25.高坂由幸
奈津美を呼ぶ話が出た途端、哲が帰ると言い出した。博仁はもしやと思い、哲を追った。案の定、哲は奈津美のマンションで奈津美が出てくるのを待ち伏せしていた。
飲み会の雰囲気が奈津美も呼ぼうという雰囲気になって来たので、呼ばれれば奈津美は来るかもしれない。その時、哲が奈津美を待ち伏せしていたとしたら、何をしでかすか判らない。奈津美の身を案じてというのもあるが、哲に馬鹿な真似をさせたくないというのが博仁の心情だった。
『哲のヤツ、やっぱりなっちのマンションの前に居た。別の店に連れて行って言い聞かせてる。だから、修さん、もうなっちを呼んでも大丈夫ですよ』
博仁からそんなメールが修二のもとに届いた。修二はそれを利光にも見せた。
「じゃあ、なっちに来るように言えば?」
「ああ、一応、声かけてみるよ」
修二はすぐに奈津美にメールした。
『哲はヒロがよその店に連れて行った。もう大丈夫だよ。おいで』
奈津美からはすぐに返信があった。
『では、これから向かいます。でも、高坂さんから電話を貰っていたので、高坂さんに電話をして高坂さんから呼ばれたようにします』
修二がメールを確認したのと同時に由幸の携帯電話が鳴った。由幸はすぐに電話に出た。
「ああ、アオちゃん、今チームで飲んでるからおいでよ。みんなアオちゃんに来て欲しいって言ってるから」
由幸はしばらく話をしてから携帯電話を置くと、OKポーズをして見せた。
「アオちゃん、今から来るって」
最初に奈津美を呼ぼうと言い出した啓介は由幸とハイタッチをして喜んでいる。
「なんなんだ、あいつは? この間、哲と喧嘩したときもあいつが原因だろう?」
利光が修二に耳打ちをする。修二は苦笑しながら利光に説明する。
「PTAで一緒なんだって。だから、前からの知り合いみたいだ」
「ふーん…。また変なことにならなきゃいいんだけどな」
それから間もなく奈津美がやって来た。
「すみません。遅くなりました」
奈津美が到着すると、すかさず由幸が声を掛けた。
「アオちゃん、こっちこっち」
同時に席をずらして自分の隣にスペースを作った。奈津美は言われたとおり、由幸の隣に座った。由幸は早速、奈津美に話しかけた。
「アオちゃん、なんで辞めるんだ? 忙しかったら、来られるときだけ来ればいいじゃん。わざわざ辞めなくたってさ」
「そうだよ。辞めてなくても来ないやつも居るんだから」
啓介が調子よく会話に絡んでくる。
「でも…」
「さっきトシさんもそう言ってたよ。監督もそれでいいんだよね」
そう言って由幸は修二と利光を見た。
「でも、やっぱりチームの一員にはなれません。バレーの方で掛け持ちはだめだと言われているので」
「いいじゃん、元々正式な部員じゃないんだし。バレー優先だったら大丈夫でしょう?」
由幸が言うと、啓介もそれをフォーローする様に追従する。
「そうだよ。修さんとこもトシさんとこも奥さんバレーやってるけど、たまに顔出すよ。ねっ?」
啓介はそう言って修二と利光に話を振る。その二人の間で奈津美は困った顔をしている。
「最近は来ねえけどな。もうババアだし」
利光はそう言って笑いを誘う。
「彼女はうちのとは違うチームだし、チームの規律も違うんだろう。無理強いするのは彼女に迷惑なんじゃないか?」
修二はそう言って、奈津美をフォローする。
「まあ、なっちだって考えた挙句に決めたことなんだろうから、この件はもう終わりだ」
利光の一言で話は再び、秋季大会に向けての話題に切り替わった。
まだソフト談義にはついていけない由幸は退屈になり、奈津美にそっと話しかけた。
「アオちゃん、もう少し、時間ある?」
「はい。大丈夫ですけど」
「じゃあ、カラオケ行こうぜ」
「いいですけど、二人だけではいきません」
由幸の誘いに奈津美はキツっと睨みつけるような目で由幸に釘を刺した。
「じゃあ、そろそろお開きにしてもらってみんなで行こう」
「それならいいです」
奈津美にそう言われて、由幸は修二に提案した。
「監督、そろそろお開きにしてカラオケ行きましょうよ」
「おっ、いいね!」
返事をしたのは修二ではなく、利光だった。
「俺はこれで失礼しますよ」
そう言って席を立とうとした孝之に奈津美は声を掛けた。
「タカさんも一緒に行きましょうよ…」