38.蒼井奈津美
フライングママの練習に顔を出した奈津美は練習終わりのお茶会で小百合に報告をした。
「子供の学校でPTAの役員を引き受けることになったので、当面はそちらを優先したいんです」
「そう、仕方ないわね。でも、メンバー足りないときは協力してよね」
「はい。予定が被らなければなるべく顔を出すようにしますので」
小百合は奈津美の申し出を快く受け入れてくれた。ところが、横から宮本が口を挟んだ。
「PTAってなに?」
「ソフトボール部の部長をすることになったんです」
「えっ? ソフトボール? バレーじゃなくて?」
「ええ、成り行き上、そういうことになりました」
「アオちゃん、ソフトボールなんてできるの?」
「プレー経験はないんですけど、社会人チームでスコアをつけていたりしたことはあるので身近なものではあります」
「へー、そうなんだ…」
宮本はしばらく考えるようなそぶりをしてから、再び口を開いた。
「そしたらさあ、俺が入ったソフトボールチームでスコアラーやんない?」
「えっ? 宮本さん、ソフトボールチームに入っているんですか?」
「最近、入れてもらったんだよ」
「なんというチームですか?」
「オールドジャイアンツっていうチームだよ。名前の通りみんな巨人ファンなんだ」
そのチーム名は聞いたことがなかった。ただ、宮本が入ったというのが修二のチームではなかっとことに奈津美はホッとした。
同じようなことを以前に修二から言われたことがある。もしそうできるのなら、願ってもないことだと奈津美は思った。ところが哲の件以来、修二以外のチームメイトが難色を示す態度だったため、さすがの修二も強引にチームに入れることは出来なかった。
奈津美は先のPTAの大会でソフトボール部を強くしたい、試合に勝ちたいと真剣に思った。今年度は子供が最終学年になった。子供が卒業するまでの1年間、出来る限りのことをやろうと心に決めた。しかし、部長とは言え、女性である自分の言うことを、言い歳のおやじたちが聞いてくれるのかという不安もあった。前任で現PTA会長の柿崎からして、そういう態度だったから。そこで、修二を監督として傍に置きたかった。そのために、弱みを握っている由幸を利用した。結果として修二は監督を辞退することになったのは奈津美にとって大きな誤算だった。そして、期待していた宮下も離れていくことになり、奈津美は八方塞の状態になりつつあった。
思わぬ宮本の言葉に、奈津美は別のことを閃いた。確か、宮本にも子供が居た。しかも、奈津美のところと同級生の子供が。
「そう言えば、宮本さんもお子さんいらっしゃいますよね。確かうちの子と同級生じゃありませんでしたか?」
「まあ、そうだけど…」
「だったら、PTAのソフトボール部に入ってください」
「えー! そういうのなんか面倒くさそうじゃん」
「お願いします」
そう言って奈津美は宮本の目を見詰めて手を取ると体を寄せて懇願した。
お茶会が終わった後、奈津美は宮本に「行きつけの店があるから」と誘われ、「はい」と答えて宮本に従った。
「前から思ってたんだけど、アオちゃんって、可愛いよね」
「そんなことはないです」
「ところで、ソフト部って、女性部員は居るの?」
「女性は私だけです」
「じゃあ、みんなアオちゃんのことが好きになっちゃうんじゃない?」
「そんなことはありません」
「そう…。じゃあ、俺と付き合わない? そしたら、ソフト部に入ってやるよ」
宮本のその言葉の意味は奈津美にもすぐに解かった。それはある意味、奈津美の計算通りだった。
宮下は最近ソフト部に入った宮本の話を持ち出した。
「あー、最近、ジャイアンツに入ったやつだな」
利光が相槌を打つ。
「そう! そいつがいつも蒼井さんとつるんでソフト部を自分のチームみたいに好き勝手やってるんですよ」
「アオちゃんはそれで何も言わないのか?」
「言わないどころか、そういうのは全部蒼井さんがヤツにやらせてるんじゃないかと思うんですよね。それに高坂も加わって…。そういうのに無頓着なほかの部員たちは言われるままにやってますけど、そのやり方があまりにも理不尽だから俺はもうPTAではやってられないですよ」
「由幸も?」
「そう。あいつ、そのうちジャイアンツに行くんじゃないですか? 蒼井さんもスコアラーでジャイアンツに入るみたいな話もありますから」
「おい、修二いいのか?」
利光が修二を小突きながら言う。修二は相変わらず顔色を変えないまま、ただ黙って話を聞いている。