1.桐谷修二
「好きになってもいいですか?」
奈津美が放ったこの言葉ですべてが始まった。
空には雲一つない。夏の日差しが容赦なく照り付ける。人工芝のグランドの上は40度近くになっているに違いない。
「おーい、早く終わらせなきゃ干からびちまうぞ」
外野から孝之の叫び声が聞こえてくる。
「そんなこと言ったって、ストライクが入んねぇんだよ」
この日、利光の調子は最悪だった。まだ試合が始まったばかりだと言うのに四球連発でランナーを溜めては置きに行ったボールを痛打される。既に5点を取られて未だノーアウト。
「タイム!」
ベンチから監督の修二が飛び出した。
「ピッチャー交代。30番インで18番アウト」
そう言って修二が利光からボールを受け取った。
「リエントリーあるから気を抜くなよ」
「了解、監督」
利光は一旦ベンチに下がる。後を受けた修二が2点を追加されたものの後続を断つ。ベンチに戻ってきたナインはベンチわきにある水道の蛇口を全開にして頭から水を浴びた。
「さあ、反撃だ。ちょっとでも長くベンチに居られるようにな」
しかし、修二の檄に応えるどころか、あっさり三者凡退。
「もう終わりかよ」
孝之がぶつぶつ言いながら、再び炎天下へ向かって歩き出す…。
「いやー、ここは天国だな」
生ビールのジョッキを一気に空けた孝之が唸る。冷房が効いた居酒屋の席。結局、試合は1-10の大敗だった。試合を終えたナインは全員ここに直行した。
まだ日が高いうちから営業しているこの店は必然的に彼らの溜り場になっていた。
修二はこのチームを率いて三年。自分でメンバーを集めてこのソフトボールのクラブチームを立ち上げた。しかし、この日の試合は惨敗だった。相手が強すぎた。一つ上のカテゴリーから降りてきたチームだった。
修二と利光、孝之はチーム結成当時以前からの腐れ縁だ。いつも三人でつるんでいる。
「さて、それじゃあ、一旦解散しようか」
修二が中締めを切り出す。既に酔いつぶれて眠りこけているメンバーもいる。孝之が勘定を計算して金を集めて支払いを済ませる。
「じゃあ、お疲れさん」
修二が労いの言葉を掛けるとメンバーはそれぞれに店を後にする。
「次、行くよな」
「当然!」
利光が言うと、孝之も行く気満々で答えた。
「やれやれ」
修二が苦笑すると、二人は其々両側から修二の腕を抱えて歩き出した。
「お大臣が来なけりゃ始まらないっつうの」
二次会以降の飲み代は経済的にも余裕がある修二が概ね払っていた。
三人が決まって二次会で顔を出すのは近所のカラオケパブだった。日曜日の少し遅い時間にもかかわらず、この日は珍しく混み合っていた。そして、既に店内はカラオケの歌声と歓声に包まれていた。
「あら、桐谷さん、いらっしゃい!」
「なんか混んでるね」
「そうなの。バレーボールの団体さんから予約貰っちゃって」
修二が問いかけると店のママが嬉しそうに答えた。そんな店内を眺めながら、修二たちはホールの端の方に陣取った。見たところ、15~16人くらいは居そうだ。
「今日はすごいな」
焼酎の水割りを作りながら孝之が言う。
「バレーの団体なんだって」
修二はママに聞いたことを他の二人に伝えた。利光がその面々を見る。
「ババアばっかりだな」
「ママさんバレーなんじゃないの?」
三人分の水割りを作り終えた孝之がグラスを配りながら言った。
「じゃあ、乾杯!」
三人はグラスを合わせた。