第1話 十年ぶりの帰還 その5
玉座の間は王宮の中で一番大きい部屋だ。
入り口から玉座まで五十メートルもありプロスヴァーとネカヴァーは玉座の前まで歩き跪く。
玉座の間の奥には石で出来た精密な彫刻が施された玉座が一つあり、その左右を王の盾と呼ばれる近衛兵がいつでも王を守れるように直立不動で立っていた。
その中央にある玉座に座っている人物こそ、カロヴァー王国の現国王。ガラヴァーその人であった。
ドワーフの中でも高齢の二百歳ではあるが、灰色の髪を肩まで伸ばした頭の上には、派手さはないがドワーフの名工により作られ、代々受け継がれてきた王冠を被り、長く伸びた豊かな黒髭は無数のアクセサリが付けられていて豊かな繁栄の象徴を表していた。
三人が話していた話題は予想通りプロスヴァーの縁談の事だった。
「陛下。私にはまだ結婚する気はないと何度も申しておるではないですか」
プロスヴァーはいつもの口調とは違い王と話す時は口調を改める。
今、玉座の間で会話しているのは自分達親子三人だけだが、彼は礼儀を忘れる事はなかった。
「それに人間は王族同士でしか結婚できないと聞きますが、我々ドワーフは好きあった者同士なら身分などは関係ないはずです。ですから私は自分で相手を見つけますゆえ心配なさりませんように」
プロスヴァーはそう言って頭を下げる。
「うむ。お前の言い分は分かった。しかしそれを聞く限り、儂にはお前が結婚する気はないと言っているようにしか聞こえん」
「そんな事は……ございません」
そう言われて返事の歯切れが悪くなる。
ガラヴァーの指摘は図星だった。プロスヴァーはいつか王国を出て外の世界を見てみたかった。
それが叶うならネカヴァーに王位を譲っても構わないと思っていた。
ドワーフ達はあまり外界とは接触を持たず一生を終える者が多い。もちろんプロスヴァーのような例外もいるが、それも一部である。
なので結婚してしまえばもっと王国から出る事が難しくなる。
彼はいかにして父を説得し民を納得させるかそればかりを考えていた。
「結婚する気があるのなら、儂の勧める相手でもよかろう」
「いや、しかし陛下」
ガラヴァーは有無を言わさず、布に包まれた額縁を持ってこさせる。
家臣達が布をめくって現れたのは皆綺麗に着飾った女性の肖像画だった。
「さあ、プロスヴァーよ。この中からお前が気になる相手はおらんか? 皆お前と同じくらいの歳の娘達だ」
こうなってしまっては父王はなかなか引かない。
「分かりました陛下。拝見させていただきます」
プロスヴァーは心の中でため息をつきながら肖像画に近づいていく。
肖像画はかなりの大きさで、等身大で描かれているようだった。
といっても皆プロスヴァーよりも背は低い。
ドワーフの女性達の平均身長は百五十センチ程。百六十センチあるプロスヴァーから見ると歳は変わらないはずなのに皆幼く見えてしまう。
一人目は手を前に組んでお淑やかな雰囲気を醸し出しこちらを見つめていた。
二人目は褐色の肌と赤い瞳を持っていて、腰に両手を当て、どう見ても着慣れていない豪華なドレスを着ていた。
三人四人と、十人近くの肖像画を見ていくが、どの女性もプロスヴァーにとってピンとくるものはなかった。
「どうじゃ、どなたか気になる女性はおるか? 儂は彼女など、どうかと思うのだが……」
ガラヴァーが勧めてきたのは二番目に見た女性だった。
「……陛下。申し訳ありませんが私とは合わないと思います」
肖像画から醸し出される雰囲気はとても強気なものを感じさせる。
プロスヴァーはそういう強気な女性は嫌いではない。
自分の一歩後ろに下がりいつも王を立ててくれる妃は求めていなかった。
同じ立ち位置で一緒に困難に立ち向かってくれるような女性を求めていたのだ。
勿論それは父も弟も知っていた。
「何故じゃ? お前と彼女はきっとお似合いの二人だと思うのだが……」
ここぞとばかりにネカヴァーが父に助け舟を出す。
「そうですよ兄上。彼女はツォーヴィの姉姫クラヌス様です。妹思いでとてもいいお方ですよ」
「そうなのだ。ネカヴァーの言う通りもし二人が結ばれれば、我が王国も東のペシチェ王国も安泰なのじゃがな」
プロスヴァーは後ろから父を援護するネカヴァーを睨みつける。
「ネカヴァー。お前……」
「先ほどのお返しですよ」
二人はガラヴァーに聞こえないように小声で話し合う。
「でも彼女は本当にいい人です。行動力もありますし民からも慕われていますしね」
「ちょっと黙っていろ」
このままでは結婚することになってしまう。そう思ったら、つい大声を出してしまった。
「どうしたプロスヴァー? 気が変わったのか?」
「いえ、なんでもありません」
プロスヴァーの固い意志を折るのは困難と見え先に折れたのはガラヴァーだった。
「う〜む。クラヌス姫は気に入らなかったか?」
「そんな事はありません陛下。ただ私にはもったいないお方だと思うのです」
頑なに拒否するプロスヴァーはこう思っていた。
(いくらなんでも見た目が幼すぎるだろ)
父ガラヴァーが勧めてきた女性はどう見ても少女にしか見えなかった。
「そうか、お前が嫌だと言っているのに無理に勧めるのも酷というものか」
「はい。また別の方と縁談のお話がありましたらその時は改めてお呼びください」
勿論その時は全力で縁談の話は断ろうと考えていた。
「そう言えば陛下。我が弟ネカヴァーとツォーヴィ姫の結婚はまだなのですか?」
「あ、兄上またその話を、私達の結婚はまだ早いと……」
「お返しだ。全く俺の事よりも早くお前が幸せになれ」
「全く兄上は、はぐらかすのだけは上手ですよね」
そこでガラヴァーが待ってましたとばかりに、口を開く
「そうだネカヴァー。ペシチェ王国から結婚の日取りを決めるために、近々ツォーヴィ姫がこちらに来る予定になっている」
「陛下。私はそのような話は聞いておりませんが?」
「それはそうだ。今日の朝、便りが来たのだからな。しかも一週間はこちらにいるそうだ」
「そうなのですか、また彼女に会える……」
ネカヴァーから隠しきれない喜びが滲み出ていたのは、プロスヴァーも分かっていた。
ネカヴァーがツォーヴィ姫に会いに行くには険しい山道を通らなければならい。
なので悪路に強い山羊に乗っていくのだがそれでも往復するだけで一週間はかかる。
そのうちツォーヴィに会えるのは一日だけであった。
「陛下。ツォーヴィ姫はいつこちらに?」
「何もなければ明日には到着するだろう」
「良かったじゃないか、ネカヴァー!」
プロスヴァーは恋人との再会を喜ぶネカヴァーの肩を抱く。
「兄上……ありがとうございます」
「ただ嬉しいからって勢いあまって夜這いとかするなよ。そういうのは結婚してからにしろらだぞ?」
「兄上! 何を言うのですか!」
「アッハッハ、顔が真っ赤だぞ。ネカヴァー」
二人は王の前だということも忘れていつもの口調になっていた。
国王はそんな二人を暖かく見守るのだった。