21.比留間利光
奈津美が来たすぐ後に、修二が言った通り博仁と孝之がやって来た。それに気がついて利光が手を挙げて合図した。その席に修二と奈津美が居たので博仁と孝之は顔を見合わせた。
「なんでトシが居るんだ? それに、修二まで」
「話し辛ぇなぁ」
二人は渋々修二たちの席に合流した。奈津美は緊張した表情になる。トラブルのことはなるべく知られたくはない。修二はともかく、利光がここに居るのは有り難いことではない。
「まだ帰ってなかったのか?」
孝之が修二に聞く。
「俺が居ちゃ邪魔か?」
修二が聞き返す。
「なんだよお前ら。喧嘩でもしたのか?」
状況を把握できていない利光が険悪な空気を感じて二人を見比べる。
「すみません。私が悪いんです」
「なんだよ、なっち。なんかあったのか?」
奈津美が畏まって言うので利光は更に状況が呑み込めないでいる。
「哲が離婚したんだ」
博仁が唐突に言った。
「はあ? それがなっちとなんか関係あるのか?」
「なっちが哲に離婚したら付き合うって言ったみたいだ。それを真に受けてあの野郎、本当に離婚しやがった」
博仁はそう言って奈津美の方を見た。
「それは…」
「バカじゃねえのか…」
奈津美の言葉を遮るように利光が話し始めた。
「いくらなっちが好きだったとしても、そんなことするかよ。そんなこと言ったら、俺だって離婚しなきゃなんねえぞ」
「いや、確かに哲はバカかも知れん。けど、なっちがあんなこと言わなきゃこうはならなかったはずだ」
博仁が語気を強めた。利光は少し考えて再び口を開いた。
「そもそも、なんでそんなことになったんだ?」
「哲さんにストーカーされていたんです。それで、諦めてもらうためにあんなことを言ったのですけど、こんなことになるなんて思わなかったし…」
奈津美が説明する。利光は初めて聞く話に面を食らった。
「ストーカーだって? お前たち知ってたのか?」
「ああ。なっちから相談された…」
孝之が言い、更に話を続けた。
「それで、その時、帰りに酔ったふりをして俺に抱きついて来たんだ。哲のことにしても、最初にちょっかいを出したのはなっちの方だったそうじゃないか。なっちはそういう女なんじゃないのか?」
「あの時は本当に酔っていてふら付いただけなんです」
「どうだか。そんなに酔うほど飲んでなかったじゃないか」
孝之はだんだん興奮してきて声が大きくなってきた。
「まあ、ちょっと落ち着けよ。周りに客も居るんだから」
利光がなだめるように言った。
「すまん…」
辺りを見回して孝之は反省したようだ。
「まあ、酔ったかどうかは酒の量だけじゃ判断できないだろう。辛い話を打ち明けたんだ。気持ち的に余裕がなかったから、少しの量でも悪酔いしたんだろう」
「それにしたって…」
納得のいかない孝之は恨めしそうな顔で奈津美を見た。
「結果はどうあれ、誰か一人を悪者にしなきゃならんようなことじゃないだろう。確かになっちにも不用意な行動があったかもしれんが、妻子が居る大の大人がそんなことでストーカーしたり離婚したりするのもどうかしてる。タカ、お前だって、下心があってなっちに近づいたりしたんじゃないのか?」
「いや、それは…」
「ほらみろ! みんなおんなじじゃねえか。男が寄ってたかってなっち一人を責めるなんて恥ずかしくねえのか!」
利光の言うことにも一理ある。孝之はそう思い、黙って頷いた。しかし、博仁は納得できない。
「だけど、なんでこんなことになった? 今までみんな仲良くやってたのに。なっちが来てからおかしくなったんだよ。この子がチームのメンバーを引っ掻き回してるんだよ」
「それはお前らに下心があるからだろう! 正直、俺にだって下心はある。なっちは可愛いから、キスくらいしたいと思うぞ。だからって、理性はある。それくらいちゃんとしろよ!」
それからしばらく沈黙が続く。奈津美は泣きそうな顔をしている。もし、孝之と博仁と三人で話をしていたら、自分が完全に悪者にされてしまっただろう。そう思うと、初めは場違いだと思えた利光が居てくれて助かった。そして、修二が何も言わなかったのは下手にかばうと、余計に話がこじれると思ったからなのだろうと奈津美は理解した。
「なっちも反省してるみたいだし、ちょっと様子を見たらどうだ? 哲のことは別の問題だ。なっ、修二?」
利光は最後に修二に何か言いたげな口調で話を締めくくった。奈津美と修二がただならぬ関係になっているのに二人の様子を見ていた利光は気が付いたようだ。