12.和樹、再び死す。+α
時間は過ぎ、昼休み。
「和樹、購買行こう」
このあとの作戦を再確認するため、俺は和樹をいつも行く食堂を選ばず、購買に誘った。
さすがに教室や人の多い食堂じゃ話せない。今日の日替わりメニューはけっこう好きなやつなんだけど……桃源郷のためだ。我慢、我慢。
「おうよ」
和樹も理解しているようで、購買の点に疑問を持たずに同意してくれた。
……それにしてもさすがの回復力だなぁ。二時間目にあんなことがあったばかりなのに。
「――和樹ッ!」
唐突に放たれた大声。
だがもちろん、俺が名前を呼んだわけじゃない。それに声は女の子のものだった。
そしてそれは、廊下の方から聞こえてきた。
「げっ……」
先に声の方向を見た和樹が、大きくたじろいだ。
一体どうしたんだと俺はその視線を追って、
「……小学生?」
扉の側に立っていた人物の容姿をこぼした。
そう思わせるほどに小柄な少女。桃色の髪の左右をお団子にして纏めており、あどけなさを醸し出す可愛らしい顔立ちと相まって、小動物のようだ。
……けど彼女は、報酬学園の制服を着ていた。ってことは同世代なのか? 信じ難いけど。
「こ、琴音……」
その少女のものだろう名前を掠れた声で言った和樹は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
……可笑しいな、あんな小さくて可愛い子なのに。
ロリコンのこいつからしたら、だらしない顔を作りながら大量のよだれを垂らし始める状況のはず。それなのになぜ嫌がっているんだ?
「和樹! 和樹ってば! もう無視しないでよっ」
よく聞けば、声にも幼さがあった。
そんな女子生徒(?)は、和樹に詰め寄ると服を引っ張り、こう告げた。
「――石原先生に愛の告白をしたって本当!?」
「「「ッ!?」」」
クラス全体が驚愕で揺れ動く。
うん、当然の反応だよね。というか、もう情報が広まっているのか……。
「ごふっ!」
琴音さんとやらの言葉に和樹は体を大きくグラつかせると、自分の椅子の上に崩れ落ちた。
せっかく回復してきたところだったのに……。
「まさか、それが原因なの……?」
そんな和樹に対して、琴音さんはわなわな震えて、
「あたしと別れた原因は、それなの!?」
「「「ッッ!?!?」」」
クラス全体で再び巻き起こる驚愕。
俺を含め、数人の生徒がひっくり返っていた。
わ、別れた……? つ、つまり、それは……。
「え、ええっ? 和樹っち、彼女いたんすか!?」
堪え切れなくなったのか、タイミングを伺わずに椎名は和樹にそう尋ねた。
側にいる芙蓉もまた『気になります!』という視線を向けている。
「あ、ああ中学ん時にちょっとな……」
「なッ! 中学の時だとぉ!?」
俺はあまりの驚きに、勢いよく体を起こした。
和樹を震えながら指差し、言葉を続ける。
「お前! そんな話一度も聞いてないぞ!」
「聞かれなかったしな」
平然と返してくる和樹。
だ、だって同世代は恋愛対象に含まれない時点で、彼女がいるなんて考えられなかったし。
「くそおっ! どうしてだあああッ‼」
俺はあまりの悔しさから、泣き叫ぶしかなかった。
「こんなロリコンに先を越されるなんて! 夢にも思わなかったちくしょおおおおおッ!」
「よしよし、陸っちじゃ一生無理っすよ」
「よしよし、未来永劫あり得ませんから」
「慰めろ! そこは慰めてくれよ!」
優しい声でバカにしやがって!
「へーへー! どうせ俺は一生独り身ですよ!」
「「は?」」
凄い剣幕で俺を睨む美少女たち。
「えっ、ちょっ、何? ……す、すみません……?」
……何で俺、謝ってるんだろう。
でもそうしたくなるほどに二人が怖かったんです。
「……そんなことよりも、何なの? その格好」
訝しげな顔を作る琴音さん。
彼女の視線は、和樹の顔に向いていた。
「サングラスにマスク、不審者か!」
ナイスツッコミ。
「いや、これは……」
「理由なんて今はどうでもいいの! ふざけてないで、ちゃんとした格好で話して!」
「ぐぬっ……わ、わーったよ……」
和樹は諦めたようで、自分の顔に手を触れた。
好奇心に満ち溢れた顔で、その姿を黙って見守るクラスメイトたち。確かに気になるよね。
ロリコンで二重人格を持った、常人とは絶対に言えない和樹の顔……普通に考えれば、犯罪行為を犯しそうな印象があると思うだろう。目つきが鋭かったりまたはイヤらしかったり?
やがて、バサリ、と。装飾品が取り除かれた。
露わになったその顔を見て、その場にいた全員が一斉に絶叫を迸らせた。
「「「――イケメンだああああああッッ!?!?!?」」」
そう、その一言に尽きる顔立ちだった。
日々の発言や性癖からは考えられないほどに凛々しく、美しい。アイドルや俳優が鼻で笑い飛ばせるほどにそれはもう何とも素晴らしかった。
イケメンには死をモットーとする俺たち男子だが、怒りの感情なんて浮かんでこなかった。……次元が違いすぎて、気持ちが萎えてしまうからだ。
「聞いてくれ、琴音」
「は、はい」
真正面からイケメンを目の当たりにし、元彼女の琴音でさえ緊張が伺える。顔立ちを知っているにも関わらず、こうなってしまうとは凄まじい。
……だからこそ、和樹は素顔を隠していた。このままの姿で歩いていたら世の中の女性が黙っていない。けど、こいつはそれら全員が老人に見えてしまうわけで。
結果、めでたく不審者になったわけだ。
「俺は別にババア好きだからロリっぽいお前を振ったわけじゃない。……そもそも熟女なんかに興味ねえよ。老け顔なんか誰が好むかってんだ。吐き気がするぜ」
「そ、そうなの!? てっきりババア好きなのかと」
口悪いなこいつら。
「じゃあ……どうしてあたしを振ったの?」
「そんなの簡単だ」
和樹は、にっこり笑って。
「お前もババアだからだ」
「か、和樹のバカああ――ッ!」
琴音さんとやらは泣きながら走り去っていった。
な、なんか後味悪いな……。
「和樹っちから見ると、あの子も熟女なんすか?」
椎名の疑問に、イケメン和樹はこくりと頷いた。
「当然だ。同い年だしな」
「あれ、じゃあどうしてお付き合いなんか?」
今度は芙蓉がそう尋ねた。
……というか、二人は特に和樹の凛々しい顔を見て何も感じないのかな。周りの女子たちはうっとり見惚れているというのに。
「ンなもん簡単さ。琴音がロリだと思ったからだ」
そんなことを考えていると、和樹が口を開いた。
「いや……どう見てもロリじゃないか?」
「見た目だけは、な。けど年齢はババアじゃん?」
「ってか付き合うときに気づかなかったんすか? ……それに考えてみればあの子、同中じゃないと思うんすけど、どこで出会ったんすか?」
確かに、中学では見たことない。
ということは、別の学校ってことになるけど……。
「あいつとの出会いは、小学校だ」
まさかの別組織。そして嫌な予感しかしない。
「俺がいつものように朝、登校中の小学生を校舎の木の上から物色していた時のことだ」
「は、犯罪者! 犯罪者ですよこの人ッ!」
「そんな時だった。校門前にワンピース姿の美しいエンジェルを発見したのは」
芙蓉の絶叫を気にせず、和樹は続けた。
「一目惚れだった。俺は本能の赴くまま彼女の元に向かい、話かけた。最初は驚いていた様子だったけど、その美女はすぐに笑顔を浮かべてくれた」
まぁ和樹の顔に不信感は抱かないだろう。
イケメンってやつは羨ましいな、まったく。
「彼女と恋人同士になるのにそう時間はかからなかった。本当に幸せな時間だったぜ。……真実を知るまではな……!」
和樹はギリッと悔しそうに歯軋りして、
「……あれは彼女を家に誘った時のことだ。俺はゴミ箱に貯めていた赤点のテストを片づけるのを忘れていてな。不意に見られちまったんだ」
「引かれちゃったってことすか?」
「いいやその逆だ。彼女はその酷い有様を見て、優しく微笑んだんだ。そして『あたしが勉強を見てあげるよ』と言ってくれた。……だが、あり得ない。普通に考えて中学の勉強を小学生が理解できるわけが――と考えた瞬間だった。テストを拾い上げた彼女が、問題をスラスラと容易く解き始めたのは」
そして、ラストスパートに入る。
「そこですべてを知ったんだ! 彼女……琴音がタメだって事実をな! 校門前にいたのは妹を送り届けてから学校に行くようにしているから! ワンピース姿だったのは、琴音の学校が私服校だから! ……つまりな、俺は騙されたんだ! だから別れたんだよちくしょう!」
「んー、聞いてる分にはいい子な気がするけどな」
「大事なのは中身よりも鮮度なんだよ!」
「最低ですね」
「こんなクズ始めて見たっす」
うん、これはさすがに擁護できない。
それに考えてみれば、勘違いした和樹が悪くない?
「とにかくだ。俺は――」
「「「死ぬべきだ」」」
「ごぶッ!?」
急に俺たちの視界から和樹が吹き飛んだ。
理由は、急に駆け込んできた男子生徒たちの殴打によって。見たところうちのクラスメートじゃない。
「な、何だお前ら?」
「俺たちはⅢ組、琴音様親衛隊戦闘員だ!」
「これはご丁寧にどうも……」
よく噛まないで言えたもんだ。
しかしキャラが濃いやつばっかだなこの学園は! 俺のような普通の生徒はいないのか……。
「琴音様を悲しませた罪……万死に値する!」
「加えて琴音様と付き合っていたという重罪!」
「ただでは殺さん。覚悟しておくんだなァ!」
気を失った和樹を担ぎ、教室を出ていく親衛隊。
……友達を失うのは悲しいことだけど、これで全国の小学校たちが危険に及ぶ心配はなくなるな。
覗き時の盾役が一人減るのは痛いけど、ここは黙って見守ろう。
「あ、そういえば」
その時だった。親衛隊の一人が俺の前で立ち止まったのは。
「ん、何か?」
「いや、篠崎陸という人間を知らないか? 確かこのクラスだったはずなんだが」
「ああ。そいつは俺のことだけどぶぼォッ!?」
腹部と顎に鋭く鈍い一撃。
それが高速で放たれたボディーブローからのショートアッパーだということに気がついたのは、気を失う直前だった。
な、なるほど……こい、つは……戦闘員だ……。
「お前も同罪だ。クソハーレム野郎め」
視界が真っ暗になった。




