返事をする間も惜しんで奈津美は修二に駆け寄った。そして、思いっきり背伸びして修二の唇に自分の唇を重ねた。




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