14.放課後の決戦
校庭を走り、
「『巨乳メイド特集』!」
中庭を抜け、
「『禁断の巨乳女教師』!」
校舎の中を駆け抜ける。
「『二つのエベレストを持つ女』!」
「陸、ホントお前巨乳好きだよな」
本を手裏剣のように投げ、迫り来る敵の意識を俺から遠ざけていると、和樹が呆れた様子でそう告げてきた。
「あんな脂肪の塊のどこがいいんだってんだ。まだ成長して間もない薄っすらとした胸板が一番だろ」
はぁ……こいつは何もわかっていない。
巨乳の素晴らしさを!
「アホ抜かせ。あの柔らかさがあってこそ」
「熱弁はキモいな」
か、和樹にだけは言われたくないやいっ!
「……ま、まぁそれは置いといて、さすがに弾(エロ本)がそろそろ尽きそうなんだ」
俺は言葉をそこで止めると、仲間たちを見た。
顔をそらされた。
だが、そのまま言葉を続けようと思う。
「そこでな? お前たちにあげた」
「し、篠崎! もうそろそろ職員室に着くぜ!?」
「あげたエロ本を」
「気合い入れろ! 何があるかわかんねえぞ!」
「エ」
「「「腕が鳴るぜええええッ‼」」」
どんだけ手放したくないんだこいつら。
触れる機会は少ないし、気持ちはわかるけどね?
呆れながら走り、目的地に向かう。
静寂に包まれた廊下に、俺たちの足音だけが響く。
「……?」
「ん、どうしたよ? 浮かない顔しやがって」
「いや……なんか静かすぎると思ってさ」
「そりゃ先公どもはもう帰ってるだろうしな」
和樹の言う通り、こう騒がしくして誰も見に来ないのは、基本的に教師は四時前に帰宅するからだ。
それから三十分ほどすると、戸締り作業が始まる。つまり警備員がやって来るわけなんだけど……。
「違う違う、Ⅰ組とⅢ組のやつらだよ。もう時間もないし、普通なら必死に追いかけてくるもんだろ?」
「……あれ? そういや姿が見えねえな……」
和樹も、そして仲間たちも異変に気づいたようだ。
ついさっきまで後ろを追いかけてきたのに、進行方向から、そして窓の外から飛び込んできていたのに……今、俺たちの周囲には人影もなく音もない。
「エロ本に満足して帰ったんじゃないか?」
「うむ間違いない。……さすがはエロ本、殺意に満ちた敵意を消滅させるとは恐ろしい力だ」
「まさに神器」
確かに、エロ本にやられた可能性も考えられる。
やつらはここに来てからそういう物を目の当たりにしていないだろうし、刺激が強いはずだ。抱いていた感情が消え去ってもおかしくないほどに。
「……っと」
考えていると、もう目の前には職員室があった。
ここは教師が鍵をかけるようになっているので、今はもう閉まっている。
俺は胸ポケットから針金を取り出して、
「「――囲めえッ‼」」
鍵穴に通す前に、その手を止めることとなった。
突如聞こえてきた大声によって。
側に置かれていたロッカーや窓の外に屈み込んでいた敵の群れが、一気に廊下へなだれ込んでくる。
あっという間に、俺たちは逃げ場を失った。
「なッ!」
「ま、待ち伏せしてやがったのか……!」
俺と和樹の驚愕に、それぞれ群の先頭に立つ芦澤と篠崎君(偽)が答えた。
「よく考えてみりゃ最後は職員室に向かうんだ。ならここで待機しとけばいい話ってわけよ」
「ふふん、君たちを追わせていた仲間たちは」
「なるほど、囮だったというわけか……!」
「あ、ああそうだ。すべて君の」
「陸のエロ本を減らすためか……くそったれ!」
「…………」
優位的な状況にも関わらず肩を落とす篠崎君(偽)は置いといて、これは絶望的な状況だ。
敵の数は減ったといっても、二クラスなだけあってまだ俺たちより戦力は上……。
「……陸、どうすんだよ……?」
小声で和樹がそう尋ねてくる。
「……どうするもこうするも……」
同じく小さな声をこぼしながら視線を横に動かす。
窓の外にもまた、こちらを睨みつける敵の姿があった。……ちっ、念には念を入れてるわけか。
だから俺は、和樹の質問にこう答えた。
「――迎え撃つしかないだろ!」
そして、勢いよく制服を脱ぎ捨てる。
直後、ざわあっ、と悲鳴に近い声が上がった。
「こ、こいつ……マジで地肌に直接エロ本貼りつけてんのかよ!?」
「律儀にも均等に並べられて……まるで鎧だ!」
「味方ながらドン引きだぜ……」
なんか仲間たちにまで距離を取られてる気がする。
と、とにかくだ。これでやつらも動けまい。
「俺の体を傷つけたらどうなるか……わかってるよな? お前らも思春期男子なら」
「よしテメェら! 顔と股間を狙え!」
「「「おうっ!」」」
と、とんでもないことになった!
「くそっ!」
こうなったら仕方ない、投げて応戦するしか……!
拳の届く位置まで踏み込んできた敵に対して、俺は窓の外に向かってエロ本を放り投げる。
敵は少しだけ堪える素振りを見せたあと、耐えられなくなったのか表情を下劣に変え、窓の外に飛び出していった。
だが安心している暇はない。次が来る。
エロ本を剥がしては投げ、剥がしては投げる作業を繰り返す。通路左右に敵はいるし、片方だけを退けても意味がない。それに退けた背後からまた別の敵が姿を現わすし……ぐううっ、剥がしたから皮膚がかゆいし!
今すぐにでも掻き回したいけど、そんな時間はない。剥がして、剥がして……
「……なくなりました」
ついに、俺の上半身が綺麗に露出された。
中学時代にバカやったお陰で鍛えられた上半身は、今はテープの痕で真っ赤になって、なんとも情けない。
「……いや、けどよ!」
そんな俺の体には特に触れず、興奮した様子で和樹が通路を見渡しながらこう言った。
「この数ならいけそうじゃねえか!?」
その言葉に、俺は改めて通路をよく見た。
確かに数は大分減っていた。目視で俺たちと同じか少し多い程度だと判断できる。……よし!
「お前ら! ここからは反撃の時間だ! 完膚なきまでにぶっ潰せ!」
「「「ヒャッハァ――‼」」」
相変わらず世紀末のような叫びで応える仲間たち。
その迫力に押されてか、後退していくⅠ組とⅢ組。
……い、 いける! これは勝てるぞっ!
「――貴様らあああァッッ‼」
対抗するように、野太い声が放たれる。
でも、敵は誰一人として口を開いていなかった。そればかりか目を見開いて辺りを見渡し始める。
そういえば今の声、どこかで聞いた覚えが……。
「「「うわああああああああああッ‼」」」
続いての絶叫は、外から放たれた。
原因は、窓付近に固まっていた敵の群れだった。
「「お、おい!」」
各リーダーたちが声を上げたのは、叫んだ連中がこの場から必死に走り去っていったからだろう。
まるで、何か恐ろしいものを発見したかのように。
「「のわあッ!?」」
そしてリーダーたちもまた叫び、尻餅をついた。
潰すなら今が絶好のチャンスだけど、それよりもこいつらが何に驚いたのが気になって仕方ない。
和樹と顔を見合わせ、互いに頷く。
そして俺たちは、ゆっくり窓の外に顔を出した。
「何をしておるかああァッ!」
同時に、目と鼻の先に厳つい顔が出現した。
「「おわあッ!?」」
尻餅をつくリーダーたちの側に、俺と和樹は倒れ込むしかなかった。
び、びっくりした……マジでびっくりした!
心臓をバクバク鳴らしながら見上げると、窓の外に立っているのが警備員だということがわかった。
中年くらいだろうその人物は、二メートル以上あるだろう長身に、ガッシリと頑丈そうな筋肉質の体をしていた。とても同じ人間とは思えない。
あんなのに捕まったら……想像するだけで目眩がする。
『イヤだあ! 俺はまだ死にたくねえよおおッ‼』
『誰か助けてくれええええ――ッ‼』
外から生徒たちの悲痛な叫びが放たれる。
……警備員は一人じゃない。きっとほかの警備員に捕まったんだろう。
それにしても、今の絶叫は尋常じゃない……。
「もう下校時刻はとっくに過ぎているはずだ。なぜ校舎にいる?」
俺たちの目の前にいる警備員は言いながら、一人一人の容姿を深く記憶に刻むようにゆっくりと瞳に収めていく。
「それも職員室の前で。一体何を――」
唐突に警備員の言葉と顔が止まる。
ちなみに視線は、裸の俺に向けられていた。
そのまま無線機を取り出し、顔に寄せると、
「……目的は、複数人での不純異……いや、同性交遊」
「「「誤解だああああああッ‼」」」
な、なんて悍ましい勘違いをしてくれるんだ!
丁寧に異性という点を訂正しやがって!
「……確かに男なら、それもお前たちくらいの年頃なら我慢できない衝動なのかもしれない。それが同性だったということについては触れないでおくが……まぁ、その……何だ。そういうのは校舎以外の場所でやってくれ」
「「「だから誤解なんですってばあ‼」」」
ま、マズいぞ……こんな勘違いの情報を教員たちに伝えられたら、残り三年間の学園生活が苦しい!
それに桃源郷も見れないとなれば、最悪すぎる展開だ。俺たちはわざわざ同性愛者と発覚させるためにこの日まで努力を続けてきたことになる。
――人間、何かを得るためには見合った努力をしないといけないようにできているのよ。
ふと、そんな橋本先生の言葉を思い出す。
つまり……俺たちの努力が足りなかったということなのか? あんなに頑張ってきたのに!
心の中で嘆いていると、ドスドスと重い足音が耳に入った。間違いなく警備員だろう。
それも一つじゃない、複数の音が近づいてくる。
「ちくしょう……」
俺はもう、そう呟くしかなかった。
がくりと肩を落とし、このあとに起こる悲劇を少しでも緩和しようと瞼を閉じる。
俺の視界は絶望に包まれた心を表現するかのように、深い漆黒に染まった。
もうここから、色が変わることはないだろう。
――ポゥ。
と、考えた直後のことだった。
光が、灯ったのだ。
一つ……いや二つ、三つ、四つ……それも複数。
突然として漆黒を打ち消し始めた謎の光は重なり、俺の閉ざされた視界を輝かせていく。
反射的に、俺は目を開いた。
「!」
そして目の前の景色に、驚愕するしかなかった。
「エロ本が……飛んでる……!?」
そう、飛んでいたのだ。たくさんのエロ本が、まるで鳥のように。
……まさかさっきの光は、これだったのか!
まるで意思を持っているかのように驚愕する俺を置いて、エロ本たちは警備員に勢いよく向かっていく。
「うおっ!」
屈んで回避する警備員。
その頭上をエロ本は超え、窓の外へ。バサバサと騒がしい音を立て、地面に落下していく。
「……あーあ、最低だな。俺たち」
近くから声が聞こえる。
ハッとして辺りを見渡すと、何かを放り投げたような体制をしたクラスメイトたちの姿があった。
全員ドヤ顔を決めているが、瞳から大量のなみだをこぼしていた。
「エロ本にあんな思いをさせちまうなんてよ……」
「心から愛する相手を投げつけるなんて……」
「思春期男子……いや、人間失格だぜ……」
お、お前ら……っ!
思わず、ぶわっと瞳から涙が溢れ出そうになる。
「こ、これはッ……!」
小声だが迫力のある声。これは警備員のものだ。
それは次の瞬間、
「貴様ら! どうやってこれを持ち運んだァ!」
声は、力強さを増した。
あまりの迫力に、気を失いそうになる。
「はっ、知りたきゃ捕まえてみろオッサン!」
意識を正常にさせたのは、そんな和樹の声だった。
和樹は言い終えると同時に窓をすべて閉じ、瞬時に鍵をかけた。
警備員たちは少し遅れて窓をバンバンと叩くと、俺たちの目の前から離れていった。どうやら校舎の入り口から侵入するつもりらしい。
「「て、撤退! 撤退だああ――ッ‼」」
そのことに気づいたのか、逃げ出すⅠ組とⅢ組。
だがⅡ組は誰として動じる者はいなかった。
「陸、いいか?」
和樹が俺の方を掴み、近い距離で告げてくる。
表情はわからないけど、真剣さが読み取れた。
「やつらは俺らが引きつける。お前はどこかに身を隠せ」
「なッ! それはつまり……!」
「そうだ。オレたちはお前に託すぜ」
つまり和樹たちが囮になっている間に隠れて、警備員たちがいなくなってから解答を取りにいけというわけだ。
……けどそれは、仲間たちが危機的な状況にあったとしても、黙って見過ごすしかないということ。
そんな非道な真似……できるわけが……!
「ほら悩んでる時間はないぞ。覚悟決めろって」
ぽすん、と。軽く拳を背中に押しつけられる。
「どちらにしろ俺たちじゃ扉は開けられないしな」
今度は腹部に。
「あとは頼んだぜ篠崎」
「信じてるからよ」
ぽすぽす、と。仲間たちの気持ちが拳から伝わってくる。
勇気が、湧いてくる……!
「……これじゃ、オレが伝えることはもうねえな」
肩をすくめて言う和樹。
だがすぐに、拳をこちらに突き出してきた。
「んじゃこれだけ。――勝つぞ、陸」
「ああ。……お前も」
トン、と俺はその拳に自分の拳を押し当て、
「もちろんお前らもだ。勝って桃源郷を拝むぞ!」
「「「おうッ‼」」」
そして全員の拳が、重なった。