29.野々村晶
遡ること20年。修二が勤める会社の近くにあるスナック。そこは修二の会社の社員たちの行きつけの店でもあった。その日、修二は一人で店に行った。
「あら、桐谷さん、今日は一人?」
店のママ、涼子がカウンター越に微笑みかけた。
「ウチの連中が誰も来ていないのは珍しいね」
修二はカウンター席に着いた。
「本当ね…。そうだ、新しい子が入ったのよ」
そう言って涼子は奥のボックス席についていた女の子を呼んだ。
「アキちゃん、ちょっと」
アキちゃんと呼ばれたその女の子はまだあどけなさが残る若い女の子だった。
「アキちゃんよ。よろしくね」
「アキです。宜しくお願いします」
「こちら、桐谷さん」
「よろしく」
「じゃあ、アキちゃん、こっちに座って」
アキを修二の隣に座らせると、涼子はアキがついていたボックス席の客のもとへ向かった。
修二は改めてアキの顔を見た。
「ずいぶん若いみたいだけど…。学生さん?」
修二がタバコを咥えるとアキはポケットからライターを取り出して火を付けた。
「一応OLです」
「一杯飲む?」
「ではウーロン茶をいただいていいですか?」
「いいけど…」
秋は一旦席を立ってカウンターの中へ。冷蔵庫からウーロン茶を取り出すと、グラスと一緒にカウンターに置き再び修二の隣に座った。
「私、お酒は飲めないんですよ…」
「へー、飲めないのにこんなところでアルバイト?」
「知佳に誘われて」
知佳というのは、今日は来ていないけれど、やはりこの店でアルバイトをしている女の子だ。
「そうなんだ。知佳ちゃんと同じ会社の後輩とか?」
「学校が一緒なんです。私たち、同級生なんです」
「じゃあ、23歳だ。ずいぶん若く見えるね」
するとアキは苦笑して修二の耳元でそっと囁いた。
「まだ19ですよ。高校を卒業したばかりです」
「えっ! じゃあ、知佳ちゃんも?」
「あ! 内緒ですよ」
これが修二と晶の出会いだった。
アキは未成年だから酒を飲まないのではなくて、実際にアルコール類は苦手だった。同じ未成年でも年齢を誤魔化して大いに酒を飲んでいる知佳と違って。何度か顔を出しているうちに修二とアキはずいぶん仲良くなった。
「ねえ、桐谷さんの誕生日っていつ?」
「12月2日」
「あら、もうすぐじゃないですか! 何かプレゼントしましょうか?」
「本当に? じゃあ、朝までアキちゃんと一緒に居たい…」
修二にしてみれば、冗談半分で口にした言葉だった。なのにアキの返事は意外なものだった。
「いいですよ」
「えっ!」
「いいですよ。お泊りしてもいいですよ」
アキは真顔でそう答えた。このことがきっかけで修二とアキは1年半後に結婚した。アキは野々村晶から桐谷晶となった。
タクシーを降りた修二と奈津美は周りに注意を払いながら、足早に路地を進んだ。いつものように、奈津美は修二の少し後ろをついて行く。ホテルの入口が近づくと、スッと修二に寄り添って中へ入って行った。