美術準備室の二人
ほんのりBLになっています。苦手な方はご注意ください。
「いってっ」
対面して座ったキズだらけのハーフのイケメンに、コウジは眩しいものを見るように目を細めた。
一限目はとっくに始まっていたが、二人は美術準備室というやや埃っぽい狭苦しさ溢れる閉鎖空間に居た。
見た目のキズは擦りキズ程度で大したことはなさそうなので、コウジは創傷用の消毒液をシュッシュと彼に吹き掛けていたのだが、思ったより染みたようだった。
ハーフでイケメンの彼は、コウジの親友の浩司だ。消毒液の噴霧をキズ口に受けて苦悶する浩司の表情は、平坦な顔がベースの日本において、国宝ともてはやされても過言ではないと思いながら、コウジは消毒液の噴霧を続けるのだった。
「あ、ああぁー!」
浩司の切なく甘美なあえぎ声に、ぞろりと並ぶ彫り深い塑像たちが、「つめたい!」とデッサンする者に絶賛大不評の白い眼を向けていた……とかいないとか。
「せっかくタイプのコが告白してくれたのにがっつくから……」
「なっ!?」
浩司のキズの手当てを終えたコウジは、彼がやんちゃしてしまうきっかけになった公開告白をしてきた女子生徒のことを彼に思い出させる。
浩司はハーフでイケメンということで、かなりモテモテで頻繁に女の子たちからのアプローチを受けてきたのだが、彼の小学校からの親友であるコウジが知る限り、彼女たちからの告白に彼がOKを出したことは今までにないことだった。
これまで告白をしてきた女の子たちは、ハーフでイケメンの浩司に告白するだけあって、校内のアイドルやティーン誌の読モといった、なかなかのスペックを備えたコたちばかりだったのだが、前にコウジが自分家の店で売れ残ったアダルティな雑誌を友情の証として提供しようとしたところ、くたびれた表紙に載ったセクシーなねーちゃんを見るなり、両手のひらで顔を覆って白い肌を桜色に染め、プルプルふるえるほどピュアな浩司だったため、イケイケハイスペックな彼女たちからの一対一でのラブ告白に気圧された彼の首はギチギチのギブスをはめたように固くなり、縦に振れることはなかったのだ。
ハーフでイケメンの浩司なのだが、彼のタイプは一貫して「地味でおとなしいコ」なのだ。
が、しかし、彼に告白してきたハイスペックを備えた彼女たちは、もともと地味でおとなしいコたちばかりだったのだ。ところがある地味っコだった女の子の一人は、学校に遅刻ギリギリに着こうとしたところ、慌ててうっかり自転車ドミノを発生させてしまったときに、部活の朝練を終えた浩司が目敏く気づいて、彼女の前に駐輪所の横にある花壇を華麗に飛び越えて現れ、「オレに任せな!」と彼女が遅刻しないように、端から端まで倒れてしまった自転車を起こしてあげたり、また、ある地味っコだった女の子の一人は、廊下に落ちていたバナナの皮を踏んで転びそうになったところを、すかさず腕を伸ばした浩司に奇跡的にキャッチされて、「ケガはねーか?」と顔に息がかかるほどの近さでささやかれたものだから、地味っコだった女の子たちは、ものの見事に一瞬で恋に落ち、何と言ってもハーフでイケメンの彼と釣り合う女になるべく、ある地味っコは黒縁の眼鏡を外し、またある地味っコは三つ編みおさげを解き、そんなこんなで地味っコたちは筍の皮をむくように、一枚一枚地味と思われる皮を脱ぎ捨て、膝下だったスカートとの裾を折り上げて、明るく積極的な女の子たちへと、華麗な変貌を遂げて、結果的に彼女たちは校内のアイドル的存在になったり、街でスナップされて、ティーン憧れの雑誌に載ったりとハイスペックを備えていったのだ。
そしてハイスペックを備えた彼女たちは浩司へのアプローチが不発に終わっても地味っコへと戻ることはなく、自由に飛び回れる羽を手に入れた蝶のごとく、したたかに次の花へと飛んでいくのだった。
浩司の隣に居ることが多いコウジは、このことをまあまあ知っているので、純粋無垢なキラキラハーフのイケメンの笑顔を見ていると、たまーに残念な気持ちになってしまうのだが、まあ、いいか、と流すようになっていた。
だが今朝の公開告白をしてきた女子生徒は地味でおとなしいを絵に描いたようなコで、自信もなさげで玉砕覚悟と思えてコウジは何か腑に落ちない気持ちでいた。
好きな人に会うのなら、鏡の前で入念に身だしなみのチェックをするのが普通で、彼女の強風に吹かれた後のような崩れたおさげ髪や、よれてしわのある制服、それに左右で長さの違う靴下を履いていたことも気になるところだった。
公開告白という手段を選ばないといけないような、何か切羽詰まった理由があったのだろうか? と、コウジは女子生徒の公開告白に何とも言いようもない違和感を感じていたが、大勢の生徒たちからの注目を集める中、ハーフのイケメンとして女子生徒たちから人気も高い男子生徒への告白をしたという彼女の勇気に、心をグワリとつかまれてもいた。
あれくらい、自分にも度胸があれば……、コウジはそっと、心の中でつぶやくのだった。
「イマカノいないって言ってたけど、それって、今は彼女いないって意味?」
「んー、おう」
ふと、コウジが聞くと浩司は何気なく答えた。
「今は、ってことは、前はいたって感じに聞こえるけど、いつか彼女、いたことってあったけ?」
「……う!?」
コウジは浩司のキズを抉ったようだった。ハーフでイケメンの彼は、その場にしゅーんとしゃがみこんでしまった。彼のキリリとシャープな人差し指が、木製のタイル張りの床の溝をなぞり、あみだを始め出している。
コウジは少しの間、他人には見せない切なげな目で彼の姿を見おろしていたのだが、そっと彼から背を向けると、窓際の流し台の横のスペースにノートから切り取った一枚の紙を置いて、ずんぐりとした背中を窮屈そうに丸めた。そして左手に芯先を少し出し気味にして丁寧に削ってある2Bの鉛筆を持つと、紙の上をカリカリと走らせていった。
「はい」、とコウジは一枚の紙を浩司に差し出す。
未だにいじけ気味の浩司はしゃがんだまま警戒気味にコウジの顔を見上げると、コウジの不器用そうな、柔らかで太めの手に持って差し出されている一枚の紙にそろそろと視線を移した。
筆圧の濃い角ばった文字が整然と並んでいる。
「反省文、隣に居たのに、止めなかったおれにも責任あると思うから。これ、写して」とコウジは言う。
コウジは浩司と身長は同じくらいなのだが、浩司よりも横幅があり、割りとガッチリした体格をしている。そのため、これまでのコウジは、浩司がハーフでイケメンで女子生徒たちからモテモテという一面を面白く思わない男子生徒たちから因縁めいたものをつけられて絡まれることが少なくなく、子どものころから喧嘩っぱやかった浩司が相手の挑発に乗って向かって行こうとするのを、とりあえず冷静ぬるように、相手との間に割り入って、力ずくで止める役割を担ってきたのだが、今朝は珍しく、コウジは相手へはっきりと攻撃の色を見せて進んでいく浩司を止めることなく見送ったのだった。
それは、今朝いきなり浩司に告白をしてきた女子生徒の為に、彼が本気で怒っていることが伝わってきたからだ。
ーー自分の為ではなく、人の為に本気で怒れる……おれのときもーー
コウジと浩司が仲良くなったのは、二人が同じクラスになった小学校四年生のときだった。
コウジが休み時間になっても一人で席から動かずにいるところに浩司がやってきて、同じ名前だから仲良くしようと声をかけたのだ。
浩司は物怖じなく、活発で明るい性格で、クラスのみんなに人気があり、友達も多かったので、コウジの目には彼はキラキラとまぶしく映っていた。ややもすれば、人見知りで周りに親しい友達もなく、少しぽっちゃりとしていたコウジにとって、同じ名前というだけで親しげに話しかけてくる彼は、コウジ自信に卑屈な感情を抱かせる存在になりかねなかった。
何かとコウジを構ってくる浩司に、コウジは始め「そう」とか「へー」と素っ気ない態度をとり、あまり彼に自分から関わろうとはしなかった。
ーーだけどーー
浩司はクラスの男子生徒数人相手に一人で喧嘩を起こした。
理由はコウジのことをからかう声をその男子生徒たちから聞いたからだという。
コウジの家は酒やたばこを売る小さな店をしていた。
店ではちょっとした日用品の他に、成人男性向けの雑誌も扱っていた。
コウジはそのことでからかわれるのは仕方ないと諦め、何を言われようと聞かないことにしていたのだが……
浩司は違った。
「ダチが悪く言われてんの、黙って聞いてられるか! あいつら、お前のことよく知りもしねーで!」
頬を赤らめ、肩でフーフーと息をして、興奮おさまらないといった彼の、自分ではなくコウジをからかって悪く言ってきた男子生徒たちを睨みつけるキッとした碧い眼を、コウジはわすれない。
コウジはそれまで浩司が自分に構うのは気まぐれで、よく相撲を取ろうと誘ってくるのも、他の友達よりも、自分の体型がぽよんとしていて面白いからだと思っていたのだが、自分がちゃんと友達の数にカウントされていて、興味を持って彼なりに自分のことを知ろうとしてくれていたんだと思い知らされ、ぶわぁっと胸を熱くしたのだった。
そして今朝、コウジは浩司の女子生徒(その場にはもう居なかったのだが)を守る行動に、じんっと心が揺さぶられ、感動し、とても止める気にならなかったのだ。
で、ぼこぼこにやられる浩司をコウジは細めた目で見守り続けたのだった。自分は良い親友を持って幸せだと思いながら……
それでコウジはキズだらけになった浩司にせめてもと、今朝の騒動のペナルティーとして、彼が提出を課せられた「反省文」を代わりに書き上げ、差し出しているのだ。
パアッと浩司の顔が輝く。
コウジはやっぱり、まぶしいものを見るような目で、親友の顔を見つめるのだった。
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