16.桐谷修二
孝之から呼び出された修二は措定された店に出向いた。その店の個室で孝之は待っていた。
「わざわざ来てもらって悪いな」
「別にいいけど、どうしたんだ? なんだか改まって」
「実はなっちのことなんだけど」
「ああ、そう言えば、この間ソフトのことで確認したいことがあると言ってたな」
「いや、そんなのはもうどうでもいい。それより、お前、なっちと付き合ってるのか? お前にとってはみぃこと言うべきか」
孝之の口からみぃこという呼び名が出て来て修二は一瞬、焦った。しかし、すぐに気が付いた。奈津美のメールアドレスを教えた時に登録していたアドレス帳をコピーしてそのまま“みぃこ”の登録名で送ったからだ。
「可愛いと思ってる」
「悪いことは言わないから、あの子はやめとけ」
「なんだよ、藪から棒に」
孝之は奈津美と二人で会った時のことを修二に話した。自分が奈津美にオーダーメイドのファーストミットを作ってやると言ったことも。
「それって、お前があの子に入れ込んでるってことなんじゃないのか?」
「まあ待て。確かにそれは認める。そして謝る。でも、話はまだ続くんだ」
それから、奈津美が哲からストーカーされている話に及ぶ。
「本当かよ! あの哲が?」
「それは判らん。なっちのウソかも知れん」
「でも、メールを見せてもらったんだろう?」
「それが自分で作った文章かも知れないんだよな」
「自分でって、そんなことが出来るのか?」
「いや、判らないけど、メールの相手が哲だとは確認できなかったから」
「まあ、いい。それは機会があれば俺からも聞いてみる」
それから孝之は奈津美との帰り道での出来事を話した。
「あの女は男なら誰にでもあんな態度をとる子なんじゃないのかな」
「いや、それは本当に酔ってだけなんじゃないのか?」
「そんなに酔うほど飲んではいなかったけどな」
そして、孝之は別れ際にも修二に釘を刺すように言葉を投げかけた。
翌日、修二は奈津美にメールした。
『哲のことなんだけど、何か困っていることがあるんじゃい?』
奈津美からの返信はすぐには来なかった。それから数日が経ったある休日。ようやく奈津美からメールが来た。
『今から会えますか?』
修二はすぐにメールを返信した。
『大丈夫ですよ』
『近くでは誰かに見られるので、どこかそうではないところはありますか』
修二はいくつか候補地をあげた。その中から奈津美はJRの駅で二つ先の駅を選んで返信をよこした。修二はすぐに家を出て、指定された駅近くで適当な店を探した。ちょうど、ランチタイムから継続して営業している店で個室のある店が駅ビルの中にあった。修二は奈津美にメールして店の場所と店名を伝えた。約束の時間を少し過ぎたところで奈津美はやって来た。
「お休みなのにすみません」
「いいよ。みぃこに会えたからボクは嬉しいよ。取り敢えず店に入ろう」
「はい」
二人は店に入った。ランチタイムが終わったところで店は空いていた。修二は個室が空いていればそちらがいいと店員に交渉し、二人は個室へ案内された。席に着くなり奈津美は口を開いた。
「タカさんから何か聞きましたか?」
「うん、まあ、色々」
「何を聞きましたか?」
「ファーストミットのこと、哲のこと…」
その後のことは迷ったけれど、修二は言わなかった。
「哲さんのことは何て言っていましたか?」
「ストーカーされてるって」
それを聞いた奈津美は舌打ちこそしなかったけれど、それに近い表情をした。きっと、言うなと言ったのに孝之が簡単に喋ってしまったことに対しての不満の表れなのだろう。
「そのことは本当です。今日はそのことでご相談したいと思っています」
「解かった。じゃあ、まず、そうなった経緯を話してくれる?」
奈津美は頷いてから話し始めた。話を聞き終えてから修二は奈津美にいくつか確認した。
「みぃこから先に連絡先を聞いたんだね?」
「はい。あの時はヒロさんも一緒でしたし、哲さんがあんな人だとは思わなかったので」
「それで、哲はみぃこが自分のことを好きだと勝手に思い込んだと?」
「そうだと思います」
そこで修二は少し間をおいて次の質問をした。
「ストーカーと言っても、どの程度のものなの?」
「ずっとどこからか私のことを見張っているみたいで、私がいつどこで誰に会ったのかを逐一メールして来るんです」
「なるほど…。あと、どうしてボクにではなくて、先に孝之に相談したの?」
「それは…」
これまで、まるで台本を読むようにすらすらと答えていた奈津美がこの質問には口籠った。