第7話 王城に巣食う呪われし者 その3
プロスヴァーは倒れた竜の騎士が起き上がらないか近づくと、注意深く確かめる。
首を失った竜の騎士は人間の身体に戻っていて、流れる血も赤くなり、起き上がる気配はなかった。
「もう、起き上がらない?」
「大丈夫そうだ」
「そう……」
「プロスヴァー、クラヌス!」
二人は声がする方を振り向くと、離れていたソンツェルが走ってきて、二人と合流する。
「こっちはもう大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「あらかた倒した。だが……」
「どうした?」
ソンツェルが言い渋っている間に、追いついた他の仲間達の姿が見えてくる。
見ると、ダブローノスが青ざめた顔で、ヴラークとチャリーノスに肩を貸してもらっていた。
「ダブローノス大丈夫か!」
「ああ、プロスヴァー様……姫様もご無事でよかった」
プロスヴァーとクラヌスが近づくと、弱々しくダブローノスが口を開く。
彼の腹部はきつく布が巻かれ、その布が真っ赤に染まっていた。
「あまり喋るな。傷は深いのか?」
ヴラークに尋ねると、彼は頷く。
「はい。今は無理に動かさない方がいいです」
肩を貸していた二人は、ダブローノスを下ろす。
彼は二人に手を貸してもらって壁に寄りかかる。
その表情はとても苦しそうで、戦える状態ではなかった。
「プロスヴァー殿。分かっているだろうが彼は連れて行けん。ここに残ってもらうしかない」
「しかし……」
「私のことは気にせず……行ってください」
それだけ話すと、ダブローノスは痛みに顔を顰める。
「僕は残ります。ダブローノスさんの事を置いて行けません」
ヴラークはダブローノスの傷を診ながらそう言う。
「俺も残ろう。チャリーノスお前も残るか?」
そう言いながら、ソンツェルはチャリーノスに確認する。
「…………」
チャリーノスは一度プロスヴァーの方を見る。
「俺は大丈夫。ダブローノスを守るんだ」
それを聞いて、彼は黙って頷いた。
「私はプロスヴァーについて行くわ」
「ありがとうクラヌス」
「ヴェシマ。貴女はどうするの?」
「ボクは……」
「どうするヴェシマ?」
ヴェシマはプロスヴァーと目を合わせながら、覚悟を決めて宣言する。
「ボクも付いていきます!」
「決まったようじゃの。では玉座の間に行くのはプロスヴァー殿、クラヌス姫、ヴェシマ。そしてワシを含めた四人じゃな」
「じゃあ、残るのは俺と、ヴラーク、チャリーノス。そしてダブローノスだな」
ソンツェルが残った三人を見渡す。
「私もまだ戦えます……」
「動いちゃ駄目ですよ」
立ち上がろうとしたダブローノスをヴラークが嗜める。
その時、今通ったばかりの通路から、複数の足音が聞こえてきた。
「敵だな。早く行け! ここは俺たちが食い止めてやるよ!」
腰の得物を抜きながらソンツェルがプロスヴァー達を急き立てる。
「ヴェシマよ。擲弾を一個残して、後はすべて彼らに渡すのじゃ」
「はい。でも何を残すのですか?」
マホウツカイはヴェシマに耳打ちする。
「! 分かりました。ヴラークさん、擲弾を使って下さい」
ヴェシマは擲弾の使い方と種類をヴラークに教える。
「ありがたく使わせてもらうよ。ヴェシマ」
チャリーノスが無言で、プロスヴァーに近づいてきた。
「俺たちが戻ってくるまで、ここを頼むぞ」
「…………」
チャリーノスは頷くと自分の持ち場に戻っていく。
「エマタリモマ、ヲラレカ、ヨベカノリカヒ」
「マホウツカイが呪文を唱えると、ソンツェル達の前に光の壁が現れた。
「おっ、これは……?」
「光の壁じゃ。ある程度は敵の攻撃を防げるじゃろう」
「ありがとな。マホウツカイさんよ」
ソンツェルの言葉にマホウツカイは持っている杖を上げて答えた。
「玉座の間に入るぞ! 覚悟はいいな?」
プロスヴァーは三人が頷いたのを確認してから、目の前にある両開きの扉を押し開ける。
プロスヴァーの後をついて、マホウツカイ、クラヌス、ヴェシマの順で入っていく。
四人が入ったのを確認して扉を閉める。
そこもまた暗闇に包まれていた。
「真っ暗ね」
いつの間にか、皆の頭上に灯っていた灯りは消えていた。
「今灯りをつけるぞ」
マホウツカイが再び呪文を唱え杖の先に光が灯る。
それでも全ての闇を払えず、まるで闇に光が吸われているようだった。
「広いですね」
闇に包まれ、距離感が掴めないのか、ヴェシマがキョロキョロと辺りを見ながらそう呟く。
「……グルルル」
「ひっ!」
ヴェシマの呟きに答えるかのように、頭上から何かが喉を鳴らす音が聞こえた。
四人は身を竦めて、恐る恐る上を見上げる。
「あ、あああ」
ヴェシマが声にならない声を上げる。そこにいたモノと目があったからだ。
その赤い瞳はクラヌスの宝石のような赤い瞳とは違い、血を凝縮したような色だった。
「ヴェシマよ。静かに」
マホウツカイに咎められ、ヴェシマは慌てて口を手で抑える。
マホウツカイが杖を頭上に掲げると、その目の持ち主が浮かび上がる。
それは竜の頭部だった。
大きさは頭だけで数メートルはありそうで角が二本生えていた。
鋭い牙の生えた口は、四人を一飲みできそうなほど大きい。
「ほ、本物の竜だ……」
ヴェシマは感動してしましまい、塞いでいた口を開けて思わず言葉を漏らしてしまった。
「ソコニイルノハ何者ダ?」
突然竜が牙の生えた大きな口を動かし言葉を紡ぐ。
「喋れるのか」
「嘘? 言葉が通じるの」
「言葉を話す竜……」
プロスヴァーが感心し、クラヌスが驚いて、ヴェシマが改めて感動する中、一人だけマホウツカイは冷静だった。
「当たり前じゃ。彼はこの国の王じゃぞ」
「えっ! あれがルフトルング王?」
それを聞いてクラヌスが再び驚く。
「そうじゃ」
逆にマホウツカイはその事を知っていたようで、全く驚かない。
「そうじゃ、じゃなくて……きゃっ!」
その時、ブワッと四人を強い風が襲う。
無視されて怒ったのか、それは竜が出した鼻息であった。
「さて、話が逸れてしまったな。お待たせして申し訳ない。ルフトルング王」
無視されて憤る竜に、マホウツカイがそれ以上刺激しないようにゆっくりと話しかける。
「お主はダストル王国の王。ルフトルング王とお見受けするが、合っておるかな」
「ソウダ、余ガ、国王ルフトルングデアル。オ前達ハ何者ダ?」
竜の口が動くたび、不快な声が四人の耳に飛び込む。
「ワシはマホウツカイと申します。後ろの三人はドワーフの従者です」
「従者って、ちょっとどういう……プロスヴァー?」
文句を言おうとしたクラヌスをプロスヴァーが手で制する。
「ほら三人共、挨拶をしなさい」
突然の事についていけない三人にマホウツカイが目配せする。
(話を合わせなさい)
そう解釈したプロスヴァー達は、平静を務めて自己紹介を始める。
「名乗るのが遅れました。私はプロスヴァーと言います。お目にかかれて光栄ですルフトルング王」
「……初めまして陛下。私はクラヌスと申します。以後お見知り置きを」
「えっ、えっと、ボクはヴェシマと言います。お目にかかれて光栄で、です!」
プロスヴァーは慣れた様子で、クラヌスは少し不服そうに自己紹介するが、ヴェシマはしどろもどろになってしまった。
「王よ。ワシらの事、覚えていただきましたかな?」
「アア、人間ガ一匹ト、ドワーフガ三匹ダナ」
そう言いながら、ルフトルングは喉を震わせて笑う。
「ちょっと! そう言う言い方ないんじゃない!」
「ク、クラヌス。落ち着いて!」
言葉が通じる竜の、自分達を見下す態度に、カチンときたクラヌスが、ヴェシマの制止も無視して、怒りの声を上げる。
「……ドワーフノ女ガ、大キク出タモノダナ!」
ルフトルングが頭を上げて、四人をさらに高い所から見下ろす。
「落ち着きなされ、王よ。彼女は頭に血が上りやすいのだけ。あまり気になさらず」
マホウツカイは帽子を取り、美しい白髪を見せながら深くお辞儀をする。
「何ですって! 私はそんな怒りっぽくない……もがっ!」
言い切る前にプロスヴァーに口を塞がれる。
「少し静かに」
クラヌスはまだむーむーと唸っていたが、観念したのかやっと黙る。
しかしその赤い瞳は依然として王を睨みつけていた。
ルフトルングは暫く何も言わなかったが、頭を下げ続けるマホウツカイを見て、怒りの矛先を納める。
「イイダロウ。ソナタノ態度ニ免ジテ、アノ女ノ無礼ヲ許シテヤロウ」
「……王の慈悲深い心に感謝いたします」
マホウツカイは頭を上げると美しい白髪を、再び帽子の中に納めた。
「ところで王よ。失礼を承知で一つお聞きしてもよろしいですかな?」
彼女はさっきから王に対して敬語を使っているが、心がこもっていないのは誰の目にも明らかだった。
「アア、構ワナイゾ。聞イテヤロウデハナイカ」
気づいていないのは言われている本人だけだった。
「ありがとうございます。以前、ワシは貴方にあった事があるのですが、覚えておられませんか?」
「イヤ、覚エテナイナ」
「そうですか。それは残念……」
「モウ終ワリカ? ナラバコチラノ質問ニモ、答エテモラオウカ?」
「はい何なりと」
「オ前達ハ何シニココヘ来タ。何故我ガ城ヲ荒ラスノダ? 答エロ!」
ルフトルングの竜の首が威嚇するかのように口を大きく開け、ガチンと勢いよく閉じた。
「簡単な事です。ワシらは不死の王冠を求めてここに来ました」
「……今、何ト言ッタ?」
それを聞いて竜の周りの空気が一気に冷えていく。
「おや、聞こえませんでしたか。ではもう一度言いますから、よく聞きなされ。貴方が頭に戴いている、その不死の王冠から貴方を解放してさしあげましょう。ルフトルング王よ!」
マホウツカイは不意打ちで、杖の光を竜の瞳、目掛けて投げつけた。
「グアアアアアア」
突然の強い光を目に受けて、竜は苦悶の悲鳴を上げた。
その時プロスヴァーは、竜の頭に小さな王冠が載っているのを見逃さなかった。
「不死の王冠。あんな所にあるのか……」
「セラテヲミヤ、ヨリカヒ」
更にマホウツカイは光球を生み出し上に飛ばす。
天井近くまで飛んだ光球は一際強く輝き、玉座の間全体を照らす。
「あっ、見て!」
光に照らされ今まで見えなかった竜の体の一部が見える。
何と竜の身体はこの部屋にはなかった。
正確には玉座があった所から頭と首だけを出していたのだ。
「貴様ラアアアアッ!」
怒りに駆られた王は、長い首と頭で四人を押し潰そうとする。
「皆、避けるのじゃ!」
「ヴェシマ!」
「わっ!」
一瞬反応が遅れたヴェシマをプロスヴァーが抱き抱えて避ける。
四人は何とか避ける事に成功するが、竜が玉座の間の中央に首を叩きつけた事で、四人は分断されてしまう。
「二人とも大丈夫か?」
「クラヌス返事してください!」
巨大な首の所為で二人の姿が確認できないので、プロスヴァーとヴェシマは大声で二人を呼ぶ。
「……ロスヴァー、ヴェシマ。無事なの?」
「クラヌスか! そっちは大丈夫か?」
「プロスヴァーなのね! コッチは無事よ」
「良かった。こっちも無事だ」
ひとまず全員の無事が分かってホッとするプロスヴァー。
だが再び首が動き出し、四人は警戒しながら竜の動向を伺う。
「一人モ潰レテイナイトハ、運ガイイナ」
「あんたのノロマな動き、簡単に避けれるわよ!」
「クラヌス! 挑発するな」
「威勢ガイイナ! ダガ、ココカラガ本番ダゾ」
「な、何を言ってるの?」
竜が浮かべた嗜虐的な笑みを見て、クラヌスの声は恐怖で震えてしまう。
ビシビシ、という音が足元から聞こえてきてた。
「な、何の音?」
音のする方を見ると床全体にヒビが入り、床全体に広がっていく。
「まずい。みんな逃げ……」
そうプロスヴァーが言い終わる前に、床が抜け落ちて、四人は真っ逆さまに落ちる。
「「きゃあああああああああ」」
「二人とも捕まれ!」
プロスヴァーは、悲鳴を上げて落ちていく、クラヌスとヴェシマにそう言って自分の手を伸ばす。
「つ、捕まえました!」
「いいぞ。クラヌスも早く掴め!」
先に捉えたヴェシマを抱き抱えると、クラヌスに向けて右手を思いっきり伸ばした。
「分かってる。けど、届かないの!」
クラヌスは何とかプロスヴァーの手をつかもうとするが、どうしても届かない。
その間にもどんどん身体が落下していく。
プロスヴァーは辺りを見回してあるものを見つけた。
「ヴェシマ。俺にしっかり掴まれ」
「え? は、はい!」
ヴェシマは一瞬迷ったが、それを振り払い、プロスヴァーに思いっきり抱きつく。
「あ、いいな……」
それを見てクラヌスはちょっと羨ましく思ったりしていた。
「クラヌス。今そっちに行くぞ!」
「ふぇ! う、うん」
彼女がそんな事を思っていた時、プロスヴァーの一言で我に帰る。
プロスヴァーはヴェシマを抱き抱えたまま、一緒に落ちてきた自分の身長程もある大きな床の瓦礫を思いっきり両足で蹴った。
「掴まれ!」
クラヌスは、自分に向かってくるプロスヴァーに思いっきり捕まる。
(やった!)
彼女は心の中で小さくガッツポーズをとるのだった。
「そっちは大丈夫かの?」
二人に抱きつかれたプロスヴァーに、マホウツカイが上から話しかけてくる。
「あまり大丈夫とは言えないな。このまま何かにぶつかったら、どうやっても助からない」
そう喋ってる間にもどんどん身体は落ちていき、床がどんどんと近づいてくる。
プロスヴァーはこのまま死ぬのではないかと思い背中に冷たい汗をかいていた。
「それはワシが何とかしよう」
マホウツカイは帽子を手で抑えたまま、呪文を唱える。
「ヨエタアオネハ……」
「お、落ちるうううううっ!」
「きゃあああああああああ」
ヴェシマとクラヌスが叫ぶ中、プロスヴァーは叫びたいのを堪えてマホウツカイが呪文を唱え終わるのを見ていた。
「……ニラレカルチオ!」
呪文を唱え終えたマホウツカイは杖の先を三人に向ける。
「きゃあああああああああ……」
クラヌスは怖くて思わず目を閉じてしまった。
「クラヌス。目を開けろ。よく見てみろ」
「……ああああああ……えっ?えっ!」
目を開けたクラヌスは驚いてキョロキョロと辺りを見回す。
見ると、身体が浮かんでいたからだ。
「ど、どうなってるの。これ?」
「マホウツカイのお陰だよ」
「そう、ワシの魔法じゃ」
大小様々な瓦礫が、ものすごい速さで落ちていく中、四人はフワフワと漂いながら、ゆっくりと床に着地する。
「二人ともついたぞ……離れてくれるか?」
「あ、すいません」
「……ありがと、プロスヴァー」
ヴェシマが先に離れ、クラヌスは少し名残惜しそうに彼から離れるのだった。
「魔法ヲ使エル者ガイルトハ、小癪ナ……」
「やっとその姿を拝見する事が出来ましたな。ルフトルング王」
床に降り立った四人は声がした方を向く。
玉座の間を貫いていた首がゆっくりとした動作でこちらを睨みつけながら降りてきた。
マホウツカイが杖に光の灯りをともす。
光のお陰で、全長二十メートルはありそうな竜の身体が見えて来る。
ルフトルングは尻尾と後ろ足で立ち上がっていた。
全体は黒い鱗で覆われていていたが一番目立つのは腹部だった。それはでっぷりと太っていて、どう見ても機敏に動けるようには見えない。
「醜い姿ですな……」
マホウツカイはその姿を見て素直な感想を述べる。
「ワシが以前会った時とは、全ての人々に慕われた良き王であったのに……今の貴方は只々醜い!」
「黙レ!」
身体が鈍っているのを補うように、全長の半分もある首が、蛇のように機敏に動き回り、マホウツカイに近づいてきた。
マホウツカイの眼前まで竜の首が近づいてくるが、彼女は怯むことなくそれを睨みつける。
「余ノ身体ニ、傷ヒトツデモ、付レラレルノカ?」
「……出来る」
「何?」
「ワシら四人なら出来る!」
そう言い終えた直後、マホウツカイは近づいてきた竜の下顎を、杖で突き上げた。
不意打ちをくらった王の顔が仰け反る。
「はああっ!」
マホウツカイは跳躍し、仰け反った竜の頭を杖で吹き飛ばした。
吹き飛んだ王の頭はそのまま壁に激突する。
「三人共聞くのだ! 王の呪いを解くには、お主らの力が必要じゃ!」
マホウツカイは三人の方を振り向いて、杖を地面に叩きつける。
すると三人の身体の奥底から勇気が湧き上がってきた。
「マホウツカイ。何をすればいいんだ?」
「そうよ。早く教えなさい!」
「ボクだって、頑張ります!」
三人は各々の得物を構える。
「何、簡単じゃよ……」
マホウツカイは竜の倒し方を手短に三人に話していく。
「そんな事……」
「やるしかないわね」
ヴェシマは、唯一持っている擲弾をギュッと握りしめ、クラヌスはペロリと唇を舐める。
「ああ、やってやろう!」
プロスヴァーは、地面に突き刺していたヴォルヴィエを引き抜いた。
直後、壁にめり込んでいた竜の頭が動き出す。
「三人共、行くぞ!」
「「「おおおおっ!」」」
三人は雄叫びを上げながら、竜となった王に向かっていく。
王は、頭についた破片を振り落としながら、壁から首を抜き出す。
「人間ニ、ドワーフ共メ。余ヲ舐メルナ!」
王は口を大きく開けて、四人に向けて威嚇する。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」
その咆哮は轟音と衝撃を伴って、四人に襲いかかってきた。
「ワシの後ろに集まるのじゃ! ヨテタノリカヒ!」
マホウツカイは三人が後ろに集まると同時に呪文を唱え終え、杖を前に突き出し、光の盾を作り出す。
「むうううううん」
咆哮に押し潰されないように、必死に耐えるマホウツカイ。
「……ゴアアアアアアアアアアアアアアア!」
しかし竜の咆哮は強く、マホウツカイは片膝をついてなんとか耐える。
だが先に限界が来たのは、光の盾だった。
中心からヒビが入り、それが全体に広がった途端、魔法の盾は砕け散ってしまう。
バン、と音を立てて砕け散ったが、それと同時に竜の咆哮も収まった。
「ハハハ。大キナ口ヲ叩イタ割ニハ、大シタ事ハ無イナ。人間!」
「ふふっ。これでいいのじゃよ。ルフトルング王」
「何だと、ムッ、ドワーフ共ハ何処へ……」
そこで王は気づいた。マホウツカイの後ろにいたはずの三人のドワーフがいつの間にか居なくなっていたのだ。
「「うわああああっ!」」
竜がマホウツカイに気を取られている隙に、プロスヴァーとクラヌスは、二足で立ち上がるその後ろ足に近づいていたのだ。
クラヌスは雄叫びを上げて走り、持っているナバジェーニャを力の限り振り下ろす。
「堅い!」
左脚目掛けて振り下ろしたその一撃は、黒い鱗を傷付けただけで、奥の肉までは届かなかった。
それを見ていたプロスヴァーは鱗のない部分を狙い、ヴォルヴィエで突き刺す。
艶やかな黒の切っ先は、深々と肉を貫き、刃を引き抜くと同時に、紫の血が噴き出す。
「ガアアアアアッ!」
王は突然の痛みに驚いて吼える。
すると右脚を持ち上げて、自分の脚に傷を付けたドワーフを狙ってその巨大な爪先を落としてきた。
「くっそ!」
プロスヴァーは悪態をつきながら竜の右脚を避ける。
「このおおおおっ!」
プロスヴァーを助ける為にクラヌスも左脚を切りつけていく。
彼女の攻撃は鱗に弾かれるが、竜の気をひくことには成功した。
「目障リダ!」
今度は左脚を上げてクラヌスを踏み潰そうとする。
クラヌスはそれを余裕で避けた。
「そんな鈍い攻撃、当たる方がどうかしてるわ!」
「ナラバ、コレハドウダ!」
王は今度は爪先でクラヌスを蹴飛ばそうと脚を動かす。
「だから、当たらないって……」
相手の爪先を避けようとして、後方に下がったのが間違いだった。
爪先はクラヌスではなく、床を狙っていたのだ。
床は砕け散り、その破片がクラヌスに散弾となって襲いかかってきた。
「きゃあああ」
無数の破片をくらってクラヌスが吹き飛ぶ。
クラヌスは何度も床を転がり止まる。その全身は傷だらけになっていた。
「他愛ナイナ。死ネ!」
動かなくなったクラヌスを潰そうと、王は左脚を上げる。
そして狙いをつけると、躊躇うことなく、その脚を落とした。
クラヌスは竜の左脚で踏み潰されてしまったかに見えたが、それを間一髪のところでプロスヴァーが阻止する。
「ぬう、ぐううう!」
「う、プ、 プロスヴァー……」
倒れるクラヌスが見上げると目の前にプロスヴァーがいた。
「ク、クラヌス。無事か……?」
「ええ、何とか、大丈夫」
クラヌスは自分の身体を確かめると、全身ズキズキと痛み、傷だらけであったが、骨は折れていないようだった。
「なら……早く逃げろ!」
そう言うプロスヴァーの声は震えていた。
クラヌスの赤い瞳が、プロスヴァーが何から自分を守っているのか知る。
彼は竜の脚を、両手を使って支え耐えていた。
「早く、長くは……持たない!」
プロスヴァーの両足が段々と地面にめり込んでいく。
「フフフ、何時マデ耐エラレルカナ?」
王が更に左脚に力を込める。
「がああああああ」
バキバキとプロスヴァーの両足が床にめり込んで行き、全身が軋んでいく。
「プロスヴァー!」
「逃げろ……クラヌス」
「……嫌よ!」
クラヌスは立ち上がると、プロスヴァーと共に竜の脚を両手で押す。
「クラヌス! 何してるんだ。逃げろ。このままでは二人とも潰されてしまう」
「何言ってるの。私が逃げたら貴方一人が潰されちゃうじゃない。そんなの、絶対嫌よ!」
クラヌスは全身の痛みを無視して、プロスヴァーと二人で、脚を押し返そうとする。
限界以上の力を出しているせいで、傷口から血が流れ、足元を赤く染めていく。
「それに、もう少し耐えたら、そろそろ完成するはずよ。だから二人で頑張るの!」
クラヌスの力強い言葉を聞いて、プロスヴァーは口元に笑みを浮かべる。
「……分かった。ならば竜に見せてやろうではないか。我らドワーフの馬鹿力を!」
二人で力を合わせ、火事場の馬鹿力で竜の左脚を押し返していく。
しかし、それも十センチ程押し返したところで動かなくなってしまった。
「も、もう限界……」
「頑張れクラヌス!」
「モウ遊ビハ終ワリダ。潰レロ!」
王は一気にドワーフ二人を踏み潰そうと、左脚に力を込める。
「……そう遊びは終わりじゃの」
「!」
王は声がした方を振り向いた。
そこには膨大な光の魔力を、杖に集中させたマホウツカイが立っていた。
「ガアアアアッ!」
王はそのあふれんばかりの魔力に危機を感じ、マホウツカイを噛み殺そうと、その首を伸ばす。
「遅い! レブヤチウ、ヲキヘウヨシ、ノノモノカ、ヨリカヒ」
マホウツカイが、一際長い呪文を唱え、杖に集めた光の魔力を解き放つ。
解き放たれた光は、竜の身体を包みこみ、その身に纏っていた光の魔法を防ぐ障壁を破壊した。
ガラスが割れるような大音量が部屋全体に響き渡り、それを聞いた四人は一斉に行動に移る。
「ケヌラツ、ヲキテ、ヨリカヒ」
マホウツカイが投じた光の槍が、竜の腹部に当たり、光の爆発を起こす。
「グハッ」
着弾したところの肉は大きく抉れ、紫の体液が噴き出す。
それと同時に竜も口から血を吐いた。
だが、腹部の傷は瞬く間に再生していく。
「無駄ダ! ソンナ魔法デ、余は殺センゾ!」
「いや、これでいいのじゃ。今じゃヴェシマ!」
「何ダト!」
マホウツカイは相手に魔法が効くことを確認し、ヴェシマの名前を大声で呼んだ。
「はい。行きます!」
この時が来るまで、じっと身を潜めていたヴェシマは、姿を見せると、スリングで唯一持ってきていた土の魔力の擲弾ゼムリルを投擲した。
放たれたゼムリルは放物線を描き、竜の右脚の下に転がっていく。
しかし何も起こらなかった。
「ハハハハハッ! 驚カセオッテ、何モ起コランデハナイカ!」
王が右脚に力を込めたその瞬間それは起きた。
右脚の下の床がまるで鋭い槍のように隆起して、竜の右脚を貫いたのだ。
「ギャアアアアアアアアアアア」
「す、凄い!」
「ゼムリルは発動までに少し時間がかかるんです。けどその分威力も強力なんですよ」
驚くクラヌスにヴェシマが解説を入れる。
竜は長い長い悲鳴を上げながら、ゆっくりと横向きに倒れていく。
右脚を失って支えるものがなくなった胴体が自分の体重を支え切れず、横向きに倒れた。
竜の右半身は盛大に土煙を上げながら倒れ、床を砕いて埋まる。
それに引っ張られるように長い首の先端にある頭も、地に落ちた。
四人が立てた作戦はこうだった。
まずマホウツカイが囮になり、プロスヴァーとクラヌスが竜を挑発する。
そしてその間にマホウツカイは光の魔力を貯め、ヴェシマは物陰に身を潜めた。
そしてマホウツカイが魔力を貯め終えた時、竜の魔法を防ぐ障壁を破壊する。
そしてヴェシマの持つゼムリルを使って脚を貫いて竜を倒し、不死の王冠を取る。
これこそが彼ら四人が立てた作戦であった。
「今じゃ、プロスヴァー殿!」
「おおっ!」
プロスヴァーは駆ける。
目指すは床に落ちた竜の頭、その頭頂部に一体化している不死の王冠だ。
閉じている口の上に登り、頭の上に登った時、竜が閉じていた目を開く。
そして上に乗るプロスヴァーを振り落とそうとめちゃくちゃに暴れまわる。
プロスヴァーは頭の角を掴んで必死に耐えていた。
「余カラ離レロ!」
プロスヴァーは角にしがみついて耐えていたが、一歩も動くことが出来なくなってしまう。
そんなプロスヴァーに助け舟を入れたのはクラヌスであった。
「少しは、大人しくしなさい!」
クラヌスはナバジェーニャを下から振り上げる。
狙うは鱗に包まれていない首の柔らかい部分。
プロスヴァーを落とすのに夢中だった王は、その一撃をまともに受けた。
「ギャアアアアア」
分厚い斧刃に首を切られて、再び竜の頭が地に落ちた。
その機を逃す理由プロスヴァーではなかった。
プロスヴァーは竜の頭頂部に付いているその王冠を両手で掴むと、思いっきり引っ張る。
「うわあああああっ!」
「ヤメロオオオオオオオ」
渾身の力を込めて引っ張り、王冠が竜の頭部から引き剥がれた。
「これで、終わりだああああああああああっ!」
プロスヴァーは左手でヴォルヴィエを鞘から引き抜くと、逆手に持ち、竜の頭頂部に鍔元まで一気に突き刺した。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ……」
王は大きく口を開けて、一際大きく絶叫すると、そのまま床に落ちる。
「うわっ」
その衝撃でプロスヴァーはヴォルヴィエから手を離してしまい床に落ちてしまう。
「大丈夫プロスヴァー!」
彼を心配してクラヌスたちが駆け寄る。
「ああ、クラヌス助かった」
クラヌスに手伝ってもらいプロスヴァーは立ち上がる。
「その顔、成功したのね」
「ああ、これを見てくれ」
プロスヴァーは右手に持っていた不死の王冠を三人に見せる。
「これが不死の王冠で間違いないですね?」
「うむ。それこそがルフトルング王を狂わせ、この王国を呪った元凶じゃ……そして」
そこでマホウツカイは一旦言葉を区切る。
次に放たれた言葉は三人、特にプロスヴァーにとって衝撃的だった。
「そして、お主の父、ガラヴァー王を呪っている者が、今一番欲している物でもある」
「なっ、父上が呪われている? 一体誰がそのような事を!」
「詳しくは後じゃ。今は、離れ離れになった仲間達と合流する方が先じゃろう」
「……分かりました」
「三人は先に上に戻っておれ。ワシは少しやる事があるでの」
そう言うと、呪文を唱えて、三人を上にあげる。
上にあがる三人を見届けた後、マホウツカイはおもむろに後ろを振り向く。
そこにはプロスヴァーによってトドメを刺された竜の骸があった。
骸は頭頂部に刺さっているヴォルヴィエ共々、ボロボロと砕け灰になっていく。
マホウツカイがそれを見届けていると、一人の男性が現れた。
彼は豪華な王族の衣装を身に纏い、マホウツカイに親しげな笑みを浮かべる。
「改めて、お久しぶりと言いましょう。陛下」
「ああ、久しぶりだな。以前会った時とは姿も声も違うが、その喋り方は以前と変わらないな」
「まぁ、癖みたいなものですわい」
「そうなのか? なら以前と違い、女性の姿をしているのも何か意味があるのか?」
「ふふふ、この姿の方が色々と都合が良いこともありますので」
二人はしばらく沈黙する。
「ぷっ、ははははっ、あははははは」
沈黙を破ったのは王の笑い声だった。
「くくくっ、すまんな。笑うとこではないかもしれんが、ツボに入ってしまったようだ。くくく……」
ルフトルングの笑いが収まるまでマホウツカイは待っていた。
「気は済みましたかの?」
「すまん、余にはもう時間がないのに、無駄な時間を使ってしまった。許せ」
ルフトルングは、そう言って自分の身体を見る。
見ると彼の身体は見る見る透けていく。
「其方とあのドワーフ達に礼を言わせてくれ。余とこの王国を解放してくれてありがとうと。そして数々の非礼を許してくれ」
「大丈夫。彼等は細かいことは気にしてませんよ」
「そうか、ならいいのだ。本当は直接礼を言うべきなのだが、もう時間がないな……」
「そうです。ほれ、彼女も待っておりますぞ」
「彼女?」
マホウツカイに促され、後ろを振り向いたルフトルングは、その瞳に最愛の王妃の姿が映る。
シュピラニエは王と目が合うと、何も言わずただ黙って頷く。
「すまん……後を頼む。友よ」
「はい」
その返事を聞いたルフトルングは、満足そうに頷くと、王妃の元に近づく。
そして二人が寄り添うと、その姿は淡い光となって天に昇っていった。
マホウツカイは何も言わずに二人を見送ると、自分にも呪文をかけて、プロスヴァー達の後を追うのだった。
玉座の間まで戻ったプロスヴァー達は、ソンツェル達の無事を確かめるべく、急いで扉を開けた。
「よう。そっちは終わったか?」
扉を開くと、そこには満身創痍の四人がプロスヴァー達を出迎える。
「ソンツェル、みんなも無事なのか?」
「見てわからねえか? まぁこんな格好じゃあ無事には見えねえか」
そう言ってソンツェルは自分の格好を見ると、全身傷だらけ、鎧も服もボロボロで、赤と紫の血でドロドロになっていた。
「ダブローノスさんも生きてます。みんな無事でよかったです」
僕のクロスボウは壊れちゃいましたけどね。と言いながら、ヴラークはダブローノスに肩を貸して、プロスヴァー達の元に近づく。
「三人とも、ご無事でよかったです……」
「ダブローノスも無事で良かった。チャリーノスお前もな」
傷だらけの大盾を油断なく構えたまま、チャリーノスはゆっくりと頷いた。
「みんな見て!」
クラヌスが指差した方を見ると、騎士達の骸から光の球が現れふわりと登っていく。
「何でしょう、これ?」
「彼等の魂じゃよ」
ヴェシマの疑問に答えたのは、遅れて現れたマホウツカイだった。
「呪いが解かれ、彼等の魂はやっと解放されたのじゃよ」
八人が、昇っていく魂を見ていると、いきなりクラヌスが走り出した。
「どうしたんだ。おい!」
プロスヴァーの呼びかけも無視してクラヌスは一人で城の外へ向かって走っていく。
「どうしたんだお姫様は?」
「分からん。後を追う」
「待てよ。プロスヴァー」
彼がクラヌスを追いかけて走り出すと、皆も後に続く。
プロスヴァーが追いかけると、クラヌスは城の門の所に立ち尽くしていた。
「クラヌス、どうしたんだ」
「……見て」
クラヌスがそう言って指差した方をプロスヴァーも見る。
彼女が指差した先は城下町であった。
町中の至る所で、淡い光が次々と天に昇っていく。
「……綺麗だな」
「うん……あっ!」
「どうした?」
「あそこ、見て」
二人は通りに立っている女性を見つける。
それは城下町で二人を匿ってくれたエデルであった。
エデルは笑顔でこちらに手を振り、それを見てクラヌスも大きく手を振り返す。
「さようならー。ありがとうー!」
エデルはしばらく手を振ると、隣にいた夫のヴェルトと共に深くお辞儀をして天に昇っていく。
「……良かったな」
「……うん。でも、なんか寂しいな」
そう言うとクラヌスは隣にいるプロスヴァーの腕に、コツンと自分の頭を預ける。
二人はしばらくそのまま天に昇っていく魂を見つめていた。
「コホン……二人ともそろそろいいかな?」
「「うわっ!」」
二人はビックリし、慌てて離れる。
「すまんな。いい雰囲気ぶち壊しちゃって」
ソンツェルに続いて他の人からも、ごめんとか失礼いたしました、と謝られてしまった。
「あ、謝らないでよ!」
クラヌスは顔を真っ赤にして両手をブンブンと振るう。
「そ、そうだヴェシマ。転送石の製作を頼めるか? 不死の王冠を手に入れた以上、一刻も早く帰らなければ」
「はい。すぐに作ります」
「ちょっといいかな?」
「どうしたヴラーク?」
「その転送石を作って帰る話なんだけど、最初僕たちが通ってきたゲートから帰ればいいんじゃないかな?」
「「「…………」」」
六人はそれを聞いて一瞬固まる。
「あ、あれ? 変なこと言った?」
「それを早く言え!」
ソンツェルの大声が、ヴラークの鼓膜を震わせる。
「声がデカイってソンツェル」
「でも、ゴブリンが砦にまだいるんじゃない?」
「いや、もうゴブリン共はおらんよ。クラヌス姫」
「何でそう言い切れるの?」
「ワシが残りのゴブリンを倒しておいたからの」
「えっ?」
「更にクギを刺すようで悪いが、ゲートも閉じてしまった。あそこからは戻れん」
「「「…………」」」
「……じゃあ、急いで僕作りますね」
沈んでしまった空気をヴェシマが吹き飛ばそうと努めて明るく声を出す。
「いや、ヴェシマよ。作らなくても大丈夫。ワシに任せなさい」
マホウツカイは門の前の地面に杖の先を使って、ガリガリと削っていく。
最初は分からなかったが、マホウツカイが何をしているのか最初に気づいたのは魔法を学んでいたヴェシマだった。
「ま、魔法陣……しかもそれは転送魔法の……」
「ふむ、ご名答。さあ皆よ、帰ろうぞ。其方達の王国へ」
七人は喜々として、マホウツカイが作った魔法陣に集まる。
「みんな入ったな?」
「「「おうっ!」」」
「誰一人欠けていないな?」
「「「おうっ!」」」
「帰りましょう。プロスヴァー」
「ああ、王国に帰ろう。それではマホウツカイ頼みます」
「うむ。では行くぞ」
マホウツカイが両手で杖を頭上にあげると、魔法陣が輝き、八人は光に包まれダストル王国を後にするのだった。




