10.翌日
翌日の朝。
いつも通り早いとは言えない時間に起き、身支度を終えて俺は寮を出た。
登校する生徒たちに混じってあくびをしながら校舎に入り、靴を履き替えて廊下に進む。
「……ん?」
その最中で、俺は気づいた。
作業員の姿がどこにもないことを。
つまり、取りつけ工事が終わったんだろう。上を見上げると、確かに天井に何かが設けられている。
眠気によってボヤけた視界じゃよくわからなかったので、確認は後ですることにした。
今日のことで、頭がいっぱいだったのだ。
俺はまだ拭えない眠気を抱きながら教室に入って、
そしてすぐに、驚愕によって目を覚ました。
……静か、だったのだ。
その理由は簡単、女子が集まって勉強をしていたからだ。それも全員が。ホント朝からよくやれるなぁ……。
それと静かな理由はもう一つ、苦痛そうに顔を歪め、耳を塞いで黙り込む男子たちによってだ。
なぜかそいつらは席じゃなく、窓際に固まっていた。
やがて、小さな叫びをこぼし始める。
「やめてくれ、朝から聞きたくない……」
「ぐぐぅ、ペンの走る音で吐血しそうだ……」
「誰か俺たちを救ってくれぇ……!」
うん、みんなの気持ちはよくわかる。
俺も朝からペンなんて握りたくないし、文字を刻む音さえ聞きたくない。……うっ、目眩がしてきた。
「あ、篠崎君」
扉にもたれかかっていると、女子の中から手が上がった。それは、俺の席に腰かけている芙蓉だった。
なるほど、男子たちが床に座っているのは自分の席が取られているからなのか。なら女子の席を借りればいいじゃないか――いや無理だよね。なんか変に緊張しちゃうもんね、女子の席って。
「ちょっとお借りしてます」
「おー」
力ない返事をしながら、バックだけ側に置かせてもらう。
……さて、それじゃ俺はどこにいこうかな。
「てりゃー」
力の感じられない声が耳に届く。
直後、ぷすり、と脳天に何かが突き刺さった。
「いって!?」
「おはよっす〜」
顔を上げた先には、ふりふり手を振る椎名がいた。
よく見れば、もう片方の手にシャーペンが握られていた。どうやらアレで刺されたらしい。
……ん、シャーペン?
「もしかして、椎名も勉強してんの?」
「うん、やっぱ真面目に取り組んでみるっす。よく考えれば五十点なんて勉強すれば取れるっすもん」
「おのれ、憎たらしいセリフを……!」
「へっへーんだ。陸っちとは出来が違うんすよ〜」
「そんなに心配だったら、篠崎君もどうです?」
いつもの俺だったらここで、うっ、とたじろいていることだろう。
けど、芙蓉の言葉に俺は特に脅威を感じなかった。逆に不思議と乗り気な自分がいた。
勉強は死ぬほどイヤだけど、この女子だらけの楽園の中でなら頑張れそうな気がすると思ったからだ。
「それじゃお言葉に甘え」
『『『殺す』』』
「遠慮しておきます」
窓際から殺意に満ちた視線をもらったので。
返答した後にそっちを見ると、それはそれは満足そうな笑顔を浮かべる男子たちの顔が。
どうやら、仲間の幸せは見過ごせないらしい。
ガラガラッ!
「おっはよー! 遅刻してる子はいないー?」
先生登場。
立ち上がり、それぞれ席に戻るクラスメイトたち。
見れば、和樹を除いた男子たちが温もりによって幸せそうな表情を作っていた。よかったね。
「そういや今日の朝、警備員さんから連絡があったんだけど……夕方、鍵をかけたはずの校舎から怒号が聞こえてきたんだって。その後に中を隈なく確認したんだけど、人はいなかったらしいの」
「「えっ……」」
ざわざわ、と不穏な空気が流れ出す。
うん、そりゃ普通に考えたら怖いもんね。
……でもよかった。Ⅰ組のやつらも無事逃げ切れたんだな。これでバレる心配はなくなった。
「ねえ何か知らない? 篠崎ちゃんと橘ちゃん」
「「知らなーい」」
先生から顔を背けて俺たちは答えた。
それにしても……何で俺たちを疑うんだろう。左右からも怪しいと言いたげな視線をぶつけられてるし、心外にもほどがある。実際俺たちだけどね!
そのあとはたわいない話が続き、HRは終わった。
声に出すと誰かに聞かれる危険があるので、俺は携帯を取り出し、メールで和樹に作戦を伝える。
少しして、前の席から頷きが見えた。
……よし、後は上手くいくように祈るだけだ。




