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友情! 努力! 欲望!  作者:
【第五章】友情! 努力! 欲望!
15/16

15.努力の結果

 それから、どれだけ時間が経っただろうか。


 怒号や悲鳴によって騒がしかった校舎は、今ではそれが嘘だったかのように静寂が支配している。


 ……あいつら、無事に逃げ切っただろうか……?


 不要物の持ち込みが発覚したんだ。警備員に捕まれば最後、コブの一つや二つじゃ済まないだろう。それにそのことが教員たちに告げられ、自然に生徒たちにも伝わってしまうだろう。……それだけじゃない。変態というレッテルを貼られ、残りの長い学園生活を過ごすことになる。あまりにも残酷だ。


『……か……し』

「ッ!」


 外から声が聞こえる……この野太い声は警備員か!


 俺はどんな驚愕が待っていても大丈夫なように口を塞ぐ。そしてロッカーに空いた隙間から廊下の景色を見た。


 やがて近づいてきたのは、同じような巨体を持つ大男二人組だった。厳つい顔もあって双子のようだ。


『やっと終わったか……』

『ああ、まったく手こずらせてくれたもんだ。特にあの赤いオールバックの不審者には驚かされた。まさかあの下が美形だとは思いもしなかったよ。思わず捉えていた連中の手を離してしまった』

『ほかのやつらも必死に抵抗してきたな。捕まりたくないという気持ちが痛いほど伝わってきた。おかげさまでふらふらだ。早く見回って戻ろう』

『そうだな、これから教員の宿舎に報告したり色々と忙しくなる。戸締りくらい雑でいいだろう』


 そこで、俺の前を通り過ぎた。


 不思議と早く聞こえる足音。少し間を置いて鍵のかかる音が聞こえて、また足音が始まる。

 それは次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


「く、ぐぅっ、ひぐっ……!」


 だから俺は、やっと堪えていた感情を吐き出した。


 ボロボロとこぼれ落ちる涙の音が、密室に響く。


 悲しかった。


 仲間たちが捕まってしまったことが。


 そして嬉しかった。


 仲間たちの犠牲が無駄じゃなかったことが。


 警備員たちが疲労したのは、仲間たちの努力があったからだ。無駄死にじゃなかった……!


 ――今度は、俺の番だ。


 俺は涙を拭うと、ロッカーの扉を開け放つ。


 もう暗くなった廊下を、上半身裸の状態で歩いていく。


 どう見たって変質者だが……そんなこと知るか! 俺は仲間たちの努力を引き継ぐ使命があるんだ!


 必ず、桃源郷に辿り着く……!


 あいつらの分まで、俺は幸せになってやる!


 再び流れ出そうになった涙を、歯を食いしばって強引に止めて引き戻す。


 次に泣くときは感動した時だっ、桃源郷を眺めながらだ!


 そう決意して、俺は進めていた足を止める。


 目の前にあるのは、職員室の扉。


 俺はズボンのポケットに手を突っ込み、スペアの針金を取り出すと鍵穴に差し込む。


 ガチャリ、とすぐに硬い音が響き、


「ごあッ!?」


 俺は悲鳴と共に、その場に倒れ込んだ。


 冷たい床の感触が背中を襲うが、そこを気に留めている余裕はなかった。


「やっぱりな、テメェは隠れてると思ったぜ!」

「あ、芦澤……!」


 俺にマウントを取った相手は、Ⅰ組の頭だった。


 こ、こいつ……校舎から逃げたんじゃ……?


「残念、俺はあの時ロッカーに隠れていたんだよ。諦めて真面目に勉強なんざ死んでもやるかっての! 絶対に解答は渡さねえ!」

「このクズ野郎め……! 親が泣くぞ!」

「お互い様だろうがあッ!」


 上から、拳を振り下ろされる。


「危なあッ!?」


 首をひねり、なんとか回避。


 そして引っ込む前に、その腕を掴む。


「ンなッ! この野郎!」


 憤りを見せながら、もう片方の拳を落とす芦澤。


「ぬん!」


 俺は同じように回避すると、同じように腕を取った。


「く、くそ! 何で当たらねえんだ!?」

「中学時代に鍛えられたからな!」

「テメェの中学どうなってんだ!?」


 いや普通の中学校ですよ?


 ……ただちょっと野蛮なやつが多かったかな。確か椎名や芙蓉と話しているときによく襲われたっけ。


 だから普通の学園生活を送ってきたような一般生徒にタイマンで、


「負けるか……よッ!」


 ぐぐっ、と腰に力を入れて上体を持ち上げる。


「う、うぐおッ!?」


 そのまま呻く芦澤を押して仰け反らせ、なおも前方に力を入れ続ける。


 そして限界が来たのか、芦澤の力が抜けた。


 ――チャンス!


 ここで押し返せば形成逆転だ!


 今度こそ、その甘いマスクを砕き割ってやる!


「ふんっ!」


 気合いの入った声。


 だが発したのは俺じゃない。俺の背後からだった。


 そして、再び冷たい床に倒れこむ俺の体。


 ぐにゃあ、と視界が揺れ動き、気持ちが悪い。首の後ろからは鈍い痛みがあって……。


「残念だったね。隠れていたのは一人じゃないよ」


 そ、その声は……、


 俺が口を開く前に、芦澤が言った。


「よ、よくやった偽物!」

「その言い方はやめて! それなら篠崎もつけて!」

「ひ、人の名前で遊ばないで……くれ……」

「……そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」


 俺の言葉に、忌々しそうに答えたのは篠崎君(偽)に間違いなかった。


 振り返ると、微かに腕を振り上げているのがわかった。なるほど、殴られたんだな……!


「ぐっ……!」


 倒れることを望んでいる体に従い、俺はその場に崩れ落ちた。


 頭上から、下劣な笑い声が振り落とされる。


「げへへ……やっとズタボロにしてやれるな!」

「僕も混ぜてもらおう。彼のせいで色々と不幸な目にあったからね。復讐させてもらおうか」


 くそっ、なんて非道なやつらなんだ!

 暴力では何も解決しないんだぞ!


「「くたばれェ――ッ‼」」


 そんな俺の気持ちは届かず、暴力に走る不良たち。


 こちらからは見えないが、それはそれは恐ろしい一撃を加えようとしていることだろう。


「「ごふッ!?」」


 けど、これはわかった。


 二人の敵が俺と同じように地面に倒れ込んだことを。


 それからは、静寂のみが広がった。


 俺は何度か目を擦り、視力が戻ったことを確認してから、ゆっくりと体を起こす。


 横を見ると、うつ伏せで倒れる芦澤と対照的に仰向けで倒れる篠崎君(偽)の姿があった。篠崎君(偽)の顔は、それはそれは幸せそうだった。


 俺は確認を終えると、ゆっくり立ち上がる。


 直後、パサッ、と。足元で軽い音が一つ。


「……っと、忘れてた」


 俺は足元のそれを拾い上げようと試みる。。


 指先に触れ――ガシッ!


 それに触れた瞬間、腕を掴まれた。


「ぐっ……かは、はぁ……はぁ……」


 掴んだ人物は、苦しそうな表情の芦澤だった。


「ど、どうしてだ……?」


 芦澤は掠れた声で、尋ねてくる。



「どうして……まだエロ本を持ってやがる……?」



 芦澤が弱っているのは、このエロ本のせいだ。


 この学園に来てまだ日は浅いが、欲に満ち溢れている思春期男子は、エロいものと一日触れ合えないだけでも相当キツい。


 久々に見れば耐性が薄れているため、あまりの刺激の強さに目眩がするだろう。


 だから、俺はページを開いてみせた。


 ズボンから取り出したあと、敵が襲いかかってくる直前に過激なシーンを見せびらかしたのだ。

普通の思春期男子ならあまりの衝撃に、篠崎君(偽)のように幸せそうな顔で失神するものなんだけど。芦澤はやっぱり耐えられるか。


「……へぇ、まだ口が聞けるのか。さすが甘いマスクを持っているだけはある。女慣れしているやつは耐久力が違うねえ」


 俺は少し煽るように言ってから、質問に答えた。


「――ズボンの下にも、エロ本を貼りつけていたんだよ」

「な、なんッ……!?」

「そんな驚くなって。誰も上半身だけとは言ってないぞ」


 こんなこともあろうかと、隠し持っていたのだ。


 ……嘘です。たくさん持っていきたかったんです。


「くそっ、汚ねえ……」

「それは褒め言葉にしか聞こえないなぁ」

「エロ本が汚ねえ……」


 ぺらり。


「ぐぶッ!」


 さらに過激なシーンを目の当たりにした芦澤は、ついに力尽きた。


 まったく、失敬なやつめ。


 ……安心して欲しいが、エロ本は太ももから脛辺りまでに巻きつけている。さすがにその上には貼りつけていない。だから汚くなんてないぞ!


「さて、と……」


 俺は立ち上がり、職員室の扉を開く。


 みんな……ついにここまで来たよ……!


 俺は散っていった仲間たちにそう心の中でそう告げると、室内に一歩踏み出す。



 ――かく、ん。



 直後、だった。膝が折れたのは。


 それは安心からか、先ほどのダメージからかはわからない。堪えることはできず、俺の上体は前方に傾いていく。


 鈍い音、頭に強い衝撃。


 手前にあった机に激突してしまったことに気づいたのは、床に倒れてからだった。


 ……体が、動かない……。


 どこにも力が入らない。ただ麻痺したかのように全身が痺れている。それに視界がボヤけてきて……、


「こ、こんな……こんな、こと、が……」


 こんなことがあって……たまるか!


 そう叫び立ち上がりたいが、口にも足腰にも力が入らない。


 こ、これが俺たちの努力の結果なのか……!? 誰も報われないのかよ……!


 心の中で強く叫んでも、力には変わらない。


 視界は黒く塗り潰され、思考が働きをやめる。


 もうダメだ、何も考えられない。


 意識が遠ざかっていく。


 胸があたたかい。ここまでなのか……。



 ……胸が、あたたかい?



 自分でもわけのわからない現状報告に意識が戻る。


 ……でも、確かに胸があたたかい。いや胸だけじゃない。腹も背中もあたたかい……あたたかいのだ。


 規模は小さかった。けど数は多く、一つ一つが確かな暖かさを持っていた。



 ――オレたちはお前に託すぜ。



 声が、声が聞こえる。


 だが外じゃない。信じられないが、体の内側から。


 聞き覚えのある、あたたかな声が響く。



 ――あとは頼んだぜ。



「……ぉ」



 ――信じてるからよ。



「……ぉ、おお」



 ――勝つぞ、陸。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」



 俺は、立ち上がった。


 体力もない、気力もない、だが『支え』がある。


 そうだ、俺は一人じゃない……!


「ありがとう、みんな……」


 窓から見える薄暗い空に目を向けると、不思議と仲間たちの顔が見えたような気がした。


 みんな笑顔でこちらにグッと親指を突き立てて、頑張れよ! と言っているようだった。


 俺は背中を押されるように、前へ進んでいく。



 ……この学校に来てから、色々なことがあった。



 ふと、そんなことを思う。


 入学式はトイレで過ごし、クラスメイトとなる仲間たちからは暴力を振るわれ、Ⅰ組とⅢ組に行動を邪魔された。大切なエロ本はすべて失ったし……いいことなんてあったかわからない。


 でも、楽しかった。


 仲間たちと協力し合いながら、目的を達成へと導いていくのは。俺が望んでいたものとはちょっと……いやかなり違うけど、これも青春なのかな。


「……さて、行くか」


 しんみりとした感情を消し、俺は進んでいく。思春期男子の桃源郷に続く道を。


 心の中にいる、大切な仲間たちと共に!


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