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最終話 王国への帰還

マホウツカイの転移魔法によりプロスヴァー達は王国に無事帰ってきた。

着いた先は山羊の憩い亭の前であった。

「たった数日しか経ってないはずなのに、すごく懐かしく感じるわね」

クラヌスがポツリと感想を漏らす。

「オヤジに顔見せていくか?」

「ん〜いい。先に終わらせなきゃいけない事があるでしょ? それを済ませたら顔を見せるわ」

「そうか」

時刻は深夜。

煌々と明かりが灯る山羊の憩い亭を横目に、八人は城に向かって通りを歩く。

負傷しているダブローノスもヴラークに肩を貸してもらって付いてきていた。

最初は先に休ませようとしたのだが、彼は「大丈夫です」と言って、頑として譲らなかった。

夜もとっくに更けていて、ほとんど人通りもなく、八人を気に止める者はいなかった。

いたとしても酔っ払いで、彼らの事を気にせずいびきをかいて床で寝転ぶ。

「ふふっ」

そんな光景を見て、クラヌスから笑いが漏れる。

「どうした?」

「ううん。なんかあんなところで寝てる酔っ払いを見つけたら、ちょっと可笑しくなっちゃって、何ていうのかな……」

「……平和か?」

「うん。そう、それ!」

「平和が一番じゃな」

マホウツカイの一言に皆は何も言わず、ただ頷くだけだった。


「皆よ。分かっているとは思うがまだひとつやる事が残っているのを忘れてはおらんな?」

弛緩した空気を引き締めるようにマホウツカイが鋭い一言を放つ。

「分かっています。そろそろ教えて下さい。我が父の呪いの事を」

「うむ。そうじゃの。ではそろそろ話すとするか」

マホウツカイは、地面を杖で突いて歩きながら話していく。

「お主の父、ガラヴァー王が呪われてしまったのは十年前の事じゃ。心当たりはあるじゃろ?」

「この王国にゴブリンの軍団が攻めてきた時ですか?」

「そうじゃ。正確にはゴブリンの襲撃で、ネカヴァー王子が殺されたのを知ったその時、心の隙を付け込まれてしまったのじゃ」

「誰が呪いをかけたのですか? あのゴブリンを率いていた、鬼とかいう魔物ですか?」

「いや、呪いを掛けた張本人に比べれば、鬼など唯の小物じゃよ」

「なら、一体誰が……」

「お主達も、見た事はなくとも名前は知っているだろう。闇の帝王じゃ」

マホウツカイは、何の躊躇いもなくその名を口に出した。

「何だって?」

ソンツェルが驚いて声を上げた。

「おい。馬鹿な事を言うなよ。闇の帝王は数千年前に滅ぼされた。そうだよな?」

そう言いながらソンツェルは周りに同意を求めるように首を左右に振る。

「ソンツェルさんの言う通りです。確か、五人の英雄によって闇の帝王は倒された。学院の本にはそう書いてありました」

「ふむ。それは間違いではない。だが英雄達が倒したのは闇の帝王の肉体じゃ。あ奴の魂を殺せる者は神だけ、この世界にはおらんのだ」

「マホウツカイよ。貴女は何者なのだ? 何故我々が知りえない事を知っているのだ」

「ワシの事を話しても、信じてもらえないかもしれないがな。それでも聞きたいか?」

七人の顔を一度見渡して、マホウツカイは確認をとる。

全員の顔には、はっきりとマホウツカイの正体を知りたいと書いてあった。

「分かった。話そう。おそらく話終わる頃には、城に着くじゃろうしな」

マホウツカイは少し間を空けてから、自分の正体を話し出す。

「ワシは、遥か昔、闇の帝王と戦った五人の英雄の一人じゃ」

その一言を聞いて、否定する者は一人もいなかった。

むしろ納得してしまう。

「あの頃、ワシら五人が力を合わせれば闇の帝王諸共、世界の闇をはらえると思っておった。まあ、結果はご覧の通り、未だに魔族が蔓延り、世界の闇は晴れてはおらん」

「闇の帝王は、肉体を失いどうなったのですか?」

みんなの逸る気持ちを代弁するように、プロスヴァーが尋ねる。

「あやつの肉体を、貫き、潰し、燃やし、徹底的に破壊したワシらは勝利を確信していた。しかし、魂までは殺す事は出来なかった。必死に戦った我らでも敵わなかったのじゃ。だからワシはある秘策を使ったのじゃ」

「秘策? それは一体……?」

一行の先頭に立っていたマホウツカイはくるりと振り向いた。

「……四人の英雄の魂を、ワシの魔力とに変換して、闇の帝王を封印したのじゃ」

「「「…………」」」

それを聞いて、誰も何も言えなくなってしまった。

「封印したまでは良かったのじゃが、一つの問題が出てきた。奴は虎視眈々とこちらに出てくるチャンスを待っていた。それこそ何千年もじゃ。だから闇の帝王は、ゲートが繋がったこちらの世界に現れ、ガラヴァー王に取り憑いたのじゃ」

「取り憑いている? では今も王の身体を?」

「そうじゃ。奴の力は、まだまだ完全とは言えん。その為他人の身体を乗っ取り、内側からこちらの世界を征服しようとしておるのじゃよ」

「その為に王を、我が父を……!」

プロスヴァーの両拳は抑えきれない怒りで、わなわなと震えていた。

マホウツカイが話し終わったと同時に、城の前へ到着していた。

「どうすれば、闇の帝王から父を解放できるのですか?」

「簡単じゃよ……」

マホウツカイはガラヴァー王を解放する方法を皆に話した。

それを聞いてプロスヴァーは一つ頷くと、不死の王冠を両手で持つ。

深夜で既に城の門は閉じていたが、プロスヴァー達の姿を見つけた衛兵達が急いで門を開き、彼等を中に入れる。

家臣や兵達は慌ただしく動いていた。

何故なら、ダンジョンに潜った王子が、六人のドワーフと一人の人間と共に、深夜に城を訪ねてきたからだ。

更にその中にペシチェ王国のクラヌス姫の姿もあり、しかも皆傷だらけ、城中は大いに慌てていた。

八人はそんな喧騒を無視して、真っ直ぐ玉座の間を目指す。

「退いてくれ! 我らは王に用があるのだ!」

「し、しかし……」

「退け!」

プロスヴァーに一喝されて、玉座の間の門を守っていた衛兵を退かせると、ソンツェルとクラヌスの二人が、勢いそのまま扉を押し開けた。

凍えるほど冷たい空気に包まれた玉座の間にいるのは唯一人。

玉座に座る王、その人であった。

「陛下。只今戻りました」

玉座に座るガラヴァーは生気のない瞳で自分の息子を見つめる。

プロスヴァーの目には、以前にも増して、父の姿が衰えているように見えていた。

数日前に顔を合わしたはずなのに、王はたった数日で、更に数十歳も老けたように見える。

「……こんな時分に何用だ?」

その声音からガラヴァーが不機嫌であることは明白であった。

「陛下のご所望の物をお持ちいたしました」

八人は王の前に跪き、先頭にいたプロスヴァーが両手にかけている布を取り中の物を見せる。

「……おお、それは!」

ガラヴァーの両目が限界まで見開かれた。

「それは、それは不死の王冠か? そうだろう。そうなのだろう?」

ガラヴァー王は瘦せおとろえた身体を苦労して立ち上がらせると、覚束ない足取りでプロスヴァーの元に降りてくる。

「はい。その通りでございます」

「もっと近くで見せて、いや触れさせてくれ!」

ガラヴァーが、節くれだった指を必死に伸ばし、不死の王冠に触れようとする。

後少しで指が触れるところで、プロスヴァーは突然立ち上がった。

「う、動くな!」

「…………」

プロスヴァーは何も答えず、ガラヴァーが近づくたびに後ろに下がっていく。

「それは儂の物じゃ!」

「いえ、これは貴方の手に渡すわけにはいきません」

「何故だ、それは儂のだぞ! 返せ!」

目を血走らせて飛びかかってくる王が、見えない壁に弾き飛ばされる。

「手荒くしてすまんな。ガラヴァー王」

それはマホウツカイの魔法であった。

「何だこれは、ええいこれを退けろ! 王冠を儂に寄越せ!」

ガラヴァー王の四方には見えない壁が張られていた。

王は身動きが取れず、透明な壁を、何度も何度も両手で叩き続ける。

「これが欲しいですか?」

プロスヴァーは手に持った不死の王冠をガラヴァー王の前に突き出す。

「寄越せ。寄越せー!」

王が恥も外聞もなく、透明な壁を叩き、唾を飛ばしながら喚き散らす。

「陛下。いや闇の帝王よ。これを貴様の手に渡すわけにはいかん。見ていろ!」

そう言うと、プロスヴァーは不死の王冠を地面に叩き落とした。

勿論、落としたくらいでは不死の王冠にはヒビ一つ入らない。

それを知っているプロスヴァーはヴォルヴィエの鞘を腰のベルトから外し両手に構えた。

「貴様、止めろ。止めないか!」

プロスヴァーは王の、いや王の中に取り憑いている者の制止を無視して、鞘を不死の王冠に叩きつける。

一度では壊れず、何度も何度も、鞘にヒビが入って左手の傷口が開いて血が流れても、気にすることなく振り下ろす。

「うぁあああああああああっ!」

一際長い雄叫びと共に、振り下ろした一撃が決め手となった。

鞘が真っ二つに折れると同時に、不死の王冠も粉々に砕けちり、玉座の間に破片が散らばる。

「ああ、ああああ、ああアアアアアアアアアアアア」

目の前で砕け散った不死の王冠を見て、ガラヴァー王が絶叫する。

王は天を見上げて叫ぶと、その身体から黒い影現れる。

それは人の形をした闇であった。

「貴様が……闇の帝王だな?」

プロスヴァーは折れた鞘を捨てて、影に問いかける。

「ヨクモ、ヨクモ不死ノ王冠ヲ、許サン許サンゾ、ドワーフ!」

ガラヴァー王の身体を捨てた闇の帝王は、プロスヴァーに襲いかかる。

「クラヌス!」

「ええ、これを!」

作戦通りにプロスヴァーは冷静にクラヌスから、ナバジェーニャを受け取る。

「下がっていろ」

そして近づいてくる闇の帝王目掛けて、振り上げたナバジェーニャをその顔に振り下ろす。

「闇に帰れぇえええええええええっ!」

斧頭が、闇の帝王の身体を両断し、床に深く食い込んで止まった。

そしてナバジェーニャはすべての魔力を使い切り、原型をとどめないほど砕け散った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアア」

二つに割れた帝王の身体は、ボロボロと黒い灰となって床に落ち積もっていく。

「我ハ必ズ蘇ル。ソノ時、貴様ラノ世界ヲ滅ボシテヤル! 楽シミニ待ッテイロ!」

捨て台詞を残した闇の帝王は、身体が灰の山になってもずっと笑い続けていた。

「黙れ」

その高笑いを止めたのはマホウツカイだった。

彼女は杖の先で、灰の山を突く。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア」

すると、灰の山が長い悲鳴を上げながら光り、次の瞬間には消滅していた。


「……終わったのか?」

「うむ。この戦い。ワシらの勝ちじゃ」

「そうだ! 陛下はどうした!」

プロスヴァーは闇の帝王から解放された父の姿を探す。

ガラヴァー王は赤い絨毯がひかれた床にうつぶせになって倒れていた。

「父上! 父上しっかりしてください!」

ガラヴァー王を抱き起こすと、異変が起きていた。

「こ、これは一体?」

衰えやせ細っていた王の身体が、八人が見ている前で、みるみる内に生気を取り戻していく。

相変わらず服装はボロのままだったが、その姿は十年前と変わらない誰もが思い浮かべる王の姿であった。

「う、ここは……?」

ガラヴァーは閉じていた瞼を開けて、目だけを動かしてキョロキョロと辺りを見回し、プロスヴァーと目が合う。

「父上! 気づかれましたか。私の事が分かりますか?」

「おお、お主はプ、プロスヴァーではないか。随分と久しぶりな気がする……」

「覚えておられないのですか?」

ガラヴァーは必死に、細い記憶の糸を手繰り寄せる。

「確か、ネカヴァーを喪った儂は、深い怒りと悲しみに飲み込まれていた。その時、闇が儂の中に入ってきて……ううっ」

そこまで思い出したところで、ガラヴァーは頭を押さえて苦しむ。

「父上! しっかりしてください」

「大丈夫、大丈夫だ……」

ガラヴァーは息子の肩を強く握りしめる。

「許してくれ。息子よ。儂は、お前に酷い事を……」

「過ぎた事です父上。それよりも今は身体を休めましょう。ヴラーク、陛下を診てやってくれないか?」

「はい。失礼します」

呼ばれたヴラークが王の近くに寄り身体を診ていく。

「どうだ?」

「……大丈夫。身体に異常はなさそうです」

「そうか……」

「今は体力をかなり消耗しています。早く身体を休めた方がいいと思います」

「分かった。急いで父上を寝室へ、みんなすまんが手伝ってくれ」

「止まれ!」

ガラヴァーを休ませようと肩を貸そうとしたその時、扉から衛兵たちが現れて八人を囲む。

そしてプロスヴァー達に向けて、槍を突きつけた。

「何の真似だ?」

「王を離すんだ!」

「意味が分からん。私達は陛下を休ませるために寝室に御運びする所なのだ。邪魔をするな!」

プロスヴァーの激しい一喝に兵達は怯むが、尚も槍を突きつけたまま、彼等を通そうとしない。

「陛下を助ける為というならば、先程の黒い影と悲鳴は何だ? あれはそなた達が呼び寄せたものではないのか!」

「な、何ですっ……」

クラヌスの堪忍袋の尾が切れて、感情が爆発しそうになったその時であった。

「……衛兵達、槍を、治めよ!」

その声がした方に皆が一斉に振り向く。

「武器を収めるのじゃ。彼等は、息子は敵ではない。儂を救ってくれた英雄達じゃ……もう一度言う武器を治めよ!」

衛兵達は勿論、扉の外で様子を見ていた家臣達も、慌てて彼等に道を開けて跪く。

「皆聞くのだ! 儂はこの十年もの間、闇の帝王に身体を蝕まれていた」

プロスヴァーに肩を借りて立つガラヴァーは今出せる限りの声を出す。

「陛下が闇の帝王に?」

「確かにここ数年、陛下の様子はおかしかったが、まさか闇の帝王が関わっていたとは……」

衛兵や家臣達が騒めく。

「だが、息子とその仲間達が、その闇の帝王から儂を解放してくれたのだ!」

ガラヴァーはプロスヴァーの腕を持ち、頭上に掲げる。

「我が王国を救った英雄を讃えよ!」

「「「おおおお!」」」

「ガラヴァー王国万歳!」

「プロスヴァー王子万歳!」

玉座の間にいた全てのドワーフ達が、拳を上げ、英雄達を讃えるのだった。

八人を讃える声を聞きながら、プロスヴァー達は玉座の間を後にする。

「すまんなプロスヴァー。迷惑をかけて」

「気にしないでください。父上」

プロスヴァーは、父に肩を貸して王の寝室に向かうのだった。


プロスヴァー達が王国に戻ってから一週間が経っていた。

呪いから解放されたガラヴァー王は、見る見る回復し今は元気な姿で統治をしている。

重傷を負っていたダブローノスも、ヴラークの治療により傷がだいぶ癒え、久々に親友であるガラヴァー王との再会を喜んでいた。

城下町は今までの静けさが嘘のような大喧騒に包まれていた。

王の快復を知った民達は、この十年の暗さを吹き飛ばすように歌い飲んで大いに騒ぐ。

酔っ払って物を壊そうが、夜中に大声で叫ぼうが、咎める者は誰もいなかった。

何故なら取り締まる側の衛兵も、一緒に飲んで騒いでいたからだ。

その騒いでいる人々の中に、六人の英雄達の姿もあったのである。

「……ねえ、もうみんな集まった?」

クラヌスが石の(ジョッキ)片手に全員が集まっているか確認を取る。

彼女達がいるのは、山羊の憩い亭のいつも集まっていたテーブルであった。

一人も欠けることなくダンジョンを攻略した事、闇の帝王を退けたガラヴァー王を無事解放できた事、そしてダブローノスの全快祝いを祝って宴を開く約束をしていたのだ。

「まだだよお姫様。ほら、少しは落ち着いてジョッキを置けよ」

興奮が冷めやらないクラヌスをソンツェルが嗜める。

「むう〜早く乾杯したいのに……後、誰が来てないのよ!」

クラヌスは周りを見て、一人一人確認していく。

「私と、ソンツェルはいるから除外して……まずヴラーク!」

「はーい。いますよ」

ヴラークは上機嫌で石の杯を上げて応える。

「ヴェシマ!」

「はい。ボクもいます」

ヴェシマは両手で石の杯を持ちながら返事をした。

「よし! ダブローノスもいるわね」

「ここにおりますぞ。姫様!」

傷もすっかり癒えたダブローノスは椅子に座り、笑顔で応える。

「うんうん。後、今回の主役! プロスヴァーはいるのかしら?」

「ずっと隣にいるんだが……」

立っているクラヌスのと割りに座っているプロスヴァーが小さく呟く。

「知ってるわよ。暗い、暗いわよ。プロスヴァー。貴方が主役みたいなものなんだから」

「分かってるよ。だが、俺だけじゃない今日はみんなが主役だろう?」

「そうね。今いい事言ったわ」

ビシッと人差し指をプロスヴァーに突きつける。

プロスヴァーはどうもと言いながら、その指をさりげなくかわす。

「ここに六人いるって事は、後は……チャリーノスだけね。どうしたのかしら?」

「ダブローノス。何か知らないのか?」

「大丈夫。息子はもうすぐ来ますよ。ちょっと心の準備に手間取っているのでしょう」

先に始めても大丈夫ですよとダブローノスは言ったが、クラヌスを始め、他の者たちは彼が来るまで待つと決めていた。

「来るならいいんだけど、早く来ないと料理が冷めちゃうじゃない」

クラヌスは椅子に座ると、様々な料理が並んだテーブルの隙間に肘をついて頬杖をつく。

テーブルに置かれた料理は、勿論山羊の憩い亭の地下にいる料理番が腕によりをかけて作ったものである。

出来立てで美味しそうな匂いが彼等六人の胃袋を刺激していた。

「クラヌス、髪切ったんだな」

ちょっとふてくされているクラヌスにプロスヴァーが話しかける。

クラヌスの今の髪型は、ツインテールを止め、ショートカットにしていた。

ゲルターとの戦いで負った傷も、今は快復し傷一つ残っていない。

「これ? 髪、片方失っちゃったからね 」

「……すまん。嫌な事を思い出させたな」

「な〜に言ってるのよ!」

そう言って、プロスヴァーの背中を思いっきり叩いた。

「イテッ!」

「こうなったのは私が未熟だったから。今は、もう傷一つ貰わないように毎日鍛錬を重ねているの。知らないの?」

「イテテ、そうか……今度俺も誘ってくれ。一緒に強くなろう」

「……うん。えへへ、ありがとう」

ちょっと機嫌が良くなったクラヌスを見て、プロスヴァーの顔を自然と緩むのだった。


「いらっしゃい!」

店主の声を聞いて、六人は一斉に入り口を見る。

そこにはみんな、特にクラヌスが待ち望んだ人物がいた。

「チャリーノス! やっと来たわね。早くこっちこっち」

彼の姿を見つけたクラヌスが大声で手招きして呼ぶ。

チャリーノスは何も言わずに彼らの側に近づく。

テーブルの前まで来たチャリーノスは椅子に座ろうとせずそこに立ち尽くしていた。

「どうした? 座らないのか?」

プロスヴァーに促されても、チャリーノスは一向に動こうとしない。

五人が訝しる中、突然チャリーノスはテーブルに置いてあったビールの容器を取ると、自前の石で出来たストローで一気に飲み干す。

そして空になった容器をテーブルに置き、唖然としている五人の前で、いきなり兜を脱いだ。

「「「あっ!」」」

五人がそう叫んだときには彼は兜を取り、今まで見せた事のない素顔を見せるのだった。

「…………」

チャリーノスは兜を両手に持ったまま、全く動かない。

否、恥ずかしくなって動けなくなっていた。

「お前、女だったのか!」

ソンツェルが彼の顔を見て、驚くのも無理はない。

兜を外したチャリーノスは燃えるような赤い髪が、肩まで伸びていて、瞳の色はレッドスピネルのような輝きを放ち、とても美しい顔立ちをしていた。

彼はみんなに見つめられて恥ずかしいのか、ほんのりと頬を染めて俯く。

その表情でソンツェルは虜になってしまった。

「ダ、ダブローノス。あんたの息子は娘だったのか?」

「ちょっと落ち着きなさいよ」

軽いパニックに陥ったソンツェルを、クラヌスが窘める。

「落ち着いてられるか! まさかこんな美人が近くにいたのに全く気がつかないとは……」

ブツブツ言っているソンツェルにダブローノスが苦笑しながらこう言い放つ。

「悪いが、うちの息子は嫁にやれませんよ」

「そこを何とか、まずは仲良くなるところから……息子?」

そこでソンツェルは、改めてチャリーノスの顔を見つめる。

「いやいや何言ってんだよ。大事な娘さんだから、嫁に出したくないのは分かるけど、息子なんて嘘は無理があるぜ」

冗談はよしてくれと、手を振るソンツェルの、その手をしっかりと掴むダブローノス。

「いいえ。彼はれっきとした男です。何なら本人に聞いてみて下さい」

そこまで言われてソンツェルは、やっと冷静になり一筋の冷や汗を流しながら、チャリーノスの方を見た。

「……お前、男なのか?」

質問したソンツェルは、心の中で必死に、チャリーノスが「私は女性です」と答えると願っていた。

「すいません。僕は女性ではありません。れっきとした男です」

女性の様によく通る声で謝罪したチャリーノスは、ソンツェルに深々と頭を下げた。

それを聞いたソンツェルの中で何かが、音を立てて崩れていくのだった。

「馬鹿ね」

「早とちりしすぎだよ」

「…………」

「ソンツェルさん。大丈夫ですか? ソンツェルさーん」

クラヌスと、ヴラークに窘められる中、ヴェシマの呼びかけに無反応のソンツェルであった。


「さて、じゃあみんな集まったことだし、そろそろ乾杯しましょうか?」

「ここに一人、心が砕けちゃった人がいますけど……」

「ちゃんと確認しないのが悪いの。自業自得よ」

「早く乾杯しようぜ……ぐすん」

ソンツェルは泣きながらジョッキを掲げた。

「じゃあみんな用意はいいわね?」

全員が頷いてジョッキを掲げたのをクラヌスは確認する。

「無事目的を果たして、みんな生きて帰ってこれた事に……かんぱーい!」

「「「乾杯!」」」

クラヌスに続いて、皆が口々に乾杯と叫び、石の杯を、中身が飛ぶのも構わずに勢いよくぶつけて、一気に飲み干すのだった。


「はあ〜〜〜〜」

「そんな溜息つくなよ。せっかくの楽しい酒が台無しだ」

深い溜息を吐くソンツェルを、ヴラークが嗜める。

「うっせー」

「大体君が悪いんだろ? チャリーノスさんの性別をちゃんと確認しないで先走るから」

後で謝りなよと言うヴラークにソンツェルは「分かってるよ」と答えながら、今日何杯目かのジョッキを空にする。

「俺の目は、このダンジョン攻略の間に曇ってしまったのか? それとも……彼が俺の目を曇らせたのか?」

「何言ってんだよ」

ソンツェルとヴラークは、チャリーノスの方を見た。

彼はクラヌスとヴェシマに囲まれていた。

「…………」

「今日は飲もうぜ。とことん付き合うから」

ヴラークはそう言いながらソンツェルの背中をポンポンと叩く。

「おお〜友よー。ありがとう」

こりゃ明日は二日酔いだなぁと思いながら、ヴラークはジョッキを傾けるのだった。


「むう〜、うらやましい」

ソンツェルがヤケ酒を煽っている頃、少し赤い顔をしたクラヌスは、チャリーノスと話していた。

「な、何がでしょう?」

「そんな綺麗な顔してるのが羨ましいの!」

「えっと、その……」

「そうですよ! 髪だってボクのと違って、こんなフワフワしてて……何でだろ、ずっと触っていたい……」

同じく顔を赤くしたヴェシマは、何かに憑かれた様に、チャリーノスの髪を両手で玩ぶ。

二人はすっかりチャリーノスの虜になっていた。

「えっと、えっと……」

囲まれてしまったチャリーノスは、すっかり二人のペースに飲まれ何も言えなくなってしまう。

「父上〜」

何とかダブローノスに助けを求めるのが精一杯だった。

「ふふふっ、お二人共少し落ち着いてください。息子が怖がっていますよ」

ダブローノスが見兼ねて助け舟を出す。

けれど息子が誰かと話しているのを見たその顔は、とても嬉しそうだった。

「息子は、亡くなった妻の若い頃、つまり母親にそっくりなんですよ」

「えっ!そうなの?」

クラヌスがチャリーノスの目を見つめてくる。

チャリーノスは酔いとは違う理由で顔を赤くしてこくこくと頷く。

「ほら、二人共。これが妻です」

ダブローノスが懐から取り出したのは美しい女性の肖像画が描かれた小さな銀のケースだった。

「綺麗な方ですね」

ヴェシマが感嘆の呟きを漏らす。

「綺麗なお母様ね」

「……はい」

クラヌスの問いに答えたチャリーノスはとても嬉しそうに微笑む。

女性は豪華なドレスに身を包み、子供を胸に抱いていて、二人共よく似ていた。

「借りてもいい?」

「どうぞ」

クラヌスはダブローノスから肖像画を借りて、ヴェシマと二人でじっくりと見る。

「この子がチャリーノスさんですか?」

「そうです」

「小さい頃からそっくりなのね」

「小さい頃もよく女の子と間違われました」

ヴェシマとクラヌスの質問にチャリーノスはポツポツと答える。

暫く三人はわいわいと楽しく談笑していた。

「ところで、何でずっと兜をで顔を隠していたのか聞いてもいい?」

唐突にクラヌスがそう切り出した。

「ク、クラヌスさん! いきなり聞かなくても……」

「ヴェシマ、今じゃないとダメよ。時間が経ったら、話してくれなくなっちゃう」

クラヌスは酔った勢いに任せてチャリーノスに尋ねる。

「知りたいですか?」

「うん! ヴェシマも知りたいわよね?」

「えっ! は、はい。ボクも聞きたいです」

「そうですか。じゃあ聞いてください」

チャリーノスは「大した話じゃないですよ」と前置きしてから話し出した。

「私は小さい頃から、父の仕事場を見て、王の盾に憧れていたんです。けど、人見知りの恥ずかしがり屋で人前に出るのが苦手だったんです」

「それが、ずっと兜を被っているのと関係あるの?」

クラヌスの質問にチャリーノスは頷く。

「はい。自分の容姿は二人も知った通り、母譲りでよく注目されていて、それも苦手だったんです。それである時、自分の顔を隠した時、いつも以上の力が出せたんです」

「それでチャリーノスさんは、兜を被っていたんですね」

「でもチャリーノス。何で、今になって外す気になったの?」

「プロスヴァーさんや、皆さんの活躍を見て、私も、兜を取って、堂々と素顔で皆さんと向き合いたいと思ったんです」

チャリーノスは自分の右拳をグッと握りしめた。

「だから私は、必要な時以外は素顔を出すことにしたんです!」

そう言ってチャリーノスはいきなり立ち上がる。

皆は立ち上がったチャリーノスに注目した。

「みなさん聞いて下さい!」

注目されて、耳まで真っ赤にしながらチャリーノスは口を開いた。

「改めてみなさんの仲間としてよろしくお願いいたします!」

仲間たちから歓迎の拍手が沸き起こる。

「こっちこそよろしくチャリーノス!」

「チャリーノスさん。改めてよろしくお願いします」

クラヌスは、チャリーノスにジョッキを持たせて、カツンと当てて、音を鳴らし、ヴェシマは立ち上がって両手を合わせて、お辞儀をした。

「すまなかったチャリーノス。失礼なことを言って……」

「僕からもお願いだ。彼を許してやってくれよ」

ベロベロに酔ったソンツェルは、ヴラークと一緒に謝る。

「はい。私は気にしてません」

以前に何度か同じことがありましたからね。と言うチャリーノス。

「うう〜、ありがとう〜」

ソンツェルは許してくれたことが嬉しくて、また泣き出すのだった。

「チャリーノス」

「は、はい!」

プロスヴァーは立ち上がり、チャリーノスに近づく。

「改めて、よろしくな」

「はい! よろしくお願いします!」

二人は乾杯すると勢いよくジョッキを傾けるのだった。


チャリーノスも今まで以上に皆と打ち解け、五人で食べて飲んで、大いに騒いでいる中、プロスヴァーは一人で静かに飲んでいた。

(終わりましたよ。ネカヴァー、母上)

「どうしたのよ。しんみりした顔して」

一人で飲むプロスヴァーにクラヌスが近づいてきた。

「ああ、ちょっと、ネカヴァーと母上に報告をしていたのさ」

クラヌスはプロスヴァーの隣に腰を下ろす。

「そう、きっとお二人も喜んでるわね」

クラヌスはプロスヴァーの顔を覗き込む。

「でも、これで何もかもが終わったわけじゃないでしょ?」

「勿論。まだまだやることは沢山残ってる」

「じゃあ、今日はとことん飲みましょう!明日からまた忙しくなるんだから!」

「あんまり飲みすぎて明日に残すなよクラヌス!」

「そっちこそ!」

結局二人は、飲みすぎで次の日、痛い目を見るのだがそれはまた別の話。

この宴にはマホウツカイは参加していない。

だがそれに気づいているものは、たった一人しかいなかった。

彼女は、その事を誰かに言うことはなく、六人と一緒に宴を楽しむのであった。


こうしてカロヴァー王国は平和を取り戻した。

その後の七人はというと、各々の仕事に精を出していた。

ソンツェルは弟ルナールと合流する為、カロヴァー王国を後にする。

その後、弟と合流したソンツェルは様々なダンジョンを攻略していき、新しい恋人をドンドン作っていくのだった。

ヴラークは報酬で借金を返済し、残った分で新しい診療所を建て、クロスボウの改良に資金をつぎ込む。

しかし、貯えはすぐ底をつきそうになり、またギャンブルに手を染めようかと考えているのだった。

ダブローノスは傷が癒えた後も、長く王を補佐した。

彼は新兵の訓練も欠かさず行い、王国を守る精鋭を育てるのだった。

ダブローノスの息子チャリーノスは、変わらず王の盾を務める。

素顔をさらした彼は、ダンジョン攻略の実力とその容姿から、同僚の王の盾に慕われる。

程なく王の盾の隊長に任命されたチャリーノスは、王と、友人でもある王子プロスヴァーを守っていくのだった。


そしてカロヴァー王国の王子プロスヴァーは、今は王国にはいなかった。

「いたぞ」

彼の目には廃村に巣食うゴブリン達の姿が見えていた。

カロヴァー王国の近くにダンジョンの入り口が見つかり、プロスヴァー達はすぐさま魔物を討伐し、ダンジョンの入り口を封じた。

しかし、廃村にゴブリンが住み着いていることが確認される。

どうやらプロスヴァー達と入れ違いで、ゴブリンの一団が、ダンジョンを抜け出しこの廃村に住み着いていたのだ。

プロスヴァー達はダンジョンを攻略したそのままの格好で駆けつけた。

その為、彼らの武具は泥や返り血で汚れていたが、皆そんな事は全く気にしていなかった。

「確認された魔物は五十匹程です」

「分かった。皆、準備はいいな?」

先行していた兵と合流し、プロスヴァーは後ろを振り返る。

そこには彼の率いる兵三十人が、王子の命令を待っていた。

「さっさと終わらせちゃいましょう!」

プロスヴァーの隣に寄り添う彼女の姿もあった。

「そうだな。クラヌス」

彼女は、ダストル王国のダンジョンを攻略した後も、ずっとプロスヴァーと行動を共にしていた。

プロスヴァーは腰の鞘から剣を抜いて頭上に掲げる。

そして大声でこう言い放った。

「兵達よ。我に続け!」

「「「おおおおおおおっ!」」」

プロスヴァーとクラヌスを先頭に三十人の兵達が廃村に雪崩れ込む。

その勢いに飲まれゴブリン達はなすすべもなく討伐されるのだった。


「ふう。終わった」

ダストル王国のダンジョンを攻略して不死の王冠を手に入れ、闇の帝王を倒してガラヴァー王を救ってから五十年の月日が流れていた。

その女性は愛用の羽ペンをインク壺に差し込むと眼鏡を外し、眉間を揉み込んで、目の疲れを取っていた。

彼女は、五十年前にカロヴァー王国を救った一人ヴェシマであった。

彼女は以前と違い、もう男装する必要はないので、髪も腰まで伸ばしていた。

ヴェシマがいるのはこの大陸に一つしかない魔法学院である。

魔法学院に戻った彼女は、学院の教諭となり、

生徒達に魔法の知識を授ける立場についていた。

ここ数年はドワーフの魔道具使いも増えていた。

ある生徒が、ヴェシマに憧れて魔道具使いを目指したと聞いて、彼女はとても誇らしい気持ちになっていた。

今彼女最大の仕事はある記録を本にする事である。

それはマホウツカイとの約束であった。


「ヴェシマよ、お主に頼みがあるのじゃ」

それはガラヴァー王を救った直後の事だった。

「何でしょう? マホウツカイさん」

「うむ。この戦いの記録はつけておったはすじゃな?」

「はい。勿論ここに書いてあります」

ヴェシマが取り出したのは、自分で書き上げた記録帳である。

「それを本にして欲しいのじゃ……お主が死ぬ時までに完成させて欲しい」

「どういう事なのですか?」

「うむ。これから言う事をよく聞くのじゃ」

「はい……」

「ワシは今からお主以外の記憶から、ワシの事を忘れさせる」

「何故そんな事を……」

「簡単じゃ、闇の帝王の復活に備える為じゃ」

「でも、闇の帝王はプロスヴァーさんが倒しましたよ」

「あれは一時しのぎに過ぎん。過去ワシら五人の英雄でも倒しきれなかったのじゃ。あやつは必ず復活する」

「でも、何故貴女が姿を隠す必要があるのですか?」

「ワシの力は日に日に衰えておる。ダンジョンの封印が次々と解けているのが、その証拠じゃ。その為ワシを頼りにされても、闇との戦いには勝つ事は出来ぬ。だからワシは裏方に徹する事に決めたのじゃ」

「つまり、貴女の力を頼る事なく、僕たちの力で闇の勢力と戦っていかなければいけないんですね?」

「そうじゃ。だがあやつの復活はすぐではない。おそらく数百年か数千年後。それまでに対抗する力をつけなければならんのじゃ」

そこまで言うと、マホウツカイは杖で地面を三回ついた。

「今のは?」

「皆の記憶からワシの事を消したのじゃ。そろそろワシもお暇するかの」

「次はどこへ向かうのですか?」

ヴェシマは答えてくれないかなと思いながら尋ねたが、マホウツカイはこう答えた。

「うむ。エルフのところへ向かおうと思う。これからは彼らの協力が必要不可欠じゃ……まあお主らよりも気難しいのが、難儀じゃのう」

そんなボヤキを残しながら、マホウツカイは転移魔法を発動させカロヴァー王国を後にするのであった。


それからヴェシマは学院の仕事をこなしつつ、時間をかけてプロスヴァー王子達の活躍を本に書き残していく。

そして五十年かけて本を書き上げていた。

けどこの本はまだ世には出ない。

この本が表に出るのは、ヴェシマが死んだ時と決めていた。

一冊書き上げて、身体のコリを解しているヴェシマの部屋のドアがノックされる。

「はい」

「ヴェシマ先生。馬車の用意が出来ました」

「分かりました。今行きます。さてと彼らの活躍の残りはまた今度ですね……今日はみんなと会うのですから」

ヴェシマは椅子から立ち上がり、髪を束ねて結わえると、部屋を出る。

彼女の机にはプロスヴァー達の活躍が書かれた本が何冊も並んでいた。

「いけないいけない!」

一度部屋を出たヴェシマは慌てて戻ってきて、今書き終えたばかりで、開きぱなしだった本を閉じるのだった。





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