27.柴崎文江
また奈津美のせいでいざこざが起きている。そう感じた奈津美は席を立った。
「私、やっぱり帰ります」
そう言って奈津美は店を出て行った。それを見た利光は由幸と啓介を怒鳴り飛ばした。
「お前ら何やってんだ! なっちが帰っちゃったじゃねえか」
怒鳴られた由幸と啓介はシュンとして下を向いた。そして、利光は修二に声を掛けた。
「おい、修二、ちょっとなっちの様子を見て来てくれよ」
それを聞いた由幸は利光に不満を言う。
「なんで監督なんっすか? 俺が行きますよ」
「そうだよ。修二は監督だからな。だから、行かせるんだ。チーム内で起きたことの責任は監督の修二にある」
利光はそう言って、修二に「早く行け」と合図を送った。そして、誰にも悟られないように目配せをした。
「まったく、人使いが荒いな。どっちが監督だか判らねえじゃんか」
修二はそんな風に捨てセリフを吐きながら、チラッと利光にウインクをして見せた。そして、そそくさと店を出て奈津美の後を追った。
店に残ったメンバーは一瞬、何が起こったのか判らずにきょとんとしていた。特に、ここで合流したバレーのメンバーは尚更だった。
「タカ、お前、一曲歌え」
利光は場の空気を戻すために孝之にカラオケをやるように振った。
「えーっ! なんで俺が…」
そう言いながらも利光の意をくんだ孝之はカラオケをリクエストした。
「はら、お前らも歌えよ」
利光に言われて、由幸と啓介は顔を見合わせてため息をついた。
「しょうがねえな」
先に啓介が曲を入れて由幸が続いた。そんな様子を見ていた文江が利光に話しかけた。
「すごいのね。やっぱりなんだかんだ言って、このチームは比留間さんが仕切ってるのね」
そんな風に言われて利光は悪い気はしない。けれど、このチームは修二あってこそのチームだ。
「修二が居るから俺が威張ってられるんだよ。俺一人だったら、こんな自分勝手な奴らばかりのチームはまとめらんねえよ」
「ふーん、そうなんだ…。それにしても、その監督さん、帰ってこないですね…」
そう呟いた後、文江が利光にそっと耳打ちした。
「二人でどっか行っちゃったんじゃないの?」
「そんなことはないと思うけど。でも、それならそれでいいんじゃないの。二人とも大人なんだし」
「だったら、ねえ、私たちもどっかいかない? 大人なんだし」
「ん…」
そう言って、利光は辺りを見回す。
「今、抜けるわけにはいかないから、ここがお開きになったらでいい? そっちは大丈夫なの?」
「ぜんぜん、大丈夫よ」
そう言って微笑むと、文江は利光の脚に手を置いた。
由幸と啓介の傍に移動した小百合は二人に奈津美のことについて聞いていた。
「アオちゃんって、このチームに入ってるの?」
「入ってるっていうより、なんか、PTAの大会に出るんで一緒に練習してるんだよな?」
啓介が由幸に確認する
「そう。俺がチームに入ったから一緒に誘ったんだけど、バレーと両立は出来ないからって」
「そんなんだ…。ところで、あなた、アオちゃんと仲がいいみたいね?」
「いや、PTAの役員を一緒にやってるから」
二人は小百合の質問に焦ったけれど、奈津美が辞める理由を聞かされていたので何とか話を繕った。
「俺、明日早いんで、この辺で失礼します」
そう言って由幸は逃げるように席を立ち、店を出た。店を出た由幸は奈津美に電話をしてみた。由幸なりに奈津美のことが心配だったから。けれど、奈津美の電話はすぐに留守電に切り替わった。
由幸が帰ったことで、そろそろお開きにしようと言う雰囲気になった。すると、そこで小百合が利光に声を掛けた。
「ねえ、またラーメン食べに行きますか?」
「あ、ラーメンか…」
隣で文江が利光の服の裾を引っ張っている。「だめだ」という合図なのだろう。
「トシ、行こうぜ」
孝之が答えた。
「いや、ちょっと飲み過ぎたみたいで…」
「なんだよ…」
「いいじゃない。私たちだけで行きましょう? 文江、あなたはどうする?」
「あ、私も今日は遠慮するわ」
孝之と小百合がラーメン屋へ向かうのを見送ると、文江は利光の腕に手を回して上目遣いで利光を見詰めた。