第7話 王城に巣食う呪われし者 その1
八人はマホウツカイを先頭に開いた城門を抜けて城の中に入っていた。
「中は暗いな」
「松明をつけるか」
「二人とも待ちなされ」
プロスヴァーとソンツェルの会話を聞いていたマホウツカイが話に入ってくる。
「灯りのことなら、ワシが何とかしてやろう」
「どこに灯りがあるんだ?」
「ソンツェルよ。今出すから慌てなさるな。ヨリカア」
マホウツカイが呪文を唱え、左手を杖の先端に翳す。
すると杖に光の球が現れ辺りが明るく照らされた。
「これが一人一個あれば松明なんか要らなくなるな」
「そうだのう。しかしお前さんにはちと無理かの」
「何でだよ?」
「お主には魔法の素質が無いからな」
そう言ってマホウツカイは自分を睨むソンツェルに「怒るな怒るな」と言いながらウィンクするのだった。
「そうだ。怒らせてしまったお詫びにこれをやろう」
マホウツカイは杖の光を左手で一部千切りとる。
そして左手の光をソンツェルの頭上目掛けて投げる。
「おい。何だよこれは」
光はソンツェルの頭上で明るく輝き、辺りを照らす。
「お主にその明かりは作ることはできないが、ワシには作れる。なのでワシからのプレゼントじゃ」
マホウツカイは次々と皆の頭上に向かって光を投げていき、七人全員の頭上に光の球が浮かぶのであった。
「はいこれでよし。クラヌスさん。具合はどうですか?」
「うん。大丈夫」
治療を終えたクラヌスにヴラークは調子を尋ねる。
彼女の傷は、深くはなかったものの、止血する為に壊れた兜を捨て、清潔な布で眼帯のように左目を覆っていた。
自慢のツインテールも左側は無残に切り落とされてしまい、今は右側しか残っていない。
「ちょっと視界が狭いわね」
「しょうがないですよ。左目は無事ですが、そのすぐ上を切っているんです」
ヴラークは「本当は縫わないといけないんですよ」と言いながら、ちゃんと血が止まっているか確認していく。
「分かってる。でも、もう少し無茶させてよね。ここで全力を出さないで、いつ出すっていうの」
クラヌスは片目で武器を振るえるかどうか、何度か手の中で斧を弄ぶ。
今、彼女が持っている斧はゲルターから譲り受けたものだ。
クラヌスは斧に名前をつけていた。
「それにこの斧、ナバジェーニャもちゃんと使いこなしてみせるわ」
「クラヌス姫、その斧をちょっと見せてもらって構わないかな?」
「いいわよ。マホウツカイさん」
杖を地面に突き刺したマホウツカイは手ぶらでクラヌスの側によると、クラヌスのナバジェーニャを持ち、まじまじと観察する。
「どう?」
「ふむ。この斧には魔力が込められておる……これなら、彼を倒せるだろうな」
「彼? 彼って誰の事?」
「おっと、こっちの話じゃ。この斧は昔、魔族と戦う為に人が鍛え、エルフが魔力を込めた物じゃ。大切にしなされよ」
「鑑定してくれてありがとう。もちろん大切にするわ」
その言葉に頷くとマホウツカイはおもむろに立ち上がる。
「ふむ。それじゃプロスヴァー殿。そろそろ行こうかの?」
「ああ。みんなできる限り荷物は置いていこう。身軽な方がいいだろう」
「その通り。お主達が求める物はすぐそこにある。ここで盗みを働くものもおらんから大丈夫じゃ」
「覚悟の上です」
七人は武器や必要最低限な物を身につけて、背嚢など重い荷物はその場に置いていく。
持っていく装備を身につけている時、ダブローノスがプロスヴァーに話しかけてきた。
「失礼します。プロスヴァー様」
「どうした? 準備は終わったのか?」
「はい。私の方の準備は終わっています……」
ダブローノスは何かを言おうとするが、中々口を開かない。
「ダブローノス。言いたいことがあるなら言ってくれ。お前らしく無いぞ」
「申し訳ありません。その……姫様のことです」
「クラヌスの事?」
「はい。彼女にはここで待ってもらうわけにはいきませんか?」
「何故だ?何故そんなことを言う?」
二人はクラヌスの方を見る。
彼女はこちらに気づかずに装備の点検をヴェシマとしていた。
「彼女はペシチェ王国の姫。もし、万が一の事があったら……」
「…………」
「プロスヴァー様。黙ってないで何か言ってください」
「ダブローノス。俺の気持ちは決まっている。彼女は必要だ。だから連れて行く」
「しかし……!」
「分かっている。彼女はペシチェの姫だが、今は頼りになる戦友だ。彼女がいなければここまで来れなかっただろう」
プロスヴァーの意志の硬さを知ってダブローノスは何も言えなくなってしまう。
「どうしたの二人とも。内緒話?」
「ああ、姫様……」
「何よそんなに慌てて、そんなダブローノス初めて見たわ」
「すまんな。今後の事を色々話していたんだ」
口籠って何も言えなくなってしまうダブローノスに変わり、プロスヴァーが代わりに答える。
「そっ、ならいいんだけど。みんな準備出来たけど二人は大丈夫?」
「ああ、もう少しで出来る」
「分かった早くしてよね」
「……クラヌス!」
立ち去ろうとする彼女をプロスヴァーは呼び止めた。
「何よ、大声出して。ビックリするじゃない」
「すまん。怪我は大丈夫か?」
「ん、これ?」
クラヌスは自分の眼帯を指差す。
「大丈夫。ちょっと出血が多かっただけ。目は怪我してないし、ヴラークが大袈裟なのよ」
「じゃあ最後まで付き合ってくれるな?」
「勿論よ。何を今更……あっ、もしかして二人して私を置いていこうとした?」
「そんな事は御座いません! 姫様の怪我の具合が心配でして、ただそれだけです」
ダブローノスが慌てて誤魔化すが、それを見たクラヌスはますます疑り深く二人を見る。
「怪しい。けど疑われたなら、それを晴らさないとね」
クラヌスは少し考えた後、何かを閃いたようだった。
近くの壁に近づくと、籠手を外してから一度右拳を軽く壁に当てる。
「ハッ!」
そして気合の声と共に右拳で壁を思いっきり殴る。
ズドンという音がして壁に大きな穴が開いた。
その衝撃は城じゅうに響き渡る。
穴から引き抜いた右腕は怪我ひとつしていなかった。
「どうよ。これでも私は足手まといかしら?」
拳についた破片を振り落としながら、聞いてくるクラヌスに、二人は揃ってブンブンと首を左右に振る。
「よろしい。じゃあ早く行きましょう」
「女性というものは時として恐ろしい。しかしそれが我々男にはない強さなのでしょうな」
「……全くだ」
颯爽と去っていく彼女の背中を見つめながら二人は冷や汗を流すのだった。
「そうだ。お主達にここの主である国王の事を話しておくかの?」
杖で辺りを照らしながら先頭を歩く、マホウツカイが唐突にそんな事を言ってくる。
「喋っていて大丈夫なのか?敵がいるかもしれないだろ」
「何、ここにはおらんよ。いるとしたらもっと奥、玉座の間の辺りに集まっておるだろう」
「分かりました。是非聞かせて下さい」
「ふむふむ。プロスヴァー殿は素直でいい子じゃの。それに比べてソンツェル殿は全く可愛げがない」
「うるせー」
今の隊列はマホウツカイが先頭に立った以外は変わりはない。
ソンツェルとヴラークが前方を警戒し、殿はチャリーノス。その間をプロスヴァー、クラヌス、ヴェシマ、ダブローノスといった隊列になっている。
「では聞かせてやろう。このダストル王国を治める王の名はルフトルングという。いつも優しそうな瞳を持ついい国王であった」
「まるで実際会ったことあるような言い方だな」
「勿論ワシは会ったことがあるぞ」
「はあ! あんた一体何歳なんだよ?」
「女性の歳を聞くとはデリカシーのない奴じゃ、ソンツェル殿はモテないじゃろ?」
「なっ! 俺が今まで寄った町には必ず一人は恋人が……」
「ソンツェル! 話が進まなくなる」
窘められて口をへの字に曲げたソンツェルは何か言いたそうだったが、それ以上何も言わなかった。
「話を続けてください」
そう言われたマホウツカイは再び国王の事を話していく。
「ルフトルング。あやつは良い王であった。誰にでも優しく、悪を決して許さない。正義感の塊じゃった。ワシも何度か彼と会い色々な事を話したものじゃ」
マホウツカイは昔を懐かしむかのように目を細めていた。
「しかし、彼の体の弱さ、これだけはどうにもならなかったのう」
「失礼ですが、貴女程の力を持っていても治療はできなかったのですか?」
「ヴェシマよ。ワシでも人の病を治す力は持ってはおらんのじゃよ」
そう言うマホウツカイの背中はとても寂しそうだった。
「闇の勢力とって、王は邪魔だった。だからこそ身体の弱さを付け込まれてしまった。ワシが王国に行けない間に、奴らはルフトルング王に、呪いの品を送ったのじゃ」
「それが不死の王冠」
「その通りじゃプロスヴァー殿。王は聡明だったから、それをつける事はしなかった。だが闇の勢力は、それが分かっていたからこそ、付けざるをえない状況に、彼を追い込んだのだ」
「門の砦を制圧された事ね」
「うむ。そうじゃクラヌス姫。一応、ワシも備えとして助っ人を送っておいた。お主達も会ったかもしれんな。その刀の前の持ち主じゃ」
プロスヴァーは自分の腰に佩いてあるヴォルヴィエを見た。
「彼女は今は亡き東方の島国の人間での。鬼殺しの一族の末裔だった」
マホウツカイはそこで深い溜息をつく。
「彼女と王妃は親友での。快く助っ人を引き受けてくれたのだが、結果はこの通り、ワシにもそこまで想像はできなかった……」
その口調からマホウツカイが後悔しているのが、七人にもハッキリと感じられた。
そこまで話した所で「話はここまでじゃ」と言って途中で切り上げる。
「どうしました?」
突然話を切り上げたマホウツカイに対してプロスヴァーが問う。
「うむ。この先の道は玉座の間に繋がっておる。だがある者たちがワシ達の前に立ち塞がるだろう」
「それは一体?」
マホウツカイは振り向くとプロスヴァーの目を見つめる。
「王を守る騎士たちじゃ」
八人は武器を構え油断なく暗い通路を歩いていた。
魔法の明かりで照らされているところ以外は、深い闇に包まれていて、いつ何処から敵が現れるか分からず、警戒しながら進む。
「止まれ!」
先頭のマホウツカイが後続の七人を止める。
「何だ……」
「静かに!」
七人は喋らないように口を抑える。すると前方の闇から足音が聞こえてきた。
それは一歩一歩、ゆっくりとではあるが確実にこちらに近づいてくる。
明かりに照らされたその姿は、全身に鎧を纏い、背中にマントを付けた騎士であった。
騎士は、首も曲がり両手も力なく伸ばしていたが、不意に首を上げて前方にいる侵入者を見つめる。
「王の敵には死を」
そう呟くと左手の盾を体の前に掲げ、長剣を鞘から抜いて右手に構えた。
「こいつはワシに任せろ!」
歩いて距離を詰めてくる騎士をマホウツカイが迎え撃つ。
彼女の得物は杖のみであった。
上段から勢いよく振り下ろされた剣をマホウツカイは杖で弾く。
そのまま剣を持っている右手首を杖で突いて、騎士の剣を床に落とす。
マホウツカイは間髪入れずに騎士の顔を杖で殴り
とどめの突きを入れた。
騎士は背中から倒れて動かなくなる。
「やったか?」
「いや、まだじゃ」
ソンツェルの質問に答えながら、マホウツカイは油断する事はなかった。
皆が見つめる中、倒れた騎士は腕を使わずに両足だけで起き上がる。
「なっ何あれ……」
クラヌスが驚くのも無理はない。
杖で殴られ壊れた兜を騎士が捨てるとそこから現れたのは、竜の頭だった。
全体は緑の鱗で覆われ角は無く、口からは鋭い牙が生えていて、金色の瞳はぎらぎらと輝き、声を出したクラヌスを睨む。
「王ノ敵ニハ死ヲ」
竜頭の騎士は盾も捨てて、先程とは比べ物にならない早さで動くと素手で殴りかかってくる。
標的はクラヌスだった。
(避けれない)
クラヌスは迫る拳に思わず目を閉じてしまう。
彼女の耳に金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「あれ?」
クラヌスは自分の頭が潰れていないことに気づき、恐る恐る目を開けた。
「クラヌス。目を瞑ったら駄目だ」
プロスヴァーは、騎士とクラヌスの間に割り込みヴォルヴィエで拳を防いでいた。
竜頭の騎士は刃が深く食い込んでいることに構わず、更に拳を押し込んでくる。
「ぬぐぐぐ、クラヌス、そこを退くんだ」
ヴォルヴィエの峰に左手を添えて対抗するが、向こうの勢いを止められず、ジリジリと後退させられてしまう。
「単純な力なら向こうのほうが上か……」
騎士は拳に刃が食い込み紫色の血が流れているのも構わずに、力任せに押し込んでくる。
「王ノ敵ニハ死ヲ」
「まだ死ぬわけにはいかない。悪いがこの奥に通してもらうぞ!」
プロスヴァーはクラヌスが退いたのを確認するとわざとヴォルヴィエを引いた。
騎士は自分の力で勢い余って、バランスを崩し、右腕が伸びた格好になる。
「そこだ!」
伸びきった肘を狙ってヴォルヴィエを切り上げた。
騎士の右腕の肘から先が回転しながら飛んでいく。
「王ノ敵ニハ……」
右腕を失っても尚、左腕で殴ろうとした騎士の顔にヴォルヴィエの刃が吸い込まれた。
一拍遅れて、騎士の口から上が地面に落ちる。
それに続くように騎士の身体も崩れ落ちるのだった。
「彼等は何者です?」
騎士の死体に屈み込んだプロスヴァーは側にいるマホウツカイに尋ねる。
死体は竜から人の姿に戻っていた。
「言ったじゃろう? ルフトルング王を守る騎士たちじゃ」
「しかし、この姿は……」
「人ではないと言いたいんじゃろう?」
言葉を詰まらせたプロスヴァーの代わりにマホウツカイがその後を言う。
「はい」
「勿論彼等は人であった。しかし王冠の呪いは国王だけでなく騎士達にも降りかかったのじゃ」
「呪いでこのような姿になった……」
「そうじゃ。彼等に生前の意思はない。あるのは、揺るぎない王への忠誠だけじゃ」
「…………」
「どうした? 怖気付いたか?」
「いえ。そんな事はありません。それにここまで来て後には引けません」
「うむ。その意気じゃよ。プロスヴァー殿」
「プロスヴァー……」
クラヌスがおずおずと何かを言いたそうに近づいてきた。
「ごめんなさい。足手まといにならないって言っておきながら、早速足引っ張るような事しちゃって……」
「気にするな。敵があんな行動をとるとは誰も想像できなかった」
「でも、貴方は……」
「いいんだ。今は過ぎた事を考えてもしょうがない。次は動けるな?」
「も、もちろん!」
「よしよし。皆にワシから贈り物をやろう」
マホウツカイは皆を集めると各々の得物を持たせる。
「ああ、言い忘れていた。プロスヴァーとクラヌス。後、ヴェシマ以外の四人だけ集まってくれ」
四人が集まったのを確認してマホウツカイは呪文を唱え始めた。
「ヲクフクユシ、ニチタシンセ、ヨリカヒ」
そう唱え、杖を頭上に掲げると、強い光が現れて四人の得物に吸い込まれる。
「こ、これは……?」
ソンツェルが驚きの声を出すのも無理はない。四人の持つ武器は光のポーションをつけた時とは、比べ物にならない程、光り輝いていた。
「ワシが光の魔力をエンチャントしたのじゃ。ポーションよりもはるかに強力じゃ」
「あの……僕のクロスボウが光っているんですが……」
見るとヴラークのクロスボウは光り輝いていた。だが、肝心のボルトはそのままであった。
「お主の場合はそのまま矢を番えればよい。発射すればボルトがエンチャントされるからの」
ダブローノスのハルバードも、チャリーノスの大盾も同じく光のエンチャントが施され、二人は感触を確かめるように、何度か振り回す。
「お主達の武器は既に魔力が込められているから、ワシのエンチャントはできん。ヴェシマの魔道具も同じじゃ」
「これで準備は整ったな」
「ええ、行きましょう。ここを抜けて不死の王冠の元へ!」
「「「おおおおおっ!」」」
クラヌスの言葉に応え、五人は雄叫びをあげるのだった。




