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友情! 努力! 欲望!  作者:
【第四章】日直! 盗賊! 彼女!
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7.不法侵入者


 ピピピピ、と。


 突如響き始めた電子音によって、俺は睡眠によって喪失していた意識を瞬時に取り戻した。


 開いてたまるかぁ! と、反抗する瞼を無理矢理に押し上げ、顔を上げる。


 そこには、学校側から支給された時計があった。


 ボヤけた視界を擦って確認すると、特に何の面白みのないシンプルな形をしたそれは、今が『朝の七時』だという事実を伝えてくる。


 まったく優等生みたいな真似をしてしまったものだ。七時なんて早起きにもほどがあるぞ。


 だが、そんな時間に起きたのには理由がある。


 日直、だ。


 何でもその役に任命された生徒は、いつもより早く登校して教室の鍵を開け、機材の掃除や花の水換えをしなくちゃならないらしい。なんとも迷惑な話だ。


 そして、今日が俺の当番の日であったりする。


 面倒くさいけど、やらなきゃ怒られるので行くしかない。それにペアに迷惑がかかるし……、


「……待てよ? 確かペアは芙蓉だったよな……」


 日直は、二人で仕事をするのが基本だ。


 でも頭が良く器用な芙蓉なら一人で二人分の仕事をスムーズに、そして完璧にこなせるだろう。むしろ俺がいた方が邪魔になる可能性が高い。


 うんそうだ。きっとそうに違いない。


 俺は上げた頭を枕に落とし、再び目を瞑って、


「ごぶッ!?」


 思い切り毛布で顔面を叩かれた。


「おはようございます」


 低い声での挨拶。


 毛布を取り除くと、ジト目の芙蓉と目が合った。


「ふ、不法侵入者ッ!」

「バカ言わないで。君が鍵を預けたんでしょ」

「俺が……?」


 眠気で回っていなかった思考を、冷静に働かせる。


 ……そう、そうだ。昨日の放課後。帰る前、芙蓉にスペアキーを渡したんだった!


 絶対に寝坊するから起こしに来てくれ、ということを伝えながら手渡した記憶が蘇ってくる。


「ごめん芙蓉、寝ぼけてたよ」

「はいはい。それじゃ早く準備してください」

「待ってくれ芙蓉。俺、少し考えたんだけどさ」

「わたし一人にすべて任せるつもりですね?」

「ははっ、急いで支度します」


 くそっ、エスパーかお前は!


 何も言い返す言葉が見つからなかったので、渋々俺は先ほど芙蓉に叩きつけられた布……制服に着替え、カバンを手に取る。


 そして台所に行き、朝食用にパンを頂こうとして、


「ほら、時間がありませんよ」


 腕を引いてきた芙蓉によって、キャンセルされた。


「ええっ! あ、歩きながら食えばいいじゃんか!」

「行儀が悪いですから」


 結局物は食えず、髪を整える時間もないまま、俺は寮を後にすることになった。


 いつもより人数の少ない通学路を、横並びで進んでいく。


「あれ、意外に人がいるな」

「まあ部活動の朝練がある人もいますしね」

「部活、か……芙蓉はどっか入らないの? 色んな部活から熱烈なスカウトが来てるらしいじゃんか」


 頭が良いだけじゃなく、芙蓉は運動もできる。


 中学の時は運動部の助っ人として様々な大会に出場し、芳しい結果を残していたりする。だからこそ、喉から手が出るほど欲しい人材なんだろうな。


「んー……今のところは入るつもりはないですね」

「え、そうなの? 実績を出せば、大学を受験する時に有利だったりするんじゃないか?」

「確かに、その通りなんですけど……」


 ここで、芙蓉がちらりと俺を見た。


 見つめ返すと、すぐにそっぽを向き始める。


「ん? どしたよ」

「別に」


 少ししてこちらに見せた顔は、いつもの表情だった。


 ちょっとだけ頬が赤く見えるのは気のせいかな。


 改めて、前を向く。


「あ」

「どうしました?」

「いや、あれなんだけど……」


 俺は進行方向にある校舎の昇降口を指差す。


 透明なガラスの入り口の前に、何かが倒れていた。


 こちらに向けられた地面と密着した顔には、サングラスとマスクが装着されている。

 加えて赤いオールバックときた。やつしかいない。


「そういえば昨日、昼休みが終わっても姿を見せませんでしたよね? 彼」


 俺はやつがボロ雑巾に変わっていることに心当たりがあるけど、それを芙蓉に話すわけにはいかない。ここは、適当に作り話をしておこう。


「ったく、不真面目な生徒だな」

「…………」


 芙蓉がジト目で睨んでくる理由がわからない。


 俺は誤魔化すように和樹へ駆け寄ると、そのボロボロに成り果てた体を肩に担いだ。


 そのまま、校舎に足を踏み入れる。


「……ん?」


 靴を履き替え廊下を歩いていると、作業着を身につけた大人たちが目に入った。


 脚立に登り、何かを取りつけているように見える。


「こんなに朝早くから……ご苦労様です」

「ホントになぁ」


 感心してそう呟きながら、少し落胆する。


 見たところ、取りつけている物は中々に小さい。それに教室じゃないので、俺が望んでいたエアコンとは違う物だと気づいたからだ。


 これじゃ夏は大変そうだなぁ……。


 項垂れながら職員室に行き鍵を借りると、Ⅱ組の教室に向かい、扉の鍵を開ける。


 当然だけど中には誰もいない。……おお、こんなに教室って広かったっけ? 何だか新鮮な感じがする。


「ほらボーっとしてないで。早く済ませましょう」

「うーい」


 芙蓉の指示を受け、俺は和樹をその辺に捨てると作業を開始する。


 そして、数分ですべてが終わった。


 ちょうど芙蓉が花の水換えを終えて戻ってきたので、俺は尋ねる。


「なあ芙蓉、他には?」

「これで終わりですね」

「そか」


 短くそう返し、自分の席に着く。


 芙蓉も隣の席に腰を下ろした。


「…………」

「…………」


 沈黙。


 ただ静寂のみが教室を支配していた。


 耳をすませても、廊下から音は聞こえてこない。


 何気なく黒板の近くにある時計を見る。


 時間は七時二十分を示していた。朝のHRが始まるのは八時半なので、まだ一時間以上も――


「……一時間?」


 よく考えてみれば、いくら日直だからといってこんなに早く来る必要はないよな?


 つまり、芙蓉が時間を誤ったってことか? ……この真面目な芙蓉が?


 ガサッ。


 そんなことを考えていると、隣から音が。


 見れば、芙蓉がカバンに手を突っ込んで――ま、まさか、俺に勉強をさせるつもりか!?


 ……そういやこの前やっていた勉強会は、聞いたところだと早朝からやっていたらしいし、中学時代も俺に無理やり勉強させようとしてきたっけ……。


 ま、マズい! 今すぐにでも逃げ出さなきゃ!


「外に出るつもりですか?」


 体の向きを廊下に変えた瞬間に、声がかかる。


 物音一つさせずに動いたつもりなのに……!


 思わず硬直してしまった俺を置いて、ガサガサ、という音は続いていく。


 も、もうダメだ! 優等生になっちゃうっ!


「――それはいい考えですね」


 ……え?


 予想外の反応に、俺は振り返らずにはいられなかった。


 そこには、こちらを向く芙蓉の姿があった。そして手元には教科書……などではなく、重なった二つの箱。


 よく見なくてもそれが『弁当箱』ということが、俺にはすぐ理解できた。


 べん……とう。あれ? べんきょう、べんとう? どっち?


 想像を遥かに超える事態によって混乱する俺に、


「朝ごはん、食べましょう?」


 芙蓉は、柔らかい笑顔を見せてきた。


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