26.蒼井奈津美
「そうだ、みんな行くぞ」
利光が号令をかけたので孝之も渋々ながら一緒に行くことにした。奈津美にしてみればそれは有り難いことだった。先日の孝之とのことが誤解されたままなのはいい気持ではない。
店を出ると、奈津美は孝之の横について歩きながら話し掛けた。
「この前はすみませんでした。私のせいで皆さんに誤解されるようなことになってしまって」
奈津美が謝って来たのには孝之も驚いた。驚いたけれど、見直しもした。
「いいよ。もう気にしてないし、トシの言うことにも一理あるしな…」
それを聞いて奈津美も安心した。わざと歩を緩めてみんなからし越し離れて孝之と二人で歩くようにした。
「なっちは修二と付き合ってるのか?」
「そんなことはないです」
「そういう風に見えるけどな…」
孝之にそう言われて奈津美はすぐに言葉を返せなかった。
「いいと思うよ。相手が修二なら。他の誰よりも…、もちろん俺も含めてだけど、なっちにとってはいいと思う。いっそ、私は桐谷修二の女ですっていうくらいのスタンスで居た方がいいかもしれないよ。だから、他の奴に付け込まれるような行動はとらない方がいい」
「私はそんなつもりはないんですけど…」
「哲のことにしても、それなりの原因があったはずだよ。ただ、哲があんなな奴だとは俺も判らなかったけどな。ここにいる連中はソフトばっかりやってるからある意味女に対して免疫がない。はっきり言って、なっちは女として魅力的だから気を付けた方がいい」
それだけ言うと、孝之は歩を速めて修二や利光の後に続いた。
奈津美が一人になると、すぐに由幸が近づいてきた。
「タカさんとなに話してたの?」
「あなたには関係ないでしょう。それより、みんなの前であまり私にべたべたしないでください」
そう言って奈津美は由幸を睨みつけた。
「解かったよ。じゃあ、二人だけの時はいい?」
「冗談はやめてください。あなたと二人で会うことはありませんから」
奈津美は小走りにその場を離れて修二たちの輪に加わった。
「ちぇっ!」
由幸は舌打ちをし、奈津美の後姿を見つめた。
カラオケ店に着いた。
店には先客が居た。その先客の顔を見て奈津美はヒヤッとした。小百合を含めたバレーボールのチームメイトたちだったからだ。
「あら、アオちゃん」
奈津美たちに気が付いた小百合が声を掛けた。
「こんにちは…」
奈津美が挨拶を返すと、小百合は他のメンバーの顔を見定めた。
「ねえ、ソフトボールのお兄さんたちじゃない? どうして一緒に居るの?」
「PTAの関係で、ソフトボールの大会に出なければならなくて、それで一緒に教えてもらっているんです」
奈津美は小百合に説明した。
「ふーん…」
小百合は怪訝な表情で奈津美を見返した。
「じゃあ、大会までの間だけってことね」
「もちろんです」
「今日はどういう集まりなの?」
「秋の大会に向けての決起集会らしいです」
「じゃあ、アオちゃんは関係ないんじゃない?」
「はい。ソフトの話が終わった後で、女っ気がないからって声を掛けられちゃって」
「そうなんだ。じゃあ、私たちも合流してもいいかしら。こっちも男っ気がなくてさ」
小百合はキャプテンだということもあり、チームに規律には人一倍厳しい。そんな小百合に問い詰められて奈津美は正直焦った。けれど、なんとか誤解されずに済んだみたいで安心した。
「聞いてみますね」
そう言って、奈津美は利光に話をした。利光は小百合たちの方を見てにっこり笑った。
「この間のバレーボールにお姉さんたちですね。お誘いありがとうございます。どうぞご一緒しましょう。こちらからもお願いします」
利光はそう言うと、小百合の隣に座った。
「お前らも適当に座れ」
修二と孝之は少し離れた席に座る。奈津美が座った席には由幸と啓介が陣取った。
「なっち、歌、上手いんだって? 一曲歌ってよ」
そう言って啓介は奈津美にデンモクを手渡した。
「アオちゃん、デュエットしようぜ」
由幸が奈津美からデンモクを取り上げて選曲を始める。
「俺はなっちの歌が聞きたいんだよ」
啓介が由幸からデンモクを取り上げて再び奈津美に渡す。その様子を見ていた利光が二人怒鳴りつけた。
「なっちが困ってるだろう! お前ら、なっちの傍から離れろ」
それを聞いた小百合が奈津美の方をチラッと見た…。