意識
ーーいつからだろう、人の視線、声が気になりだしたのはーー
「アイツらいつも一緒にいるよな」
「デキてんじゃね?」
ーーひるんだーー
「ザラメちゃん、待って」
ーー私の少し後ろを、トコトコついてくる「トーコ」ーー
ーー小中高、いや、幼稚園のときからトーコとはいつも一緒にいたーー
「待って、待ってよぉ」
親友の少し大げさに聞こえる哀切の声に、ザラメは仕方ない、といった感じで歩く速度を緩めた。いつの間にかはや足になっていたようだ。振り返ってトーコを待つ。
トーコは少し癖のある髪を二つに分けて結び、おさげを肩にのせている。ザラメがもう、ずっと前から見てきている変わらない親友の髪型だ。ザラメはというと癖のない髪を少し長めのショートカットにしている。
ザラメは少し呆れたような目で、自分を追ってついてくるトーコを、首を少し斜めに傾けて見留た。
ザラメの身長は決して高いといえるものではないが、高校生になっても未だ小学生と間違われるトーコなので、ザラメは自然とトーコを俯瞰して見ることになる。
「ちょっ! トーコ!」
「ふぇ?」
とぼけた声を出すトーコに構わず、ザラメはトーコのスカートのプリーツのひだを慌ててつかんだ。
あり得ないという表情をするザラメだが、同時に四時限目が体育だったことに思い至る。一人でさっさと購買へパンを買いに向かう自分の姿を見て、慌てて追ってきたトーコのことだ、きっと急いで体操着から制服に着替えたのだろうとザラメは合点した。
トーコはスカートの左側面についているウエストのホックだけを留め、ファスナーを閉めわすれていた。ぱかりと開いたファスナーの口からは、スカートの中に仕舞った白いブラウスの裾がチロリと出したベロのように見えている。
ザラメはつかんだトーコのスカートのひだを少し持ち上げ、ファスナーを上げようとした。
ーードキリーー
ザラメのトーコのスカートのひだとファスナーをつかむ手が止まる。次の瞬間、パッと、手を放した。
「チャックぐらい、自分でしめな!」
「ふぇ? ……あっ! うぅ!?」
トーコはザラメに言われてはじめて気づいたようだった。あたふたと開いたままになっていたスカートのファスナーを上げている。
ザラメはスタスタとトーコを置いて、目的の場所へと足をはやめた。
ーートーコは気づいていないだろうかーー
ーースカートの開いたファスナーからのぞく、白いブラウスの奥に、チラリと見えたやせっぽっちな太ももに、ドキリとからだがふるえたことにーー
「待って」
トーコはザラメに追い付き、隣に並んで歩く。
ーーきっとトーコは気づいていないーー
ーーだからこうして「待って」とついてこれるんだーー
ザラメはまだ親友を「待っていた」ときのことを思い出していた。
辺りはいつの間にか人の姿は見えなくなっていて、微かに活動する音を伝える程度で静かになっている。一限目開始の時間が迫っているのだ。
だがザラメはひんやりとする丸い大きな柱にもたれたまま、動かない。ホールをじっと見下ろす目に、今朝のトーコの公開告白の残像を映し、そばたてた耳で、ホールに溢れていた生徒たちの熱のくすぶりに鳴る残響を聞いているかのように……
******
トーコはおっとりした性格で、悪く言えばどんくさかった。
何をするにも人より一歩遅れてしまうトーコ。
プリントを後ろの席へ回す、集会で列に並ぶ、体育の球技でパスをつなぐ……、間にトーコが入ると必ずと言っていいほどスムーズにいかなかった。
「しょうがないなあ……」。ちょっと困ったような、呆れたような顔をしながらも、幼なじみで親友のザラメはトーコが遅れてしまうのをいつも待ってくれていた。
ーーだけど……ーー
「ザラメちゃん……」
トーコはうずくまり、膝を抱える腕にギュッと力を込めた。
「ザラメちゃん……」
自分を「待たなくなった」親友の名前をつぶやいた。だが、地面を叩くようなくぐもったドクドクと鳴り止まない胸の鼓動と、調度鳴り出した校舎の外壁への反響を伴う一限目開始のチャイムとが低く重なり合い、トーコのか細い声をかき消していった……
******
「オレのことはなんつっても構わねーけど、彼女のこと悪く言うやつは許さねーっ!」
ザラメの中で反響する男子生徒の怒りの声。
名前も知らない女子生徒をかばう、王子様のような立ち振舞い。
ただ見ていただけの自分……
ーートーコの前ではお姉さん目線で上からものを言っておきながら、自分はトーコの助けになるようなことをしてきただろうかーー
ザラメは顔を俯かせ、頼りなく首を横に振る。
「よく一緒に居れるよね」。どんくさいとクラスメートから半ば厄介者扱いされているトーコを暗に指して、同情するような言葉を口の端に笑みを浮かべた顔でささやかれたが、ザラメは特に言い返すことはなかった。
「見てるとイライラする」と、トーコに聞こえるほどの距離でクラスメートが言い放つのを聞いたときも、ザラメは口を開くことはなかった。肩をすくめ、すがるような目線を送ってくるトーコに、ザラメは少しうんざりとして、顔をそらしてさえいた。
ーー悔しいーー
トーコが告白をした男子生徒の今朝の勇姿に、人の顔色を窺い、口をつぐむようになっていた自分の弱さを思い知らされるようで、ザラメは唇を噛んだ。
足はこのまま床にくっついてしまうのではないかと思えるほど酷く重く感じられたが、ザラメはキッと顔を上げると、全身に力を込め、柱のかげから一歩、踏み出した。
ーートーコ!ーー
大事な大事な親友の名を心の中いっぱいに叫ぶと、ザラメはトーコを探しに駆けて行った……!




