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午前5時、サンタクロースの死骸

作者: 式十

 クリスマス明けの火曜日。燃えるゴミの日だ。

 玄関のドアを開けると、まず研ぎ澄まされた空気が頬に触れた。こたつの中で眠った後の身体を冷やすには、丁度良い冷たさだ。ぐいっと伸びをしようとすると、身体のあちこちが軋んだ。いつの間に俺の身体はロボットになっていたらしい……なんて、面白くない冗談が思い浮かぶ自分の頭が嫌になる。

「あー……痛ぇ……」

 どうせ頭痛にやられてるからだ、頭痛が悪い、とやや無理がある責任転嫁をして、ゴミ袋片手にのそのそと歩く。歩みはいつも以上にトロかったが、ゴミ捨て場へは数分もせずに辿り着いた。


 網の中に収まったゴミ袋達は、揃って某有名チェーン店のロゴをうっすらと浮かばせている。その中に安い惣菜屋のパックばかり詰まった袋を置くというのは、少し悲しくなるものだ。……主にゴミに感情移入してしまうほど酷い、自分の現状が。

 つい最近、大きなミスをやらかしたせいでバイトをクビにされた。一応新しいバイトの面接には行ったが、結果はまだ分かっていない。友人にはインフルエンザをうつされたし、初めて出来た彼女はクリスマス直前に身勝手な理由で俺を振った。どれもこれも酷い。だが……

 一番酷いのは、ゴミの山に埋もれる様にして潜んでいた何者かと、目が合ってしまった事だ。

「……おい、あんた。そこで何してる」

 返事はない。薄い呼吸音が聞こえるだけである……いや、正確には何か喋ったらしいのだが、聞き取れなかった。

 通報しようとしていたのをやめて、ゴミ袋を退かしていく。そして人物のはっきりとした姿を見て、俺はどきりとした。

 赤い帽子。所々にファーがついた赤い服。いくつもの皺が刻まれた、苦しそうな顔。

 ゴミの山の中にいたのは、世間一般で「サンタクロース」と言われる奴だった。


「おいおっさん、大丈夫かよ」

 しかし俺はサンタさん、とは呼ばない。そんなのを信じられるほど、夢と希望に溢れた生活をしていなかったからだ。

 サンタクロース、もとい赤い服を来た不審者は、微かに震える手で何かを差し出してくる。それはクリスマス仕様のラッピングがされた、長方形の箱だった。ラッピングの上から、「たなか みゆちゃんへ」と書かれたシールが貼られている。

「……よく、見つけてくれたな……ありがとう……君が……次のサンタクロースだ……」

 声を出したので力を使い果たしたのか、不審者は静かに目を閉じた。自分はバカだったが、それが何を意味するかははっきりと分かった。

 要するに、このおっさんはたった今死んだのだ。


 俺はおっさんの上にゴミ袋を置き直して、何も言わずゴミ捨て場を後にした。ただ、何故かプレゼントはしっかり受け取っていた。



 俺は昔から、夢も希望もない暮らしをしてきた。ガキの頃は小さな家でクソみたいな親に育てられ、夜間の高校に入学したらすぐに家出したし、死に物狂いでバイトに精を出した。実家での暮らしも、家賃が安い……つまりボロいアパートの小さな一室での暮らしも、常にギリギリだった。今だってそうである。

 ……「プレゼントなんか受け取りやがって、あのおっさんを殺したなんて言われたらどうする」。そう怒鳴る自分がいた。だが、「これをもらえないせいで希望のない一日を過ごす子を放っておけるか」、と叫ぶ自分もいた。

 悩まなくても答えは出ているハズなのに、悩む。

 ……そうして何分か突っ立って考えた結果、俺は家に帰らずにプレゼントを渡す事にした。

 たなかみゆ。見覚えはないが、聞き覚えのある名前だ。確か、俺と同じクソみたいな親から虐待を受けてるとか何とか言われていた子だった気がする。同じアパートにいるのは確かだろう。



 ……で、幸い田中という名字の人がいる部屋は一つしかなかったため、すぐさまそこに向かった。

 玄関の前に立つと、怒鳴り声が耳に刺さる。それでも……いや、だからこそ、インターホンを鳴らした。

「……何なんですか!?今忙しいんです!!」

 ぼさぼさの金髪。黒いジャージ。やや肥満体型。中から出てきたのは、(人の事は言えない身だが)だらしない格好をした20代の女性だった。間違いない。彼女がみゆちゃんの母親だろう。

「あなたのお子さん宛の荷物があります。俺はそれを渡しに来ました」

「うちの子に……不審者ですか!?通報しますよ!?」

「だったら児童相談所にあなたの事を通報しますが、それでいいですか?」

 不細工な顔を睨みつけると、あれほど甲高い声で喚いていた母親が水を打った様に黙り込んだ。

「えーと……みゆちゃん!どこだ?」

 俺はその前を通って部屋の中に入り、みゆちゃんの名前を呼ぶ。

「だれ……?」

 彼女はリビングの隅にうずくまっていた。まともに世話をされていないのか、身体はガリガリに痩せ干そっていていて、目には恐怖と諦めの色が浮かんでいる。

「遅くなったけど、いい子にしていた君にプレゼントだ」

 俺は少しでも怖がらせない様みゆちゃんの前にしゃがみ込み、ラッピングされた箱をそっと手渡した。

「あ……」

 一日遅れのプレゼントを受け取った彼女は、呆然と手に収まったそれを見つめていた。

 俺は立ち上がる。仕事は終わったのだ。これ以上、ここにいる理由はないだろう。

「あのっ……」

 だが、呼び止める声がしたら、まだここにいなければならない。かつて俺が経験した様な、地獄の縮図に。

「……何だ?」

 みゆちゃんはやや迷う素振りを見せた後、俺を見上げてこう言ったのだ。

「ありがとう……サンタさん」

 ……その目には、確かな希望の光がひとつ。

 それは「俺がここに来た意味があったのだ」と、確信させる光でもあった。

「どういたしまして」

 今度こそ、俺は部屋を出た。


 そして二つ下の階に降りて、自分の部屋に戻ろうと玄関を開けた時……


「やぁ。面接の話だけど、合格だ。これからは、立派にサンタクロースの一員として働いてもらうよ」

 目の前には、黒いサンタの格好をした女の子がいた。

「は!?」

「いやだから、この間面接に来たでしょ。実はあそこはサンタ会社の日本支部なんだよね。で、ボクは支部長。面接だけじゃあキミの事は分からないかなーと思って、死にかけのサンタを作って試した訳。いやはや凄い、凄いよキミ。次期支部長の座もあげられそうなぐらいだよ……さて」

 どこから突っ込もうかと考える俺の顔に、赤い服が投げられた。

「それ、制服。サンタってクリスマスが終わっても仕事はたくさんあるし、明日から宜しくね」

 言いたい事だけ言って、サンタ会社の支部長様はさっさと部屋から出ていく。

「……マジかよ……」


 斯くして俺は、夢も希望もないサンタとなった。

 気分はまぁ……悪くない。

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