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友情! 努力! 欲望!  作者:
【第三章】行動! 敵意! 発覚!
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6.過去問を強奪しよう

 昼休み。


 芙蓉の目を盗んで俺たち三人は上の階、俺たちの先輩である二年生が滞在する場所に足を踏み入れた。


 ……うーん。見栄えは同じようだけど、不思議と新鮮な感じがするなぁ。


「ね、どのクラスを狙うんすか?」

「二年Ⅱ組だ」


 椎名の質問に、俺は迷わず即答した。


「そりゃ何でだ? 俺たちがⅡ組だからか?」

「いや、それは関係ない。ただ近くに階段があるからだよ」


 その階段は、俺たちの背後に設けられている。また、二年Ⅱ組の教室は目の前に配置されている。……つまり、逃げ道が多いからだ。何かあった時に左右の廊下だけでなく、別の階に移ることもできる。


「ふむふむ、なるほどっす」

「でも、そんだけが理由じゃねえんだろ?」


 お、さすがは一緒にバカやってきただけはある。


 ……さっき、クラスが同じだけで狙いをつけたのか、と尋ねられた時は頼りないと思ったけど。


「おい陸?」

「あ、ああ悪い。……うん、その通りだ。さっき休み時間に下見をしておいてな。見てみ?」


 二人をⅡ組の教室を覗き込むように促す。


 そして席の窓際、最後尾を指差した。席には一人、休み時間にも関わらず読書をしている男子生徒の姿が。


「ほー、真面目そうなやつだな」

「うはぁ……読んでる本も難しそうっすよ。おまけに分厚いし。優等生のオーラが滲み出てるっす」

「だろ? だから狙いをつけたんだ。過去問をきちんと保管してそうだしな」


 狙った相手がまず目当ての物を持っていなければ、話にならないしね。


「んで、肝心の作戦は?」

「そうだな……『色仕掛け』をしてみようと思う」

「えっ、あの人同性愛者なんすか!?」

「アホか! 俺がやるわけないだろ!」


 俺の言葉に、椎名は少しだけ考える素振りを見せて、


「えっ、ウチがやるんすか?」


 目を見開いた。


「ああ。……まあ色仕掛けっても、そんな大胆なことはしなくていい。元々お前の見た目は大胆だしな。ただ人気のないところまで誘って欲しいんだ」

「え〜……う〜……」

「ん、嫌か?」

「む〜……別に嫌ってわけじゃないんすけど……」


 小声で言いながら、ちらちら俺の顔を見る椎名。


 軽く頬が膨れていて、不満さが伺えた。


「いや、強制じゃないからいいんだ。無理しなくても――」

「だから無理なんかしてないっすよぅ。……ただ」

「ただ?」


 そう尋ねるが、返答はすぐにはなかった。


 ただ見せた反応は、横に向く、だけだった。


 心なしか、少しだけ頬が赤みを帯びているような。


 そしてやっと、椎名は口を開いた。


「り、陸っちはその……ウチがほかの男子にいやらしい目で見られても、何とも思わないんすか……?」

「いやだってお前、元々いやらしい体してるし」

「サイテーっすね」


 氷のように冷たく変わった瞳で睨まれる。


 だ、だって事実なのに……。


「もう知らないっす。凪っちに言いつけるっす」

「待ってくれ椎名、俺の話を聞いてくれ」

「ふーんだ。バーカ、バーカ」


 顔を合わせようとすると、顔を背けられる。


 どうやら、相当機嫌を悪くさせてしまったらしい。


「なあ椎名」

「…………」


 うーん、話を聞いてもらえそうにない。


 マズイな、このままじゃ……ん?


「椎名、髪留め変えた?」

「えっ?」


 バッ、と驚いたように俺の顔を見る椎名。


 び、びっくりした。急に何だ?


「よく……気づいたっすね?」

「あ、ああ。今気づいたんだ。可愛いじゃん」

「ん……あ、ありがと」


 再び顔をそらし、椎名は髪をいじり始める。


 あれ、そういや――


「なんか髪も短くなったような?」

「!」


 二度目のバッ!


 な、何なんだ? 流行ってんのかその動き?


「びっくりした……よく気づいたっすね。鈍い陸っちが気づくわけがないと思ったんすけど」

「アホか、気づかないわけないだろ?」

「え……?」


「――いつも見てんだからさ、お前のこと」


「!」


 ぴくり、と少しだけ椎名が揺れたような気がした。


「……へ」


 続いて微かな声がこぼれ出したと思えば、


「えへ、えへへ……」


 急にニヤつき始めた。


 ほ、ホントどうしたんだ? 心配になってきたよ。


「どーん! どーん!」


 椎名はなぜかハイテンションで俺をポカポカ叩いた後、改めて教室を見た。

 そしてこちらにグッと親指を立て、言った。


「行ってくるぜい!」


 トトトっ、と軽やかな足取りで教室の中へ入っていく。


「……何つーか、よくわかんねえやつだな」

「んー、まぁ面白いやつだろ?」

「そうかもな」


 和樹とそんな話を交わしていると、椎名がターゲットの元にたどり着いた。


 直後、ざわっ、と急に騒がしくなる二年Ⅱ組。まぁ確かに、対照的な組み合わせだもんな。


「せーんぱいっ?」


 出だしは甘い声。前屈みになって胸元をアピールすることも忘れない。あれは大ダメージだ。


「あ、えっ? ぼ、僕ぅ!?」

「ふふっ、ほかに誰がいるんですかぁ。も〜」


 続けて、戸惑う相手を指でツンツンと突く攻撃!


 あれは効く。思春期男子なら誰でも効く。


 ここで多大なダメージを受けたのか、緊張で硬直する真面目そうな男子生徒。


 椎名はトドメを加えようと、耳元に口を寄せる。


 あとは甘い声で囁けばフィニッシュだ! いけっ!


『……ちょっと先輩に、お願いがあるんですけどぉ……』


 ……決まった。


 口の動きでわかる。椎名はやり遂げた。


 これで差し出さない男はこの世に存在しない!


「無理だ」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、時が止まった。


 ……む、無理? 確かにやつはそう言ったよな? あ、あり得ない! あんなことをされたら普通、YESとしか答えられないだろ!? 相手は美少女だぞ!? いやらしい体をしてるんだぞ!? だというのに、何だあの平然とした顔は!


 ……ま、まさか本当に同性愛者だったりするのか!?


「残念、だったな」


 混乱していると、嘲笑うような声が。


 でもそれは、側にいる和樹のものじゃない。俺たちの背後から聞こえてきた。


 反射的に振り返るとそこには、


「ご機嫌麗しゅう、Ⅱ組のクソ野郎ども」


 眩しい金髪をした、チャラチャラとした男子がいた。


 いきなり暴言を吐いてきたそいつは、どこか見覚えがある。そう、こいつは――


芦澤隼人あしざわはやと……!」


 こいつは一年Ⅰ組に所属しており、その代表とも呼べるやつだ。


 この学園に入ってから初めて見た顔だけど、俺はよくこいつの顔を知っている。この甘いマスクを。


「ほー、よく俺のフルネームを知ってるじゃねーの。他クラスなのによ」

「ふん。それは当然だ」


 少し驚いた顔を作る芦澤に、俺は答える。


「隙を見て撲殺したいランキング、ナンバーワンの野郎だからな」

「な、何だその禍々しいランキング!?」

「うちのクラスの男子内で開催されたランキングだよ。おめでとう、貴様は堂々の第一位だ」


 ボキボキと指を鳴らしてみせる。


 お前の人生はここまでだ、と伝えるために。


「待て待て! 俺がいつお前らの恨みを買った!?」

「自分の顔面に聞けオラァ!」


 イケメンは死、あるのみ!


 俺は硬く握り込んだ拳を、力任せに前へ突き出――


「――お、お前らは過去問を入手できない!」


 その言葉に、拳が急停止した。


 ……こいつ、なぜ過去問のことを知っているんだ?


「ハッ、お前らの知能の低さなんてそのアホ面を見てりゃ理解できるぜ! どうせ過去問を狙ってくるだろうと踏んでいたのさ! 残念だが、俺たちだけで使わらせてもらう!」


 物言いから、こいつも今回の中間テストに過去問と同じ問題が載っているのを知っているようだ。


 この様子だと恐らく別のクラスも……、


「別のクラスに頼みに行っても無駄だぜ? 全部のクラスに予防線は貼ってるからな」


 ちっ、やっぱりか。


 どうせ自分の容姿を利用して、女性陣に頼み込んだに違いない。男には『知り合いの女の子を紹介する』とか言って、頼み込んだんだろう。


「つーか、何でそんな面倒なことすんだよ?」


 不思議そうに首を傾げる和樹。


 確かに、過去問が欲しいだけなら相手は一人だけでいいはず。それなのに他クラスにまで声をかけるなんて。


 まるで俺たちの邪魔をしているかのように見える。


「ふはっ!」


 そして、その考えは正解だった。


「そんなの簡単だ! 俺はお前らに赤点を取らせたいんだよ! あんな美女二人と同じクラスだけでも羨ましいってのに、他の女子たちもレベルが高いときた! 羨ましい! 許せねえ!」


 芦澤の言う通りだ。椎名と芙蓉が目立つけど、うちのクラスはほかの女子たちもレベルが高かったりする。


「それで覗き行為もできるなんてズルいだろ! もう十分幸せだろうが! まだ欲が足りないのか!?」

「なあ俺たち、覗くなんて一言も言ってないけど」

「覗きをしない男なんていねえだろうが!」


 言い切った、なんて男らしい。


 ……なるほど、こいつも女子風呂を覗くつもりなのか。ホント思春期男子ってやつは欲望に忠実だな。


「俺は死んでもテメェらの邪魔をするからな! テメェらばっかりいい思いして汚えんだよ!」

「くそっ、なんて卑怯なやつなんだ!」

「非道な真似しやがって……親が泣くぞ!」

「テメェら自分自身の行動を見つめ直してみろ!」


 ただ過去問を強奪しに来ただけだ! 何が悪い!


 それにそっちこそ鏡で自分の顔を見つめ直せ! 十分いい思いをしてきただろうが!


「断られちゃったっす〜」


 いがみ合っていると、しょぼんと肩を落とした椎名が廊下に戻ってきた。


「やあ。椎名さん、だよね?」


 直後、その側に歩み寄る芦澤。


 誰なんだお前、と言いたくなるくらい柔らかな笑みを浮かべて、ウインクを一つ。


「初めまして。俺は芦澤隼人って言うんだ」

「わ、イケメン……」


 ぽつりと呟く椎名。


 その反応に芦澤は俺に顔を向け、下劣な笑みを見せつけてきた。……見た目だけで決めつけていたけど、中身もこいつがナンバーワンだな。ぶん殴りたい。


「ねえ椎名さん。今、この時間って暇かな?」

「ううん、この二人と遊んでるっす」

「こんなバカと付き合っていたらバカが移るよ。テスト前なのにそれは勿体ない」


 芦澤がゆっくりと椎名の肩に手を回す。


 あれがイケメンのみに許された行為というやつか……!


「だからさ、遊ぶなら俺にしなよ。昼食も奢るからさ」

「お、ラッキー。ホントっすか?」


 まんざらでもない態度を見せる椎名。


「……でも、やめとくっす」


 あれ? 意外な反応。


 目の前の芦澤は、驚愕で目を見開いていた。


「ど、どうしてだい?」

「だって、バカと遊んでいたらバカが移るんすよね?」


 そう言い、椎名はニッコリ笑った。


「どっちにしたって、移るってことっすもん」

「えっ」

「さっき『俺たちだけで使わせてもらう』って言ってたっすよね? つまり過去問を使わなきゃ、赤点になっちゃうかもしれないくらいなんでしょ? なら陸っちたちと何も変わらないっすよね」

「うぐっ……」


 ぐらりとたじろぐ芦澤。どうやら図星らしい。


 椎名はそんなバカにふりふりと軽く手を振って、


「機会があれば、また誘ってくれたら嬉しいっす」


 優しくそう言った。


「うわダッサ! 振られてやーんのー!」

「ざまあねえなぁ? オイ!」


 だが、俺と和樹はそんなに優しい人間じゃない。


 今までの鬱憤を晴らさせてもらおうか!


「「芦澤を救え――ッ!」」


 追撃を加えようとした、その時だった。


 廊下の奥から、何人かの男子生徒たちが駆けてきたのは。恐らくⅠ組の生徒だろう。


 ……マズイな、数では圧倒的に不利だ。こうなったら、


「逃げるぞ!」

「「お先に!」」

「薄情者ォ!」


 先に階段を降りて行った二人の背中を追って、俺もまた急いで下の階に避難する。


 和樹は下駄箱の方に向かったようだ。……あれ? 椎名はどこに行っ、


「……こっちっす……」


 背後から、椎名の小さな声。


 振り返ろうとしたその時、ぐいっ、と襟元を引っ張られた。後方に大きく体制を崩す。


 連れ去られた位置は、どうやら階段の下に設けられたスペースのようだった。


 天井も壁も狭いこの位置で二人隠れるとなると、必然的にお互いの体が密接することになる。


 つまり今、俺の背中に当たる柔らかな感触は間違いなく、間違いないわけで。


「……ありがとう、ございますッ……!」

「……な、涙を流すほど嬉しかったんすか……?」


 当たり前だ、思春期男子なら誰だって泣く。


『あいつら! どこ行きやがった!』

『見ろ、あそこにいる不審者! Ⅱ組の野郎だ!』

『捕まえて縛り上げろ! 警察にも連絡を!』


 ドタドタドタ、と荒々しい足音が下駄箱の方に向かっていく。


 和樹、お前のことは忘れないよ。


 やがて足音は遠退き、聞こえなくなった。


「よっこい……」


 だから俺は安心して立ち上がろうと、


「ぐほっ」


 したところ抱きつかれ、体重をかけられた。


 再び、その場に腰を落とす形になる。


「何すん……」


 振り返り文句を言おうとして、言葉が止まる。


 椎名に抱きつかれたということは、先ほどまでの柔らかい弾力がさらに強みを増すということだ。


 さ、さすがにちょっとこれは……マズい。幸せは幸せだけど、理性が吹っ飛んでしまいそうだ……!


「し、椎名? そろそろ離してくれないか?」

「――覗き行為」


 ぎくっ、と思わず体を震わせてしまう。


 ま、まさかバレていたのか……?


「あんなに大きな声で曝露してたじゃないすか。全部丸聞こえっすよ。……それにしても覗きかぁ、随分と大胆なことをやろうとしてんすねぇ」

「……バラす?」

「うーん? どーしよっかな〜」


 楽しそうな声。


 ……くっ、何か企んでいるな……?


「何が……お望みで?」

「そうっすねえ。一つ質問に答えて欲しいっす」

「質問?」


 そう尋ねると、椎名は少しだけ間を空けてから、


「陸っちは、ウチの裸に興味あるんすか?」


 そんな過激な質問をぶつけてきた。


「ンなっ!?」

「だって~お風呂を覗こうとしたってことは、女の子の裸が見たいんすよね? その中にウチは含まれているのかなー、って。ちょっと気になったっす。で、で? どうなんすか?」

「…………」

「素直に言わないと、バラしちゃうっすからね」


 ち、ちくしょう。素直に言えばいいんだろ……?


 呼吸を整え、俺は口を開く。


「……あるよ、凄く興味ある。ガン見したい」

「こうストレートに言われるとマジキモいっすね」

「ちくしょう! 何なんだお前は!」


 恥ずかしさを堪えて、頑張って答えたのに!


「あははっ!」


 そんな心情を知る由もない椎名は、楽しそうに笑うと俺から離れた。


「でもちゃんと答えてくれたみたいだし、秘密にしといてあげるっすよ~」


 そう言うと、ふりふり手を振りながら教室の方向に向かっていった。不思議とその足取りは軽く、嬉しそうな感情が読み取れた。


「一体、何だったんだ……?」


 晴れない気持ちのまま立ち上がり、俺もまた教室に向かって歩いていく。


 ……しかし、まさかⅠ組が邪魔をしてくるとは思わなかった。このままじゃ素直に勉強をする羽目になってしまう。そんな苦行は何としても避けたい。


 ほかに楽をして点数を取る方法はないかな……?


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