19.杉浦博仁
「妙子から聞いたんだけど…」
茜はそんな風に切り出して博仁に話を始めた。
「哲君と別れたんだって。あなた、知ってた?」
「何をバカなことを言ってるんだよ。そんなことがあるわけないだろう」
茜の突拍子もない話に博仁は取り合おうとはしなかった。
「バカなことじゃないわよ。前にね、妙子があの子のことを聞いてきたの」
「今度は何だよ、急に。あの子って?」
「ほら、新しくあなたのチームに入った女性の子」
「ああ。なっちのことか? それが哲と妙子ちゃんが別れたことと何の関係があるんだよ」
「あなた、何にも知らないのね」
「何も知らなくて悪かったな。それで?」
「哲君、そのなっちって子をストーカーしてたんだってよ。もしかしたら、まだやってるかもしれないわよ」
「まさか、哲に限ってそんなこと…。あっ!」
「どうしたの? 何か心当たりでもあるの?」
「いや…。でも、まさかなあ…。ちょっと出て来る」
そう言い残すと、その足で博仁は哲を訪ねた。
ドアをノックすると、哲が顔を出した。
「どうしたんっすか? いきなり」
「上がっていいか?」
「いいっすよ」
博仁は部屋に入るなり部屋の中を見回した。部屋はきれいに整理されてはいるものの、どことなく殺風景に感じた。
「妙子ちゃんは?」
「ああ、別れたっすよ」
「なんだと! どうして?」
「わかんないんっすけど、おやじさんの具合が悪いからって実家に帰ったんっすけど、しばらくしたら離婚届が送られてきて。自分もちょっと好きな子が出来たんで、まあいっかってハンコ捺して送り返しました」
「お前はバカか! なんでちゃんと話し合わなかったんだ…。って、えっ! 今なんて言った? 好きな子が出来たって?」
「そうっすよ。自分、その子と結婚するっす」
「それってまさか、なっちじゃないだろうな?」
「あれ、なんで知ってるんっすか?」
「な…」
博仁は呆れて声にならない溜息を吐いた。
「お前、本気か? なっちだって結婚してるんだぞ」
「俺が別れたら考えるって言ってたっす」
「お前、それを真に受けたのか?」
「だって、なっちは俺のこと好きっすよ」
「なんだってそんなことになっちまったんだ…」
「あれっすよ。前にトシさんたちと飲みに行ったとき、帰りにファミレスに寄ったじゃないですか? ヒロさんがトイレに行ってる間に、なっちが猛烈にアタックして来たんっすよ。それで、自分のアドレス教えるから俺のも教えろって言って、それでアドレス交換したんっすけどね。なっちも忙しいみたいでなかなか会ってくれなくて。それで、何回かなっちを見張って出掛ける時に後を付けたらタカさんと会ってたり、監督とキスしてたり、それで、ちょっと頭にきて、なっちに迫ったんっすよ。そしたら、私と一緒になりたいなら奥さんと別れてくださいって」
悪びれることなく、むしろ、自慢げに話をする哲に博仁は呆れたのを通り越して怒りさえわいてきた。
「もういい。解かった」
そう言って博仁は哲の家を後にした。そして、歩きながら修二と孝之に電話した。
博仁が店で待っていると、やがて修二が、その後すぐに孝之もやって来た。二人が席に着いたところで、博仁は前触れもなしに切り出した。
「哲のことなんだけど…」
それを聞いた二人は顔を見合わせて苦笑した。どうやら、思い当たる節があるらしい。博仁は話を続けた。
「あいつ、離婚したんだ」
「えー!」
二人が驚いて声をあげた。どうやらそのことは知らなかったということか。だとすれば、ストーカーの件か…。
博仁は今、哲と話してきた内容を二人にも話して聞かせた。そして、更にこう言った。
「あの女、とんでもない女だよ。もしかして二人とも、あの女と付き合ってたりしてるんじゃないでしょうね?」
二人は揃って首を振った。そんな二人を見て博仁は苦笑した。
「あの子が居ると、チームがバラバラになるよ。聞けばPTAの大会があるからウチで練習してるだけなんでしょう? だったら、練習はPTAだけでやってもらってウチには来させないほうがいいよ」
「俺もそう思う」
孝之はすぐに博仁に同意し、そう言った。しかし、一方の修二はどこか煮え切らないようだった。
「片方の話だけ聞いて判断するのは早計だと思う。彼女からも話を聞いてみるよ」
「いや、修二、それは無駄だと思うぞ。あの子は自分に都合のいいことしか言わない。自分を守るために嘘だってつく。お前はあの子に偏り過ぎてるからちゃんとした判断は出来ない。この件は俺とヒロでが話をつけてくる。だからお前は口を挟むな」
孝之はそう言うと、修二を残して博仁と二人で店を出て行った。