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友情! 努力! 欲望!  作者:
【第一章】入学! 拉致! 再会!
1/16

1.始まりは芳香剤の中で

これはバカがバカやるような、そんな物語です。

登場人物ほとんどバカです。バカです。

 春、始まりの季節。


 俺こと篠崎陸しのざきりくは、綺麗に咲き誇る桜の下をゆっくり歩いていた。


 周囲には同じ制服を着込んだ新入生たちが、表情を綻ばせながら、道の先にある建物に向かって進んでいく。


 そこは、今から入学式が行われる会場。


 俺たちが三年間ほどお世話になる『報酬学園』の一部、総合体育館だ。


 ……まぁ一部、といっても一般の高等学校の規模とは訳が違う。ほんの、ほーんの! ごく一部だ。前に調べたところだと、この学園は確か都市一つに比例するくらいの規模を誇るほどに巨大だとか。


 その理由だが、敷地内に校舎を中心として様々な施設が設けられているから、だそうだ。


 主な例を挙げるならば『温泉』や『レストラン』など、一般の高等学校には見られないレジャー施設が多く見られる。


 けど、それらは一般に利用することができない。


 学園で定期的に行われる行事。それらの定められた目標以上の成績を収めることによって、利用の許可が下りるらしい。……逆に成績が悪いと利用できないだけでなく、加えて罰を受けることになるとか。


 まるでゲーム感覚なシステム。


だからこそ、俺はこの学園を選んだ。だって面白そうだし、何より青春を謳歌できそうだ。やっぱり学園生活は楽しいものじゃないと!


 学校行事は、クラス一丸となって取り組むものが多い。共に助け合い、励まし合い……その中で深まる友情、または恋なんてものもあったりして。


「……楽しみだな」


 思わずこぼれ出した笑みを、すぐに消滅させる。


 だって、ニヤニヤしたまま歩いている姿を見られたら気味悪がられてしまうだろう。今後の学園生活に支障が出るような行為は避けなきゃいけない。


 気持ちを切り替え、やがて目の前までやって来た体育館の中に入る。


 やはり入学式というべきか、数え切れないほどに多くの生徒が集まっているにも関わらず、不思議と静かだ。


 ……何だか新鮮だなぁ。これが次の朝会にでもなれば祭り会場のような騒がしさに変わっているもんだから不思議だ。


 そんなことを考えながら、俺は自分のクラスである『1年Ⅱ(に)組』の場所に向かっていく。


 見ればクラスメイトとなる生徒たちは、もうほとんど集まっていた。……そして不運にも、用意された椅子は二つしか空いておらず、そこは最前列の中央だった。


 なんてことだ……これじゃ居眠りができないっ!


 だが嘆いてもどうにもならないので、仕方なく列の端に設けられた道を通って空席に向かう。


「――あっ、篠崎君じゃないですか」


 その途中だった。聞き覚えのある少女の声が耳に届いたのは。


 反射的に列の中へ目を向けると、そこには中でも秀でた美貌を持つ女子生徒の姿があった。


 腰の高さまである艶やかな漆黒の髪に、綺麗な紅の瞳。制服の上からでもわかる、ほどよく大きな胸。……うん間違いない。俺は彼女を知っている。


 名前は芙蓉凪ふようなぎ。知り合いなのは、同じ中学の出身だったからだ。


「……あの美少女と知り合いだと……?」

「……羨ましい……妬ましい……許せねえ……」

「……今すぐにでもスクラップにしてやりてえ……」


 クラスメイト(男子)たちに、静かな怒りが宿る。


 当然だ。異性にも関わらずあんな美少女と親しい仲と知れば、殺意に近いものを覚えるだろう。


 そう考えた直後、グワッ! と男子クラスメイトたちの鋭い眼光が一斉にこちらに集中する。


 だから俺は、同じタイミングで隣のクラスを見た。彼らの視線を釣るようにして。


 俺の……俺たちの視線の先には、学校のパンフレットに目を通す一人の男子生徒の姿があった。


 俺は見知らぬ彼の肩に手を置き、口を開いた。


「いやぁ羨ましいな。篠崎君」

「えっ?」


 びっくりして顔を上げる篠崎君(偽)。


 俺はこの後降りかかる悲劇に耐えてくれ、という意味を込めてグッと親指を突き立てみせると、彼に背を向けて歩き始めた。


「やあやあ篠崎くぅん」

「ちょーっといいかなぁ」


 背後から男子クラスメイトたちの柔らかい声が。


 だが、そこには確かな怒りが含まれていた。


「へ? いや僕は篠崎じゃないけど……」

「ははっ、面白い冗談だね篠崎くぅ〜ん」

「面白いから一発ぶん殴っていいかなぁ篠崎君?」

「いや、だから僕は篠崎じゃなくて――って、どうして拳を振り上げてるの!? 何で逃げないように押さえつける!? だ、誰かっ! 誰かああッ!」


 悲痛な叫びが後方から放たれる。


 ……まったく、運命とはなんて残酷なものなのだろうか。あの場にいたのが篠崎君(偽)じゃなければ別の誰かが篠崎君(偽)になっていたというのに! 彼が可哀想だとは思わないのか!


 思わず瞳から感情がこぼれ出しそうになるのを堪え、俺はしっかりと前を向いて歩みを続ける。


 ……そうだ、俺は運命のせいで犠牲となった篠崎君(偽)の分まで青春を謳歌しなきゃいけない。


 ごめん。そしてありがとう、篠崎君(偽)……!


「あの〜、早く前に進んでもらえないっすかね〜」


 彼のことを想っていると、背後から声が一つ。


 どうやら、いつの間にか足が止まっていたらしい。これは申しわけないことをしてしまった。


 方向から俺と同じⅡ組の生徒かな? などと考えながら、謝罪するために俺は振り返る。


 そこに立っていたのは、芙蓉とはまた別の女子生徒だった。


 蜜柑色の髪で作ったサイドテールが特徴的な彼女は、どこか小生意気さを感じさせる顔立ちをムッとさせ、こちらを睨んでいた。


 着崩した制服から大きく露出された谷間、短い丈のスカート。見た目の派手さからまるでギャルのように見えなくもない。……そしてこの女子もまた、


「……って、あれ? もしかして陸っち?」


 不運にも、中学からの知り合いだったりする。


「わはあっ、やっぱり陸っちじゃーん! おひさっ、うわマジでおひさっすー! 一緒の高校ってことは知ってたっすけど……もしかして、同じクラス?」


 一変して、満面の笑みを作る女子生徒。


 彼女の名前は椎名結衣しいなゆい。中学時代ではよくちょっかいをかけてくるやつで、


「何黙ってんすかぁ。……うりー、うりうりー!」


 俺が反応を見せないためか、ぽすっぽすっ、と腹部を小突いてくる椎名。


 そうそうこんな風にだ。いやぁ懐かしい。


「……殺す……」

「……殺す……」

「……殺す……」


 そして俺は、絶望の淵に立たされることになった。


 ……まぁ当然か。椎名も可愛いしな。


 鋭い眼光をこちらにぶつけながら、ゆっくりと立ち上がろうとする男子クラスメイトたち。加えて、他クラスの男子たち。


 お、おっと、これはマズいぞ……。


 新入生の男子全員ともなれば軽く百を超える。襲われたりすれば、一瞬で俺は木っ端微塵にされてしまうだろう。それだけは、なんとしても避けたい……!


「……椎名」

「あ、やっと喋った〜。何すか何すかっ?」

「俺たちって、結構深い絆で結ばれてるよな?」

「んー、まぁ中学時代は二年間同じクラスだったし、まあまあ深いんじゃないっすかね。……というか、いきなりどうしたんすか?」


 そう、中学一年と二年が同じクラスだったな。


 ちなみに芙蓉もそうだったり――いや、今はそれを思い返している場合じゃない。


「いいんだ。深く考えずに聞いてくれ。……つまり、俺が変なこと仕出かしても、滅多なことじゃ怒らないわけだよな?」

「はぁ、まあ度が過ぎなきゃ怒らないっすよ」

「そっか、それはよかった」


 友情とは本当に素晴らしいものだ、うん。


 しみじみそう思いながら、姿勢を低くする俺。


「? どうしたんすか、陸っち」

「動くな。ジッとしてろ」


 低い声を出したからか、ピタリと硬直する椎名。


 後で謝ることにして、俺は手先に意識を集中させる。そして短い丈のスカートを睨むように見つめた。


 ゆっくりと手を伸ばす。ここからは職人技だ。


 椎名が何か反応を見せる前にスカートの端に触れ、素早く両手を……持ち上げる!


 つまり、俺が行ったのはスカートめくりだ。


 ……けど、派手なものじゃない。本当に少しだけだ。ふわりと舞い上がるスカートは、あと少しで下着が見える――


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」」」


 ところで降下を始めた。


「「「ちくしょおおおおおおおおおおおおッ‼」」」


 絶叫を迸らせ、その場に崩れ落ちる男子たち。


 さすが思春期男子、全員がひっかかるとは。


 この誰も得しないスカートめくりは、人生の岐路に立たされた時の対処法の一つだ。男なら大半が引っかかるだろうし。


 ちなみに下着まで持ち上げないのは、被害にあった女子の好感度が落ちること間違いなしだからだ。

だから俺は、技を生み出すために厳しい修行を行った。それはそれは思い返すたびに冷や汗が、


「ひあッ!?」


 少し遅れて、椎名の叫び声が上がった。


 それによって、男子たちが意識を取り戻す。


「……ハッ! おい、あのクソハーレム野郎がいねえぞ!」

「どこ行きやがった! ちくしょうがあっ!」


 表情を険しくさせ、忙しなく辺りを見渡し始める。


 ……だが俺はもう、やつらから遠く離れた体育館の玄関口にいた。実は男子たちがショックを受けている間に、死地から立ち去っていたのだ。


 怒号が飛び交う会場に背を向け、近くに設けられていたトイレに身を潜める。これで安心だ。


『――静粛にお願い致します』


 大人の声が響く。どうやら入学式が始まるようだ。


 ここなら十分に聞こえる。何も問題ないな。


 ……それにしても、まさかトイレで入学式を迎える日が来るとは夢にも思わなかった。まぁ、でも我慢しよう。楽しい学園生活を送るためだ。


 入学式は三十分近くあるそうだし、その間にほとぼりが冷めるだろう。だって今日は入学式、怒りよりもこれからの学園生活に対する期待感が勝るに決まっている。うん、きっとそうだ。


 そんなことを考えながら、入学式の挨拶に耳をすます。


 芳香剤の香りに包まれながら、俺の学園生活はついに幕を開けた。


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