8.手作り弁当と手作り解答
俺たちは教室を出て、中庭までやってきた。
……何でも芙蓉は、俺の分の朝ごはんまで作ってきてくれたらしい。早勉じゃなくて早弁でよかった。
ベンチに腰かけ、芙蓉の行動を待つ。
すぐにパカっと開かれた弁当箱には、均等に整えられた長方形のサンドイッチがあった。一つ一つの種類が違うようで、色彩豊かな景色だった。
もう片方の箱にはハートの形をした卵焼き、タコの形のウインナーなどが配置されていて、なんとも可愛らしいものだった。
……意外だ。真面目な芙蓉のことだから、健康を考えて緑一色の野菜が敷き詰められているのを想像したんだけど……。
「可愛い弁当だな……」
「ふふ、凝ってみたんです。ほらどうぞ?」
「やった。んじゃ遠慮なく」
まずはサンドイッチに手を伸ばし、
「いただきます」
そう挨拶してから、口に運んだ。
ふわりと柔らかいパンに、シャキシャキとしたレタスの鮮やかな歯応えが続く。そして舌に伝わるソースの甘辛さがさらに食欲を掻き立てる。
口の中が空っぽになるまで、それがカツサンドという食べ物だということに気づかなかった。
「うまい! あれっ、いつの間にかなくなってる!」
「もう一つどうぞ」
「いただきまーすっ」
気づけば、また口の中からなくなっていた。
う、美味すぎる。言い過ぎかもしれないけど、店を出してもおかしくないレベルだ。……本当に、何でもできるんだなぁ。
「うまっ! あ、美味い。これも!」
「ふふ」
「?」
幸せを感じている途中、俺は隣の視線に気づいた。
見れば、嬉しそうな笑顔で芙蓉が俺を見つめていた。その手にある箸は一切動いてなかった。
「芙蓉……食べないの?」
「あ……た、食べますっ」
慌ててサンドイッチを口に運ぶ芙蓉。
気のせいか、いつもと様子が違って見えるような。
でもそんなことより、弁当が美味すぎて……!
「んー、こんな美味い飯が食えるなら、ずっと日直でもいいかもなぁ。けど、それだと早起きしなきゃか……そうだ! 昼食を作って来てもらえば!」
「イヤです」
「そこをなんとか!」
「イヤです。それじゃ意味がないじゃないですか」
「意味?」
「……あっ!」
しまった、と言いたげな芙蓉の顔。
「どうした? むぉ」
伸ばされた手が、俺の顔を反対に向かせる。
「すみません。ちょっとこっち見ないでください」
そう言い、少し間を開けてから手を離してくれた。
表情を見ると、いつもの芙蓉だった。
「なあ意味って何のことだったんだ?」
「自分で考えてみてください」
「んーと……意味、か。そういや昼食作りはイヤそうだけど、言い方から朝食作りはオーケーみたいなんだよな。つまり朝に強い……いや早起きがしたい。朝早く起きてご飯を作りたい。それはなぜか……朝早くといえば日直……そう、日直のために作りたい。日直とご飯が食べたい……そうか、朝早くなら誰にも邪魔されず二人きりで――」
「ちょ、ちょっと! どうしてこういう時だけ!」
焦りを見せる芙蓉。
そのまま顔をトマトのように真っ赤にさせ、ペシペシと俺の頭を叩いてくる。痛みと揺れ動く胸の柔らかな膨らみにも目を奪われ、思考が遮断される。
な、なんてことを……せっかくあと少しで正解にたどり着くところだったのに!
「ああ……記憶が消えていく……」
「そ、そうですか」
ホッと大きな胸をなで下ろす芙蓉。
何だってんだ……考えろと言ってきたくせに。
「――ふわぁ今日も一日がんば……あら?」
そんな疑問を覚えていると、教師の宿泊施設の方角から、黒いスーツに身を包んだ女性が中庭に足を踏み入れた。
「あらっ、あらあらあら〜?」
ニヤニヤと腹の立つ顔でこちらを見るその人物は、橋本先生だった。
「なーに二人でイチャイチャしてるの?」
「べ、別にイチャイチャなんてしてません!」
「本当かなぁ? 慌てるところが怪しいなぁ〜?」
さらに腹立つ顔を作る先生。これが男だったらフルスイングでぶん殴っていることだろう。
とりあえず芙蓉が困っているので、弁当のお礼をしなきゃな。……ちょうど先生が何か封筒を持っているので、それを利用しよう。
「先生、それ何?」
「ん、これ?」
先生は芙蓉から視線を外し、俺を見る。
……そしてまた、ニヤついた表情を見せてきた。
ああなるほど、くだらない物というわけか。
「今回の中間テストの解答よ」
「先生。俺、今日からあなたの奴隷になります」
「いらないわ。そんで貸さないわよ?」
ぐっ、勘づいていやがる!
アレが手に入れば、確実に桃源郷が拝めるのに!
「も、もう作ってあるんですか?」
まだ少し頬の赤い芙蓉が、先生に尋ねる。
「上から提出命令が来てね。期限が明日までなの」
ちなみに先生は、現代文を務めていたりする。
……それにしてもいいことを聞いたな。ということは、ほかの先生たちも恐らく……。
「それじゃ私は行くわね。二人でごゆっくり〜」
思考を働かせていると、先生がこの場から去っていった。
少しして、隣の芙蓉が疲れたような表情を作る。
「も、もう……本当、参っちゃいますね……」
「まったくだ。年甲斐もなく――ぶぼッ!?」
鈍い衝撃と共に、俺の顎が跳ね上がった。
その理由であるカバンを投げつけてきた先生は戻ってくると、感情のない笑みを見せつけ、再び俺たちから離れていった。
ね、年齢に関するワードは地獄耳なんだな……。
「もう……本当、参っちゃいますね」
何事もなかったかのようにテイク2を始める芙蓉。
ちょっとは俺を心配してくれても……。
「ま、まぁ先生も女だしな。こうやって男女が人気のない場所で二人だけで飯食ってたら気になるんじゃないか?」
ちらりと遠くを見ると、先ほどまでこちらを睨んでいた先生が満足そうに大きく頷いていた。
ま、マジで聞こえてるのかよ……。
「篠崎君?」
「あ、ああ……うん、気になるんだよきっと」
「それって、わたしたちがその……そういう風に見えたから……といこと、なんですかね」
「かもなぁ」
「……適当な返し」
「ん?」
「何でもないです」
もう何度目かのジト目。
……な、なるほど。俺なんかとそういう関係に見られたら気分を損ねたわけか。悲しいなぁ。
「へーへー、どうせ嬉しかったのは俺だけですよ」
「……え?」
「え? ってなんだよ。お前みたいな可愛いやつとそういう風に見られて嬉しくない男なんて、和樹以外に存在するわけないだろ」
「そ、それはつまり……君、も?」
「だからそうだって。嬉しかったよ」
「……ふぅん……」
芙蓉はそう呟くと、ジッと俺を見つめてきた。
「ど、どした?」
「別に」
何だかデジャヴを感じる返答。だけど、表情は不思議と緩んで見えた。
そして空になった弁当の蓋を閉じる……って、もうなくなっていたのか。もっと食べたかったなぁ。
「……まったく。そんな寂しそうな顔をしなくても、また作ってきてあげますよ」
「えっ、マジ!? で、でもさっきはイヤって……」
「気が変わったんです。……さ、戻りましょう」
そう言い立ち上がり、芙蓉は校舎に向かっていく。
「あっ、ちょっと待てって!」
俺は慌てて芙蓉を追いかける。
彼女の足取りは、気のせいか軽やかに見えた。




