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友情! 努力! 欲望!  作者:
【第四章】日直! 盗賊! 彼女!
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9.放課後の戦い

 時間は過ぎ、放課後になった。


 パタパタと次々に校舎を後にする生徒たちの足音やわいわいと賑やかな声が耳に入る。

 そしてそれが終わると、まだ教室に残り談笑する女子たちの楽しそうな声が微かに聞こえ始める。


 静寂に変わったのは、数十分ほどあとだった。


 それからさらに時間が経つ。恐らく、空の明るさが力を失ってきた頃だろう。


 カツン、カツン――。


 最後に響いたのは、誰かが廊下を歩く音。


 それはこちらに段々と近づき……ガチャリ、と教室に鍵をかけた。どうやら見回りの警備員らしい。


 カツン、カツン、カツ……カ…………。


 ようやく、音は聞こえなくなった。


「ふう……」


 俺は安堵の息をこぼすと、腕を前に伸ばす。


 錆びた音を立て、掃除用具入れの扉が開いた。


 狭い部屋から出ると、埃臭くなった体を叩いて、


「和樹、行くぞ」


 不審者かつ相棒の名を呼んだ。


「おうよ」


 教卓の下から、そいつは姿を現した。


「あいてて……」

「ん、どうした? 変な体制で隠れてたのか?」

「いや……昨日リンチされた時の傷だ。……つーか俺、この学園に来てからロクな思いしてねえよな」

「心配すんな。これが成功すれば良い思いができるからさ」

「そうだな。幼女の裸のためだ」

「うん、その見た目でその発言は控えてくれ」


 そんな会話を交わしながら、教室の扉まで進む。


 目の前までやってくると、俺は胸ポケットから針金を一つ取り出した。


 そして細長いそれを、鍵穴に通す。


「しっかし変に器用だよなお前。頭の回転も変に早いし……将来、盗賊にでもなればいいんじゃね?」

「それ褒めてんのか? それに将来ってのは違うぞ」


 呆れながら答えると、腕にカチリと確かな感触が。


 針金をポケットにしまい、ゆっくり扉を開いてから、先ほどの言葉を続けた。


「――盗賊には、今からなるんだからさ」


 左右を見て、安全を確認してから廊下に出る。


 ……さて、これから俺たちは職員室に向かう。理由はもちろん、中間テストの解答だ。


 だが盗賊といっても、奪い取るわけじゃない。ちょっとだけ借りるだけだ。そしてコピーを取るだけ、すべてを終えたら元の場所に返す予定だ。


 俺たちは足音を立てずに職員室へ向かっていく。まだ警備員が近くにいるかもしれないしね。


 だが特に問題は起きず、目的地に到着できた。


「和樹」

「わーってるよ。見張りしときゃいいんだろ?」

「うん、頼む」


 和樹の返答に頷きながら答えた俺はしゃがみ込み、教室の時と同様に鍵を開けようとして、


「……ん?」


 ピタリとその手を止めた。


 床と面した窓……確か地窓って言うんだっけ。足元に設けられたそれに、少しだけど隙間が見えた。


 触れてみると、鍵はかかっていなかった。


 ……警備員が見逃したのか? 確かに見過ごしやすい場所だけど。……けど、何か嫌な気配を感じる。


 もしかするとこれは……もしかするかもしれない。


「どうした?」

「しっ!」


 口に指を当て、静かにしろと伝える。


 そして、静かに俺は告げた。


「……和樹、野生の勘で気づかないか?」

「野生の勘って何だ。人を獣みたいに」


 当然ながら和樹は、もう一人の自分を知らない。


 ……とはいってもそう見えるだけで、実際はあの姿が獣かどうかは定かじゃない。ただ我を忘れているだけで、和樹は人間なんだし――


「――そこかぁッ!」


 不意に走り出した和樹が、廊下の端に設けられているロッカーの一つに体当たり。「ぎゃあ!」という悲痛な悲鳴と共に転がり出る謎の男子生徒。


「ウォーン!」


 発見した喜びによって、雄叫びを放つ和樹。


 訂正しよう。やつは人間じゃないらしい。


「ハッ! 何で急に叫んでんだオレ……?」


 訂正しよう。ギリギリ人間のようだ。


 ……獣に人格を乗っ取られるのも時間の問題かもしれないけど。


「いってて……くそっ、何だってんだ……!」


 隠れていた男子生徒がゆっくり体を起こす。


 眩しい金髪に、腹立つ甘いマスク。


 これは、Ⅰ組のあいつに間違いない。


「この野郎! テメェら――」

「――くたばれェ!」


 駆け出し、渾身の蹴りを整った顔に向かって放つ。


「うォあッ!?」


 だが叫びながら頭を下げられ、回避された。


 くそっ、意外と良い反射神経してやがる!


 なら今度は脳天にかかと落としを……っと待てよ?


「まさか……お前の仕業なのか?」


 俺は鍵のかかっていない地窓を指差して尋ねる。


 甘いマスクこと芦澤は、少しだけ考える素振りを見せた後、


「……そうだ。今日ひょんなことから教師どもがテストの解答を持っていることを知ったからな。手に入れようと隠れていたんだよ」


 静かに、そう答えた。


 そしてすぐに、ハッと目を見開いて、


「ま、まさかテメェらも狙ってたのか!?」

「「まあな」」


そう答えた後、「ん?」と和樹が額に眉を寄せた。


「……つーか、お前、過去問を貸してもらえるんじゃなかったのか?」


 うん、それは俺も思ってた。

 そんなことをしなくても、点が取れるはずなのに。


「はぁ……やっぱりアホだなテメェらは」


 芦澤は、やれやれと肩をすくめて、


「確実に点が取れる方を選ぶに決まってんだろ」

「なるほど、過去問だけじゃ心配だと」

「自分がバカだと認めてるようなもんだな」

「……テメェらにだけは言われたくねえ……!」


 わなわなと怒りで震える芦澤。


 ふん、怒りたいのはこっちだ。俺たちの過去問を奪い取り、俺たちにはない美形を持ち、挙げ句の果てには俺たちの解答まで奪い取るつもりなんて……!


「なんて非道なやつなんだ! 許せん!」

「人間のクズめ!」

「だからテメェら自分の行動を見つめ直せって!」


 ぐぬぬ、まだ反抗を続ける気か。


 少しでも反省すれば、顔の原型を二割は残してやろうと思ったのに。これは全損コース決定だな。


「は、ハッ! 何を企んでんのかは知らねえけど、そう強気でいられんのも時間の問題だぞ!」


 まさしく、芦澤のセリフの直後だった。


「「突撃――ッ‼」」


 高らかな咆哮、激しい足音。


 それは上の階から、いや同じ階からもだ。


 姿を現したのは、男子生徒たち。……けど、Ⅱ組の生徒じゃない。


「こいつら……昨日俺をリンチしたやつらだ!」


 被害にあった和樹が言うなら間違いない。やつらはⅠ組の生徒だ。


 まさか、こんなに潜んでいたとは……!


 予想外の展開に面食らっていると、あっという間に俺と和樹はそいつらによって囲まれた。


「こんなこともあろうかと、仲間たちを予め待機させておいたのさ!」


 やつらの背後から勝ち誇ったような芦澤の声が。


 多分、嬉しそうな笑顔を浮かべていることだろう。


 だがそれを気にしている余裕はない。問題は周りのやつらだ。


「Ⅱ組は排除すべし……!」

「冷酷に、残虐に……!」

「人として生まれたことを後悔させてやる……!」


 うん、これは本気の目ですね。非常にマズい。


 日々ボコボコにされて鍛えられている和樹のように俺はタフじゃない。下手をすれば今日が命日になる可能性がある。


 冗談じゃない。桃源郷を拝む前に死んでたまるか!


「待て、確かにお前らの怒りはわかる」


 俺は、周囲のやつらを宥めようと口を開く。


「でも矛先が違うとは思わないか?」

「「何だと?」」

「お前らのリーダーのをよく見ろ。腹立つだろ?」


 今は見えない相手を指差す。


 よくよく考え直してみて欲しい。クラスに恵まれた俺たちを憎むのは確かにわかる。……けど、それは一年間だけのこと。来年になったらこんな奇跡はもう起こらないだろう。


 けどルックスは違う。学生生活どころか社会に出てもいい思いができる。そう、一生なのだ。


「た、確かに……」

「何だかムカついてきたぜ……」


 それを理解したのか、次第に周囲から怒りの炎が鎮火していく。やっぱりイケメンは許せないよね。


 ……さて、残念だったな芦澤。そのクソほど恵まれた容姿を恨んで眠れ。


「待て、テメェらが俺を慕ってくれるなら――」


 芦澤が口を開く。


 ふん、今さら何を言おうが、


「――いつでも可愛い女の子を紹介してやるぞ」

「「覚悟しろⅡ組」」


 くそっ、なんて魅力的な一言なんだ!


 ……というか、紹介できる女の子がいるなら別に俺たちに嫉妬しなくてもいいんじゃ? それほど芙蓉や椎名のレベルが高いってことなのかな。


「ど、どうすんだよ陸!?」

「どうするもこうするも……」


 策はなかった。


 だが、希望はまだ残されている。



「――おい! そこに誰かいるのか!?」



 急な大声に、全員が目を見開いて口を紡ぐ。


 だが俺は、ニヤリと口元を緩めていた。


「ナイスタイミング!」


 外から聞こえてきた大声にそう告げると、俺は和樹の腕を引いて駆け出した。


 放心するやつらの間を強引に抜け、距離を取る。


「……ハッ! お、追えっ! 逃すな!」

「早く逃げた方がいいぞー!」


 意識を取り戻した芦澤とその仲間たちに、俺は振り返らずに走りながら言う。


「報酬がなくなってもいいならなー!」


 その言葉に、芦澤たちはようやく大声の主が『警備員』だということに気づいたようだ。慌てた様子でその場から逃げ出し始める。


 そりゃそうだ。鍵が閉まっているはずの校舎で職員室前に生徒たちが集まっているなんて只事じゃない。細かく捜査され、盗みを働こうとしていたことが発覚してしまうだろう。


 そんなことになったら、強制的にノルマは不達成とされてしまうだろう。つまり、桃源郷が拝めない。


「誰だ!」


 職員室と向かい合う場所にある窓が開かれ、威圧感のある顔が姿を現わす。


「……あれ?」


 だが、すぐにその顔を間抜けに変えた。


 その場所に、誰もいなかったからだろう。


「ちっ、あいつらも逃げ切りやがったか……」

「ま、その方が助かるよ。見つかったら必然的に俺たちの名前が上がることになる。この時間に俺たちが寮や学生街にいないことは確かだし、言い訳しようがないしなぁ」


 逃げ込んだ階段付近で、困惑する警備員を眺めながら会話をする俺と和樹。


 目を凝らして警備員の顔の先の廊下を見ると、金色の頭が微かに見えた。やつも俺たちと同じように観察しているんだろう。


 ドタドタドタ!


 外から複数の足音が聞こえてくる。


 どうやらほかの警備員たちも集まったきたようだ。


「うーん、こうなると今日中は警備が固くなりそうだな。……ってか、結構いるんだな警備員」

「アホか! ゆったりしてる時間ねえだろ!」

「っと、そうだった!」


 俺たちは素早く階段を上り、危険地帯から離れる。


 二階に辿り着くと非常口から外に出て、側に設けられた樹木に飛び移る。下は警備員だらけだしね。


「……そうなると、勝負は明日ってことだよな?」


 一息吐いたところで、和樹がそう尋ねてきた。


 俺は下の様子を確認しながら、答える。


「ああ、警備員がたくさん彷徨いてる夜や早朝は無理だからな。朝のHRが終わってからが始まりだ。……明日は、厳しい戦いになるぞ」


 当然ながらⅠ組も狙ってくるはず。今日よりも知略を巡らせ、全力で勝ちにくるだろう。

 こちらも全身全霊をもって対抗しなきゃならない。


 すべては、桃源郷のために……!


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