23.蒼井奈津美
奈津美は博仁の言葉が頭から離れなかった。
『今までみんな仲良くやってたのに。なっちが来てからおかしくなったんだよ。この子がチームのメンバーを引っ掻き回してるんだよ』
女性ばかりのバレーボールチームと違って男性ばかりのソフトボールチームは奈津美のような女性が入って来たことで色めき立った。みんな優しく声を掛けてくれるし、初心者の奈津美に対して親切に教えてもくれる。それが心地いと思ったのは確かだった。それで、女性らしく見せようと思って意識していたのも奈津美自身自覚していた。ただ、それは誰でもがやっているのと変わらない程度のことで、特別に媚を売るような態度などではなかったはずだ。けれど、ここでは思っていたこととは違う結果になってしまった。
奈津美の夫である洋介は奈津美とは一回りも年が違う。もちろん洋介の方が年上だ。二人の縁は奈津美が高校を卒業して就職した会社に洋介が居たということ。
入社したばかりの奈津美を洋介はよく面倒を見てくれた。頼もしい先輩であり、大人の男性という印象が奈津美の中にはあった。それが恋心なのかどうかは奈津美にも判らなかった。そうやって2年が過ぎた。奈津美も成人した。洋介はこの時すでに32歳。そんな洋介が奈津美にプロポーズをした。奈津美は年齢的なこともあり、すぐに承諾はしなかったのだけれど、それから2年後に二人は結婚した。
結婚してからも洋介は奈津美に優しかった。そんな洋介との間に二人の女の子を授かった。子育てが始まると、洋介も一緒に手伝ってくれた。そうしているうちにお互いの愛情はいつしか子供に向けられ、夫婦の間で直接話をすることが少なくなっていった…。
どこの家庭でも子供が生まれてからは夫婦の関係は同じようなものなのだと思っていたし、実際に友達などからもそんな話バカ栄を聞かされていた。そんな時に、修二と晶を見かけた。仲良さそうにしている二人に驚いた。そして羨ましくも思った。特に晶を迎えに来た修二に対しては洋介にはない魅力を感じた。
今のままでは博仁が言うように、チームに迷惑をかけてしまうことになる。それに、このままチームに居たら他のメンバーの知られたくないこともいつか知られてしまう。奈津美はチームを辞める決心をした。それは奈津美がチームを辞めてもそうなるのかも知れない。けれど、その場にさえいなければただの噂話で済むだろう。奈津美はすぐにそのことを修二に伝えた。修二からはちゃんと会って話がしたいと言われた。奈津美もそうするべきだと思い、修二の要求を受け入れ、修二が指示したあの店に行く約束をした。なによりも、修二に会いたかった。気持ちが弱っていたから、またあの時のように修二に優しく抱いて欲しいと思っていた。
店は混み合っていて落ち着いて話が出来る環境ではなかった。
「ここでは落ち着いて話が出来ません」
奈津美は二人の話を他の誰にも聞かれたくなかった。修二はすぐに店を変えようと言ってくれた。けれど、奈津美は店ではなく、ホテルに誘って欲しかった。別の店へ向かう修二の後をついて行きながら奈津美は修二にメールをした。
『駅の近くの方には行きたくないです。お店ではなくてホテルに行くのはだめですか?』
修二は立ち止まってメールを確認して振り向いた。すぐに返事が来た。それを確認した奈津美はそのまま目的地へ向かい修二が来るのを待った。修二は通りすがりのように奈津美の前まで来ると、そのまま奈津美の手を取ってホテルへ連れて入った。
修二はいつものように優しかった。修二とこうして居られるのならチームにこだわる必要はない。
翌日修二からメールがあった。
『みぃこが辞めることを利光に報告したら、それはあまりにも理不尽だと言ってみぃこのことをみんなと話し合うことになった。みぃこにもその場に居て欲しいということだけど、タイミングを見計らって連絡するから、それまで待ってて。状況によっては来なくてもいいから』
そのメールを見て奈津美は不安になった。何を話すのだろうか…。奈津美にとって知られたくないこともある。そんな話をみんなの前でするのは越権行為だともいえる。奈津美はすぐに修二に確認のメールを送った。
『どんな話をするのですか? 哲さんのことやタカさんとのことも話すつもりですか? それを勝手に話されるのは困ります』
修二からはすぐに返信が来た。
『みぃこがチームを辞めることについてみんなの意見を聞くだけだから。利光達には余計なことをしゃべらないように僕から釘を刺しておく』
そうは言われても、奈津美の不安はぬぐえない。
『その話し合いは止められませんか? 私はもう辞めることに決めているので。チームにはもう関わり合いたくありません。私は修二さんと今まで通りお付き合いが出来ればそれでいいですから』
すぐに修二から返信があった。
『了解。みんなにはみぃこが辞めることになったとの報告だけに留めておきます』
その返信を見て奈津美は胸を撫でおろした。