2.残念な仲間たち
「総員、武器を構えろ」
「「「イエッサー!」」」
そして今、幕を閉じようとしている。
入学式を終えて新入生たちが各自の教室に向かい始めた時間、俺は紛れて行動しようとトイレを出た。
捕らえられたのは、その直後だった。
どうやら三十分程度では、怒りは鎮火しなかったらしい。そのまま強引に教室に連れていかれた。
現在、ロープでぐるぐる巻きにされ、自分の席となる机に固定されている。周りには笑顔で机や椅子を担ぐ男子クラスメイトたちの姿が。
……いや、そんなことよりも気になることがある。
「せめてもの情けだ。一瞬で楽にさせてやれ」
「はっ、情けなんてモンいらねえよ!」
「無慈悲に残虐にッ! 絶望だけを与えて殺すッ!」
「まあ落ち着けよお前ら。こんな場所で遺体を作り上げるつもりか? そんなことをしたら女子の好感度がだだ下がりじゃねえか」
「「ぐっ、確かに……」」
悔しそうに臨戦態勢を解く男子たち。
それよりも人の命を奪うことに抵抗はないのか。
「……さて。それじゃ改めて、武器を構えろ」
冷酷に告げる、リーダー格の男子生徒。
何故か黒いサングラスとマスクをして完全に顔を隠しており、判断できるのはオールバックに整えられた赤い髪のみ。どこからどう見ても不審者だ。
そして気になる点は、この男のことだったりする。
何たる偶然か、こいつも知り合いなのだ。
「お前、和樹じゃ――」
「さあやれっ! 早く仕留めろっ! 一瞬で仕留めろっ!」
大声で俺の言葉を遮る、和樹こと橘和樹。
この状況で考えることじゃないけど、こいつとの関係を表すなら、悪友といったところだ。中学時代はよく一緒にバカをやってきた。
だからこそ、何となく考えていることがわかる。何か理由があって俺を消そうとしていることを。
けどそっちがその気なら、こっちにも策がある!
「「「ヒャッハァ――‼」」」
どこか世紀末のような叫びを上げ、一斉に武器を振り上げるクラスメイトたち。
対して俺は、自由になっている首を勢いよく起こし、制服の襟元に顔を寄せる。そして中に潜んでいた『それ』の端を噛み、力任せに引き上げる。
ズァッ、と鋭い音を立て、それは露出された。
――成人雑誌『巨乳天国〜マイクロビキニ編〜』。
「「「ッ!?」」」
その表紙を見て、目を見開き停止する男子たち。
中にはその力に耐えられず、尻餅をつく者もいた。
「ば、バカな……エロ本、だと……ッ!?」
「あり得ない! この学園では携帯を除いた不要物の持ち運びは禁止なはずなのに……!」
「門をくぐる前に持ち物検査があったよな!?」
戸惑うクラスメイトたちに、俺は告げる。
「そうだ、確かに持ち運びは禁止だよ。……だから、言葉通り『持って』運んでいないんだ」
そこまで言うと、俺は鋭く息を吸い込む。
少し間を開けてから、言い放った。
「だから……『貼りつけた』!」
「「貼り、つけ……?」」
「ああ。……誰かロープを外してくれないか?」
「お、おう」
駆け寄ってきた男子の一人が、ロープを解く。素直でよろしい。
彼に礼を言った後、俺は机の上に腰を下ろしたまま、制服の中に手を突っ込み、引き抜く。これを何度も繰り返す。
ドサドサドサドサ、と。
瞬く間に、教室の床にエロ本の山を作り上げた。
「こういうことだ」
そして俺は、最初に取り出したエロ本を指差す。端を囲むようにテープがつけられた、それを。
ちなみに剥がしても傷つかないタイプのテープなので、安心してほしい。
「持ち物検査、といっても重点的に確認するのはバッグだ。衣服は上着を脱いだりポケットを探るだけ。刑務所じゃあるまいし、体をベタベタなんて触られることなんてないんだ」
「「「……ハッ!」」」
そこで、ようやくみんな気づいたようだ。
俺はトドメとばかりに、ドヤ顔で告げてやる。
「そう――皮膚に貼りつけていたんだよ!」
ついに、男子全員が尻餅をついた。
「な、なんてヤツだ……そこまでして……!?」
「どんだけ欲望に忠実なんだ……!」
「イかれてやがる……」
まるで信じられないものを見るような視線をぶつけられる。心外だ。
俺は机から降りると、エロ本の山に触れ、言う。
「もし俺があのままお前らに襲われていたら、エロ本も傷ついていただろうなぁ」
「「「お、俺たちはなんて非道なことをッ‼」」」
最悪の事実に気づき、泣き崩れる男子たち。
まぁ、人の命を奪おうとしたことの方が非道だと思うけどね?
だがそんなことをわざわざ口にするほど俺は小さい人間じゃない。反省してくれたなら、すべてを許そう。
「……さて、俺は友人に対してとても優しい人間だったりするんだけどさ」
「「「俺たちは親友だ」」」
「よし、好きな本持っていっていいぞ」
歓声を上げ、エロ本の山に飛び込む親友たち。
この学園は全寮制なので、そういう物を拝む機会が少ない。そのためか効果は抜群のようだった。……よし、これで俺に対する怒りは消え去ったも同然だな。
一難は去った。……さて、
「和樹」
「呼んだか陸、心の友よ」
軽やかなステップを踏み、ふわりとした動作で俺の肩に手を回す和樹。
まったく、どの口が言うのか。
「そうだな友よ。……お前、俺がトイレに隠れていることを理解していたな?」
「はは、面白い冗談じゃねえか」
「そんで俺の隠れ場所をこいつらに教えて信頼を手に入れたな? 俺の友人と知ればお前もリンチされる可能性があるし。それにお前と知り合ったのは中学三年の時だもんな。芙蓉と椎名とは面識ないし、俺さえいなくなりゃ危険な目に遭わないしな」
「……は、はは」
掠れた笑い声をこぼす和樹。これは図星だな。
「ふはははははっ! さすがだぜ陸!」
と、思いきや親指を突き立て、笑顔を見せてきた。
「大正解だ! いやあよく見破ったもんだぜ。それに、地肌にエロ本を貼りつけるなんてぶっ飛んだアイデアは恐れ入った! さすがは『パチン!』知将の陸様だぜ――って、どうした急に指なんか鳴らして。……ん? 何だお前ら。えっ? ちょ、ちょ待っ、待てって! お、オレが悪かったあああああッ‼」
一分経過。
「みんなよくやった。下がっていいぞ」
「「「御意」」」
俺の指示に従い、親友たちはエロ本の山に戻っていく。
……ふぅ、これで悪は滅びたな。
「終わりました?」
直後、左の席から呆れた声が。
見れば、ジト目で睨んでくる芙蓉がいた。
「やっとな。……っと久しぶり、芙蓉」
「お久しぶりです。まさか君と同じクラスとはね」
芙蓉はそこまで言うと、はぁ、とため息を一つ。
「……また騒がしくなりそうです」
「安心しろって。もう高校生なんだ、大人だぞ? 毎日バカやってた自分とはおさらばしたんだ。もう迷惑はかけないよ」
「入学式が喧しい怒号に包まれて、隣の席で屍を見せつけられそうになって、見たくもないエッチな本を山ほど見せつけられたんですが?」
何も言えない。
……で、でも、入学式の件は俺のせいじゃないと思うんだけどな。
「ウチは騒がしい方が好きっすよ〜」
トン、と。脳天に硬い感触。どうやら誰かが顎を乗せてきたらしい。
声から椎名で間違いないな。
「陸っち〜ウチ右の席なんすよ。隣同士っすね!」
「おお、そうなのか」
「美少女サンドじゃないっすか~。嬉しい? 嬉しいっ?」
そのまま、左右に頭を揺らされる。
「うおああ〜嬉しい〜」
「うわ薄い反応。ホントにそう思ってるっすか?」
「ち、ちょっと結衣。そんなことよりも、怒ってないんですか? あんな場所であんなことされて……」
芙蓉が言っているのはスカートめくりの件かな。
……う、うーん。これについては説明の仕方をミスすると怒られるだろうからなぁ。
切り出せずにいると、先に椎名が口を開いた。
「へへ、まぁ陸っちの技術を信じてたっすからね」
おお、嬉しいことを言ってくれるな。
それにこれだけなら、特に怒られる要素はないし。
「そ、それはまた……どうしてです?」
「陸っちには何度もスカートめくられてるんで」
俺の弁慶が悲鳴を上げた。
「ごふぉぉッ!?」
「うはぁ、容赦ないっすね凪っち。脛にトーキックは痛いっすよ」
「そんな淡々としている場合ですか! 犯罪ですよ犯罪! この変態が悶えている間に通報を!」
「ふ、芙蓉……ち、違うんだ……は、話を……」
「近づかないでください変態!」
もう片方の弁慶、逝く。
「〜〜〜〜ッ」
「あらら、さすがに声も出なくなったっすね。『カシャ』おーい大丈夫っすか〜? 『カシャカシャ』」
心配そうに言いながら、俺の丸い姿を写メる椎名。
鬼かお前は。
「写真じゃないです! 電話ですってば!」
「どうどう、そう焦らなくても大丈夫っすよ凪っち。めくられた時はいつも下に短パン履いてたし、代わりにジュース奢って貰ってたし」
「ええ……合意してやっていたんですか?」
その問いに、俺と椎名はこくこくと頷く。
実はスカートめくりの技術を磨くため、椎名に手伝ってもらっていたのだ。
今考えれば『スカートをめくらせてくれ!』なんて頭の可笑しい頼みをしたもんだ。凄く恥ずかしい。
「ぐぁぁ、いてて……酷え目に遭ったぜ」
ここで、倒れていた和樹が息を吹き返した。
「おお……生き返ったか……和樹」
「まあな。ってか、何でお前が死にかけてんだよ」
「色々……あってな……」
「ふーん」
興味なさそうな返事をした和樹は、ゆっくり立ち上がると、俺の横を抜けていく。
そして、前の席に腰を下ろした。これまた何たる偶然か、中学時代の仲同士で固まっているみたいだ。
「えっと、初めまして、ですよね? 橘君」
「おっすおっす〜。えーと……初めまして?」
和樹に向かって挨拶をする芙蓉と椎名。
「おう。……ってか何で疑問系なんだよ?」
「いや、だって初めて見る顔じゃありませんし」
「? オレは始めてだと思うんだが」
「いやいや、そんな不審者みたいな格好してるんすもん。中学では有名人だったっすよ」
まぁ確かに。
俺が警察なら、有無を言わさず手錠をかけているレベルだ。
「……あれ? でも、これじゃ陸っちを消そうとしたのって意味なくないすか?」
「あ、確かに。篠崎君の友人だという事実がなくなっても、わたしたちが声をかけてしまえばアウトですもんね」
「ああ、その点については問題ないよ。こいつに女子の知り合いがいても妬まれることは絶対にない」
疑問そうな顔を作る二人に、俺は答えた。
「だってこいつの恋愛対象は中学生以下だからな」
「「……えっ?」」
「バカ、誤解を招く言い方はよせって」
和樹が呆れたように首を横に振るう。
その様子に、芙蓉と椎名はホッと胸をなで下ろし、
「素直にロリコンって言えよな。まったく」
「「…………」」
顔を真っ青にさせ、和樹から距離を取った。
この性癖にこの容姿。こいつが捕まるのも時間の問題だな。
「まったく、相変わらず気持ち悪いなお前は」
「エロ本を地肌に貼りつけるやつがよく言うぜ」
「ねえ結衣、どうしてわたしたちの周りには変人しかいないんでしょう?」
「日々の行いは悪くないはずなんすけどねぇ」
心外だ。和樹と同じように見られてるなんて……。
末代までの恥と言っても過言じゃない。
「……えへへっ」
落ち込んでいると、どこからか笑い声が。
見ると、椎名が面白おかしそうな顔を作っていた。
「ん、どした?」
「いや〜……ふふ、何だか面白い学園生活になりそうだなって。ワクワクしてきたっすよー!」
「まぁ……退屈はしなさそうですね」
「そうだな。ま、よろしく頼むぜババアども」
「この人、埋めましょう」
「手伝うっす」
先ほど俺を縛りつけていたロープで和樹をぐるぐる巻きにし始める美少女たち。
その側には、今もエロ本を真剣に吟味する男子たちの姿があった。
何てことだ。このクラスに真面な人間は俺しかいないのか……。
「……心配だ」
果たして俺は、青春を謳歌できるんだろうか。