お前だけを見つめてる
プロローグ
俺自身、こんなに歳を取る時まで生きていられると言う事を考えもしなかった。今では、産んでくれた両親に感謝をしている。でも、社会の混沌を見た社会人になりたての頃。俺は、一人の奴隷に出会った。家が裕福だったために、奴隷と言う存在は、いくらでも見てきた。使い捨ての臨時物質、そこにいるのが当たり前、どこにいってもついてくる厄介物。そう考えていた。でも、彼女は違っていた。
第1章 彼女との出会い。
彼女と初めて出会ったのも、社会人になって、一ヶ月ぐらいしてからだった。彼女は、首都近郊の奴隷市場で売られていた。この国には、こんな市場があちこちにあって、年間に数百億の市場となっていた。この国の奴隷という制度は、さまざまランクがあって、それぞれに役職が決まっていた。俺が、ちょっとしたようがあって首都に出て来ていて、暇に飽かせて、そんな市場の中で、家事コーナーをのぞきに来ていた。ちょうど、彼女が競売にかけられる直前だった。俺は、彼女の顔を見た途端に、何か、いつも感じたことがない感覚が、体の中をつきぬけた。俺は、彼女を競り落とそうと思った。
「では、0127258358号の競売を始めます」
司会者が、無地の麻の上下長袖の服を着させられて、首輪をされて、素足で通路を歩かされていた。俺は、迷わずに、競売に名乗り出た。
彼女は、俺だけしかかけなかったので、すぐに、俺のところに連れてこられた。受付の所で、いろいろな手続があってから、俺は、彼女を手に入れた。悲しそうな、コバルトブルーと黄色の色違いの瞳を、こちらに向けていた。どうなるのか分からなくて、泣いているように見えた。首輪は外されたが、他は変わらなかった。
「では、これが、登録証書です。大事に保管してくださいね」
「はいはい」
俺は、生返事をして、家に帰った。
一人立ちをしてから、初めて持った家は、アパートで、2LDKだった。
「とりあえず、ここが、君の部屋。いいね?」
俺は、彼女に一つの部屋を与えた。彼女はうなづいた。とりあえず、俺は、リビングに出て、座った。テレビをつけて、何も無い昼間の番組を見た。
「あ、そうだ。夕飯つくらないと…」
俺は、彼女の部屋を開けた。彼女は、部屋の中にあったいろいろなものを、動かしていた。こちらを見て、気まずそうにうつむきながら言った。
「あ、えっと…その…いけませんか?」
「ん〜、他の人はいざ知らず。俺は、この部屋を勝手にしてもらって構わないよ。それと、何かあれば言ってくれ」
「ありがとうございます…」
「そうだそうだ。君の事はどう言えばいいかな?」
「え…どうって…」
「名前だよ」
「ああ、奴隷になる前は、静澤と名乗っていました」
「じゃあ、静澤だな」
「…はい」
彼女は、赤くなって言った。
「そう言えば、ご飯作れる?」
「作れますよ」
当然と言う口調で、憮然と言った。彼女はすぐに、ご飯の準備をして、すぐに作りきった。その間、1時間だった。
「やっぱ、早いね」
「当然です」
彼女は、あの服の上にこの家に元々置いてあった、白にピンクの何かの花があしらわれた、エプロンを着ていた。
俺は、一口食べてから、本当にこんなにおいしい飯を食べたのは初めてだと実感した。
「あ、おいしい…」
「本当ですか?」
疑った目をしてこちらを見ていた。
「いや、本当だよ」
「よかった…」
彼女は、安堵したように言った。
「私、こんなふうにしてご飯作るのって、初めてだったから…」
「講習を受けたはずだろ?」
この世界の奴隷達は、各種類によって各種の講習を受けることが義務付けられていた。静澤の場合は、家事が主任務とされているので、料理、洗濯、掃除は確実に出来るように指導がされているはずだった。
「そうですが…それでも心配になります」
その落ち着いた物腰、静澤と言う名前、俺には思い当たる節があった。そこで、彼女にそのことを問いただすことにしてみた。
「なあ、もしかして、静澤は、元々貴族じゃったんじゃないか?この世界の貴族年鑑の最上部に記載されている、王侯貴族クラスに、それと同じ苗字の人たちがいたような気がするが…」
彼女は、震えだした。
「そうです…私の本名は、静澤哉子。第47代目エミュンラ城城主になります」
エミュンラ城と言うのは、この世界がまだあちこちで戦争が繰り返し行われていた頃に作られた、比較的新しい国家だったが、この世界の経済国の中で、最も地位が高いところにいたはずだった。
「じゃあ、なんでそんなところの人が、奴隷に身を堕としているんだ?」
「謀略によって、私達の家系、初代から連綿と続いて来ていた一族は、追放されました。その結果、私達は非常に貧乏となり、売れる物も売り尽くしてから、私達を売るしかなかったのです」
「なるほどな…と言う事は、静澤の兄弟姉妹もいるはずだったな。みんなか?」
「はい。今やどこにいるか分かりません。ですが、この世界のどこかで、どのようにかして生きているはずです」
「なるほど。じゃあ、旅に出るとするか。ちょうど暇だったしな」
「え?旅って、どういう事ですか?」
「単純だよ。静澤の兄弟姉妹を探しに行くんだよ。お前に似合う服を探すから、ちょっと待ってろ」
「しかし、それは法律違反では?」
この世界における、奴隷を縛るための法律は、複数存在していた。その中で、最も権威があるとされたのは、今から1000年前に制定された、奴隷権限法だった。この法律には、奴隷が着てもいいもの、食べていい物、行動、全てが厳しく定められていた。さらに、一度奴隷に身を堕とした者については、その時の主人が全ての責任を負うとも書かれていた。
「簡単だよ。奴隷を解放するためには、奴隷権限法第38章927条に記載されている方法を取ればいいんだ。簡単に言えば、その時の主人が自由を宣言すれば、奴隷は解放される。それを、この場で行う。そのために必要な物は、ただ一つ」
俺は、合成繊維で出来た服を投げ渡した。彼女は、それを受け止めて考えていた。
「それに着替えればいい。登録証書は、解放する旨を記した文書とともに、役所に送付すればいい。それで、おしまいだよ。静澤哉子、奴隷番号0127258358番。君は、現時点を持って、奴隷と言う身分から解放し、その証人として、この俺自身を割り当てる。これで、君も一般人として生きていく事が出来る」
俺は、笑って言った。彼女は、キョトンとした表情を浮かべ、そのあと急に泣きだした。
「ありがとうございました……」
俺は、彼女にタオルを差し出した。
「泣きたい時に泣く事が、一番重要なんだ。だから、涙はこれで拭けばいい。俺は、ちょっと旅に出る準備をしてくるから」
そう言うと、部屋に彼女だけを残して、別の部屋に向かった。
それから30分後。あちこちに電話をかけて、ちょっとした約束を取り付けてから、俺は、部屋に戻ってきた。彼女は、ベットにも戻らずに、その場で眠っていた。
「やれやれ」
俺は、毛布を一枚かけてやって、そのあと、自室で眠りについた。
第2章 彼女の兄弟姉妹を探す旅
翌日の朝。俺は目が覚めた。リビングに向かうと、彼女が朝ご飯を作っていた。
「あ、おはようございます」
「おお、おはよう」
すでに机の上には、朝ご飯が整えられていた。
「すまないね」
「いえいえ、昔からの癖でして」
などと言いあっている間にも、時間は過ぎていった。
30分後には、ご飯も食べ尽くしており、旅に出かけることにした。
「じゃあ、出かけるとするか」
「はい」
俺達は、こうして、いつまでかかるか分からない旅に出かけることにした。家は、実家からのお金をつぎ込んで、その部屋だけ10年先払いと言う形で、借り続けた。
仕事は、全世界中を回りながら営業の仕事をするという事でうまく解決し、どうにか、生計を成り立たせる事に成功した。さらに、奴隷となっている静澤の兄弟姉妹を救うために、一定の資金が必要になった。そのために、とある財団に足を運ぶことにした。
「さて、書類も送ったし、あとは、資金だが…」
「この財団で、お金を融資してもらおうって言う事でしょ?」
「そういうこと。ここは、奴隷解放運動をしていて、それをするために、さまざまな人たちにお金を無利子で融資しているんだ。それに、返済期限はないから、いつでも返す事が出来る」
俺達は、その財団の本部ビルに入った。
「いらっしゃいませ」
受付嬢が、こちら側を見ながらにこやかに言った。
「連絡を入れていた、ジョナサン・クロウリエと言うものだが?」
「ジョナサン・クロウリエ様ですね。しばらくお待ち下さい」
そして、ちょっと何かをいじった後、誰かがやってきた。
「お待たせしました。財団長の、東傭黒鋪です」
「連絡を入れました、ジョナサン・クロウリエです。こちらが、元奴隷で、今は自分と旅をしている、静澤哉子です」
「お待ちしておりました。すでに、融資の方は、口座に振りこまさせていただきました。お二人で、旅をなされるのですね?」
「ええ、そうです。彼女の兄弟姉妹を探す旅に」
「そうですか。道中の無事を、遠くからではございますが、お祈り申し上げてさせていただきます。それでは、お気をつけて…」
彼は、そのまま、受付の奥の扉から再び財団の建物の中心部分へと戻って行った。
「俺達も出かけよう。この町から出て、あちこちを旅するんだ。道中の資金は心配する事はない」
「そうね」
こうやって、俺達は旅に出かけた。
財団から直接、とある役所に向かった。そこは、奴隷の情報を一元管理している機関だった。奴隷権限法によって設置された特別な機関で、全ての世界中の奴隷の元の名前と今の番号などが、すべて集められている場所だった。
「すいません、ちょっとお尋ねしたい事が…」
「はい、なんでしょう?」
にこやかに出迎えてくれたのは、美しい受付嬢だった。
「静澤と言う名前の、元貴族の人たちが奴隷になったと言う話を聞きまして、彼らの現在の場所を知りたいのですが?」
「ちょっとお待ち下さい………………」
それから、3分後。その書類を印刷してくれて持ってきてくれた。
「こちらが、その全ての住所になります。なお、静澤哉子については、奴隷解放宣言がなされて、現在では一般人の身になっています。彼らの祖父母は、既に亡くなっており、父母が、細々と生計を成り立たせている状態ですね」
「ありがとうございました」
その機関の建物から出ると、静澤が泣いていた。
「どうしたんだよ、一体」
「なんで…こんな私の為に…一生懸命になってくれているのか……」
「なんだ、そんな事か。決まってるだろ?俺は、お前に惚れたんだよ」
俺は、言った後で一瞬後悔しかけた。しかし、彼女は、俺を後悔させるようなことはしなかった。
「惚れたって…そんな、突然そんな事言われても…」
「会った瞬間に、お前が好きになっちまったんだ。まあ、普通に言えば、一目惚れになるな」
「一目惚れって…」
「まあ、そんなものだよ。だから泣くなよな。じゃあ、これからが、本当の旅の始まりだ。覚悟は出来てるよな?」
俺は、彼女に確認した。彼女は、涙を拭きながら何度もうなづいた。
書類によると、哉子の弟にあたる、静澤馨が、首都の近くにある、缶詰加工場で、働かされていると言う話だった。労働用奴隷として、24時間働かされているらしく、労基署も、黙って見過ごすわけにはいかないと言う事だったので、度々、ガサ入れがはいっていた。しかし、それでも止めることはなかった。
その加工場に入り、俺達は、馨の番号を言った。
「0102987234号ですが、いますか?」
「ええ、奴隷長をしていますね。ちょっとお待ち下さい」
そう言うと、受付の人は、壁の向こう側へと引っ込んだ。そして、出てきたのは、社長と本人だった。
「姉さん!」
「馨ね、元気そうで何よりよ」
「それで、ご用件と言うのはなんでしょうか?」
社長が俺に対して聞いてきた。
「彼を買いたい。言い値で買いましょう」
俺は、小切手を準備していた。社長は、笑いながら言った。
「彼は、この工場で働いている全ての奴隷達を束ねる奴隷長として勤務しています。これは、奴隷権限法に記載されている、奴隷の中から選ばれた者がなれる一般的に名誉職と言われている分類になります。そのような者を、易々と逃す事は出来ないでしょう」
「それは残念ですね。では、こちらも実力行使に移させてもらう事も考慮の中に入れさせてもらうと言う事をいわなければなりませんね」
「どういう事ですかな?」
社長は、顔全体をみれば笑っているように見えたが、体全体からは、怒りの炎がはっきりと見えるようだった。
「この工場は、労基署から何度も捜査が入っていますね。奴隷権限法に書かれている購入者の権限から逸脱していると言う事で」
「それで?」
「私には、労基署の友人がいましてね。一声かければすぐにでも飛んで来るでしょう。それこそ、立身出世の大チャンスです。逃す事はないでしょうからね。それでも、あなたは売らないと言うのでしょうか?」
「……いくらならいい?」
「いいましたでしょ?あなたの言い値で買わせていただくと。それと、もう一つ条件があります」
「なんなんだ?」
「奴隷達の早期解放、つまり、一般人にしてもらうことです」
「それとこれとは別問題と思うが?」
社長と俺との激しい口論の横で、久し振りに出会った姉弟の、これまでの四方山話談を聞きながら、一歩も引かない男同士の戦いが激しい火花を散らせながら行われていた。
「そう取ってもらっても構いませんが、それでよろしいのでしょうか?今度労基署から手入れが入ったら、この加工場は、法律に基づいて封鎖されます。無論、あなたもそのうちのひとりになるのですよ。それでもいいと言うのであれば、どうぞ。私は止めはしません。だが、彼は買わせていただきます」
「分かった、分かった。言うとおりにしよう。彼は持っていってもらって構わないし、労基署からにらまれている事はすべて法律に基づいて処理をする」
「そのような軽い事では本当はいけないと思うのですがね。ですが、いいでしょう。しかし、私がまた来た時に、このような状況が続いているようだったら、その問は躊躇無く労基署に通報します」
俺は、馨を連れて、加工場の敷地の外に出た。
「で、僕をどうしようと言うのですか?」
「俺が資金援助を受けている財団は、奴隷解放運動をしている。ここで、それを法律に基づいて行う事にする」
「つまりは?」
「お前を自由の身にするという事だ。お前にとってどうか分からないが、これは、正式な手続きによって正当な理由をもった、正当な所有者が、その当人の一存で決定する事になっている。だから、お前にはそれを決定する権限はないんだ。それに、お前のお姉さんも、お前が奴隷と言う身分から解放されることを願っている」
「姉さんが?」
馨は、哉子を見上げた。哉子はうなづきながら言った。
「その通りよ。私もあの時からずっと奴隷としてあちこちを売り歩かされて続けた。でも、この人と会って、初めて夢を実現することが出来たの。私達の家を再興すると言う夢がね。だから、馨も、奴隷と言う身分から解放して、私達の家の再興を手伝って欲しいの」
「姉さんがそんなに言うなら…でも、本気でそう考えてるの?全国に散らばっていった兄弟姉妹、総勢7人いるけど、全員集めて、再興することが出来ると考えてるの?相手は、世界の軍事力の半分を持っていると噂されているほどの権力を持っている人物なんだよ?無理に決まってるじゃないか」
「無理と言わずに、君の姉さんに、まずは挑戦させるべきじゃないのかな?それから後悔したかったら、後悔すればいい。だけど、やる前から後悔を言うようじゃ、それは単なる腰抜けだとしか言いようがない」
俺は、少しひどいと思いながらも言った。彼は、ムッとした表情を浮かべて、言った。
「分かった。じゃあ、受けようじゃないか」
「そうか、じゃあ、哉子が証人になってくれ。静澤馨は、現時点をもって奴隷から解放する。最初は、俺の実家にいてくれ。そしたら、身の保障が出来る。君達の兄弟姉妹を全員救出してから、君達の家の方に向かうことにしよう」
「…はい」
そして、馨は、ここでそのまま実家に行かせた。手紙をもって行かせたから、不審者として告訴されることはないだろう。
俺達は、こうやって、順調に彼女の兄弟姉妹を解放していった。そして、その目的が達成された時、再び、最初の家に戻っていた。
第3章 結婚、そして復活
俺は、久しぶりの家で、中がどうなっているか気になった。
「1年ぶりか。この家に帰ってくるのも」
「ええ、そうね」
俺のすぐ横には、哉子が立っていた。この旅の間、ずっと一緒に行動していた彼女に対して、前に言った、愛よりも深いような、そんな感情を抱いていた。
「うわ…」
「これは、掃除が必要ね」
部屋の中には、ほこりが堆積していた。ちょっと歩くだけで、ほこりが舞い上がった。
「とにかく、窓を開けて…」
「はいはい」
ドアについているポストを確認すると、いろいろな手紙が突っ込まれていた。
「えっと…奴隷解放確認書類だな。どれもこれも、もう済んだ事だ。とにかく、部屋の掃除と、この手紙の分類が必要だな」
「それだったら、私がしますよ」
「そうか、じゃあよろしく頼むよ」
俺は、そう言いながらも、彼女にそのことを言い出すタイミングを見ていた。
一通りの掃除が終わり、とにかく、住める状態になった頃、俺は、そのことを彼女に言った。
「なあ、好きな人とかって、いるのか?」
「奴隷に身を堕とす前は昔はいましたが、その人は別の人と結婚しました。いまじゃ、あなた以外の人を信用する事はできません」
彼女は、笑いながら言った。
「じゃあさ、これ、受け取ってくれるか?」
それは、俺が彼女に内緒で買ったものだった。小さな青い箱にしまわれたそれは、彼女を驚かすには十分過ぎた。
「これって…もしかして…」
俺はうなづいて言った。
「こんな俺とでよかったら、結婚してくれないか?」
彼女は、どういう反応を示したらいいか分からないようだった。
「…はい。いいですよ」
彼女は、精一杯の笑顔を作り、俺に抱きついた。
「私の愛しい人」
そう、改めて言われると、恥ずかしかった。
翌日、俺達は、先に役所の方に婚姻届を出した。それから、俺の実家に向かった。
「哉子の父さんと母さんは、すでに、俺の実家についているはずだ。何事もなければ、そのまま、お前の実家に向かって、明け渡しを要求する事になる」
「何から何までありがとうね」
「いや、大丈夫さ」
俺は、こうして久し振りに実家に帰った。
そこは、周りが田畑で覆われた静かな村だった。その中央に位置しているその城が、俺の実家だった。
「ただいま帰りました」
「ジョナサン。ようやく帰ってきたのね。最初は何事かまたやらかしたのかと思っていましたよ」
「昔とは違うよ。いまは、妻もいるし、家もある。昔のように、放蕩息子とは呼ばさないよ」
「そうかもね」
出てきたのは、俺の母だった。突然押しかけてきた見ず知らずの子供達を、俺の手紙をもっていると言う理由で、居候していたのだった。
「すいません。私の兄弟姉妹が世話になりました」
「あらあら、ジョナサンがいっていた妻って…」
「ああ、俺の横にいる、静澤哉子だ」
「どうも、はじめまして」
「はじめまして。ジョナサンの母です」
「はいはい。とにかく、帰ってきて早々だけど、ちょっと出かけるから」
「どこに?」
「みんな引き連れて遠足だよ」
そう言うと、哉子の兄弟姉妹父母、みんな揃って俺達は、旧静澤家領地に向かった。
そこは、さすがに王侯貴族の貫禄がある土地だった。
「すっげ…」
俺のような、辺境に封じられた貴族達には遠く及ばない大きさだった。広さは、首都の総面積ぐらいの敷地があり、今いた場所から遠く離れた所に、これまたでかい城がそびえ立っていた。
「あの中に、そいつがいるんだな」
「ええ。そうよ」
俺は、とりあえず礼儀正しく門番に、ここの現領主と会いたい旨を伝えて、門の所でちょっと待った。
そうすると、遠くの城のところへ来るように言われ、車に乗り込んで、城のところまでつれて行かれた。
遠くから見たところででかく見えたのに、近づいて、さらにその大きさに驚いた。首都にそびえ立っているどの高層ビルよりも高く見えた。
「どうぞ、お入りください。なかで、領主がお待ちです」
そう言うと、中に入り、今の領主が上から降りて来るのを待った。
「お待たせしました。ジョナサン・クロウリエさん。自分が、この城の現領主、第48代目城主フランチェック・キリギウスです。どうぞ、お見知りおきを」
そう言うと、俺の目の前に歩み寄り、言った。
「さて、本日はどのようなご用件ですかな?」
「おまえ自身が謀略によって奪い取った、その領主の座を取り返しに」
そう言い切ると、キリギウスは、笑いながら言った。
「巷では、そう言われていますが、自分自身としては、正式な手続に則って、城主を追放したのです」
「どのような手続だ?」
「ここに封じられた時、当時の皇帝との条約によるものです。現皇帝陛下についても、同様の条約は、世代を超えて、締約を続けられています。つまり、現在も有効です」
「その内容は?」
「城主が、20歳になるまでの間、結婚をしない場合は、城主としての世襲権は消滅し、城主補佐官に対し権利は委譲される」
「なるほどな。哉子達は、一番下の妹で何歳だ?」
「19歳10ヶ月」
「…ぎりぎりだな。ちょっと、待ってくれ。その権利は、世襲権を有する全ての城主の血筋に有効なんだろ?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、成立だな」
「どういう事だ。何を言っているんだ?」
徐々に、キリギウスの表情が変わってきた。それと同時に、丁寧な口調から、殺気立った顔つきになってきた。
「俺には弟がいる。今年で18歳になるのだが、誰とも結婚をしようとしない。だから、こちらも大変なんだ。まあ、長男である俺はいるのだが、それ以外でも、お世継ぎは欲しいのが本音だからな」
「まさか…そいつらを…」
「そう言う事だ。お前が実権を握った時、哉子だけが20を超えたのだろう。それをもって、城主を交代し、全ての権限を手中におさめようとした。だが、一つ気付かなかったのは、全ての世襲権を有する人たちが20を超えないと、それは有効ではないという事だ」
俺は、そう言うと、実家に電話をかけて、弟をこちらに来させた。
1時間ほどした時、弟がやっとやってきた。
「どうしたんだ。急に呼び出したりして。今忙しいんだが…」
「お前、結婚相手がいなかっただろ?」
「独身の方が楽だから、結婚する気が起きないだけだよ」
「たとえ、上級貴族だとしてもか?それも、王侯クラスの」
その言葉にちょっと心が動いたように見えた。
「な、悪い話じゃない。ちょうど、その相手はここにいる。二人で話し合って決めてくれ。俺達は何も言わない」
そう言うと、哉子の一番下の妹で、彼女達の末っ子になる、静澤峰を弟の前に連れてきた。
「ゆっくりと」
そう言うと、俺達は、二人を外に放り出してから、扉を閉めた。
「後は、当人達がどうにかしてくれるだろう。さて、キリギウスはどうする?」
本人の方向を向きながら言った。キリギウスは、歯を食いしばりながら言った。
「貴様ら、後で憶えとけよ…!」
それだけいうと、すぐに上へと帰っていった。
翌日、弟と峰は婚姻届を役所に提出し、ふたたび、静澤家が第49台目城主として、復権した。
「おめでとう」
俺は、弟と峰の新婚さんに対して言った。
「ありがとうございます」
彼女は笑っていた。俺は、妻となった哉子と一緒に、城から出た。
エピローグ
それから10年が経った。俺達は、結局、最初に住んでいたアパートで住んでいた。
「何事もなく、10年が経ったか」
「おとーさーん」
息子が、俺の足元にしがみついてくる。哉子は、台所で、食器を洗っていた。
「結局、幸せって、こんなのかもな」
「そうかもね」
哉子は、笑っていた。
「弟達も、立派に暮らしているみたいだし。そう言えば、キリギウスはどうしたんだ?」
「国外追放処分らしいわ。それよりも、もうそろそろ、夏休みよ。里帰りでもしてみない?」
「里帰り?実家に帰れっていうのか?」
「そうよ。久し振りにね。いいでしょ〜」
「そうだな…久し振りに行くか。この夏休みにな」
1週間後。勤めていた会社が1週間の夏休みになったのと同時に、哉子の実家と俺の実家の両方に帰ることにした。
「どう?その後は」
俺の実家に3日間いた後、哉子の実家に出向いた。
「何事もないわ。私たちが統治しているこの領地内での奴隷は全員解放させ、手に職がない人たちの為に、訓練所を設立させたの」
「それは、とてもいい事だと思うね」
そこにいたのは、久し振りに見た、東傭黒鋪だった。
「お前、まだ生きていたのか」
「ああ、活動の本拠地を、ここの敷地内に変えたんだ。今では、財団の方に、資金援助してもらっているほどだよ」
「元奴隷達は、その苦しみを一番わかっているからね」
「そう言う事だ。さてと、事務所に帰るとするよ。またいずれで会うかもな」
それだけいうと、彼は帰っていった。
「でも、やっぱりここって、落ち着くな」
「懐かしいっていう事?」
「ああ、弟と峰が結婚したのが10年前。俺と哉子が結婚したのも10年前」
「時間が経つのは早いねー」
「いやな事も、楽しい事も、疎ましい事も、恨んだ事も、時は全てを忘れ去らせる。何事もなかったかのように、全てを包みこむ」
そう言うと、俺達は、城のすぐ後ろにある庭に出た。そして、空を見上げた。
「何もないところに、愛が生まれ、人が生まれ、次の世代に受け継がれて行く。それって、素晴らしいことだよな」
風が、気持ちよく吹き抜けていった。
「ええ、そうね」
風の先を知る人は、誰もいないが、俺達の人生の先を知る人も、同じように誰もいなかった。だが、俺達は、何事もなく一生を終える事ができる。その信念が、俺達を無事にここまで成長させた原動力にさせたと思う。人には、何か信念があったほうがいい。それは、その本人に、いいことも悪い事もうまくさばける技術を持たせてくれるからだ。
数十分ばかし、俺達は外に出ていた。陽がかげってきた。
「…もうそろそろ入りましょうか」
「ああ、そうだな」
そうして、俺達は、城の中に入り、また新しい時の流れとともに、生きて行くのだった。