13.蒼井奈津美
都心の商業施設に勤めている洋介は休日も仕事で出勤する。その洋介のために朝食の支度をし、洋介を見送った後、一通りの家事を行った。子供たちは友達が父親と映画を見に行くというので一緒に連れて行ってもらうことになっている。マンションの入り口まで子供たちを見送りに行き、連れて行ってくれる友達の父親に挨拶をして部屋に戻った奈津美は少し仮眠をとろうと居間のソファに横たわった。そして、修二にあてたメールを送信した。
『昨日は連絡できなくてごめんなさい。修二さんのおかげで楽しく過ごせました』
それからすぐに奈津美は眠り込んだ。目が覚めたのは昼過ぎだった。ふと携帯電話を見るとメールの着信が2件あった。
『今日、また会えるかな?』
1件目は哲からだった。昨夜のことで少し興味がわいてきていた哲からの早速のメールに奈津美は表情を緩めた。
『みぃこにもお土産を買ったよ。夕方には戻るけど、その後、時間あれば会えるかな?』
2件目は修二からだった。奈津美はすぐに修二のメールに返信した。
『今日はPTAの役員会があるんです。その後でよければお会いしたいです』
修二からはPTAの会合ならその後飲み会があるのはないかと聞かれたのだけれど、修二に会えるのなら飲み会にはいかないことを伝えた。それから哲にも返信メールを送信した。
『ごめんなさい。今日は無理です』
哲には申し訳ないと思いながらも、昨日の今日ではさすがに尻の軽い女だと思われかねない。哲とはまたいつでも機会はあるのだからと修二に会うことを選んだ。それからまた家事の残りをしていると子供たちが帰ってきた。
「お母さん、これからPTAの役員会があるから。晩御飯は用意してあるから二人で食べてね。そのうちお父さんも帰って来ると思うから」
「はいはい、大丈夫よ。ねっ?」
長女の璃子が妹の麻子に同意を求めると、麻子も笑って答えた。
「うん。もう子供じゃないんだからそれくらいのお留守番は出来るわよ」
奈津美にしてみれば二人ともまだ子供なのに、その大人びた返事に思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ。行ってくるね」
奈津美は二人の頭を軽く撫でて家を出た。
学校の会議室で席に着くと、いつものように後から来た由幸が奈津美の隣に座った。どことなくバツの悪そうな態度で落ち着きがない。
「あのさ、この間のこと…」
「忘れてください。私も忘れます。今まで通りのお付き合いがしたいのなら、もうそのことには絶対に触れないでください。そうでなければ警察に訴えますから」
「わ、解ったよ」
奈津美の強気な姿勢に由幸はたじたじになりながら同意した。由幸にしてみても、それほど奈津美のことが好きなのだ。
会合が終わると、例によって由幸が飲み会へ誘ってきた。
「ごめんなさい。今日は用事があってダメなの」
「そう、じゃあ、また今度な」
あの事があって由幸もそれ以上しつこく誘ってはこなかった。その代わり、次のソフトボールのことに話題を変えて奈津美のことを誉め出した。褒められると奈津美も少し態度を和らげた。そして、校門を出ると、二人は別々に帰って行った。
帰宅するとすぐにメールの着信があった。修二からだ。そう思って携帯電話を見ると、そこの表示されていた名前は西川哲だった。
『もう用事は終わったようですね。今からなら会えるんじゃないですか?』
奈津美はため息を吐いた。そして哲に返信した。
『今日は無理です』
それにしても、PTAの会合が終わって帰宅した途端にこのメール。あまりにもタイミングが良すぎる。もしかしたら哲は自分のことを見張っているのではないかと奈津美は思い始めた。その直後に修二からメールが入った。旅行から戻ったという連絡だった。奈津美はすぐに向かうと返信し、身支度を整えた。
「ごめんなさい。また出かけなくちゃならないの」
子供たちにそう詫びると、子供たちは「いいから早く行きな」と笑いながら奈津美を追い返すような素振りを見せた。
家を出てバス停に向かうとちょうどバスが来た。奈津美はそのバスに飛び乗り修二と待ち合わせをしているJRの駅へ向かった。
バスが着くとそこに修二が待っていた。修二は奈津美に目配せして歩き出した。奈津美は頷いて修二の少し後ろを歩いた。修二の行きつけの店で少し時間を過ごしてからホテルへ向かった。奈津美も最初からそうするつもりだったし、それを望んでいた。いつものように修二は優しく奈津美を抱いてくれた。帰りはタクシーで一緒に帰った。奈津美はマンションの近くになると、哲のことが頭をよぎった。
「車は裏の方へ回してください」
もしものことを想定して奈津美は修二にそう申し出た。修二はタクシーの運転手にそう指示を出した。奈津美が車から降りると、気を付けるようにと手を振って見送ってくれた。そして、帰宅した奈津美のもとにメールの着信があった。哲からだった…。