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第6話 不死者の住まう町 その4

プロスヴァーはベットから起き上がると、自分の身体の状態を確認する。

「うむ……」

左肩の傷も、右太腿の傷も多少の痛みはあるが、出血は止まり、動けるまでは回復していた。

「プロスヴァー。気分はどう?」

傷の確認を終え、服を着終わったちょうどその時、クラヌスが扉の外からそう尋ねてくる。

「ああ、問題ない」

「入っても大丈夫?」

「いいぞ」

プロスヴァーの了承を得てクラヌスが部屋に入ってくる。

「体調はどう? 動ける?」

「ああ、今は血を流しすぎて腹が減ってるよ」

「よかった。食欲あるなら大丈夫そうね。でも、傷は完全に塞がってないわ。無茶な動きは極力避けて」

「分かってるが、難しいだろうな」

「そうね……」

クラヌスは、追っ手の追撃を振り切る事を考えると、それ以上何も言えなかった。

「そうだ。今大丈夫? 私たちを助けてくれた人達に私たちの事、話しておこうと思うんだけど」

「そうだな。俺たちを助けてくれた人にお礼を言わないとな」

プロスヴァーは座っていたベットから立ち上がる。

「じゃあ今から案内するわ。二人は下の居間にいるの。ついてきて……それから驚かないでね」

「? 分かった」

そんな気になる事を言うクラヌスの後をついて、一回の階段を降りて居間に入ると、プロスヴァーは驚いて目を見開く。

そこには身体が透けた女性がテーブルに食器を置いて食事の用意をしていた。

「コホン」

クラヌスの咳払いに気づき、プロスヴァーは何とか驚いた事を悟られないように内に隠す。

彼女の咳払いに気づいた女性がお皿を置く手を止めてこちらを見る。

「おはようございます。エデルさん」

「あら、おはようございます。クラヌスさん」

エデルと呼ばれた女性が微笑みを浮かべながらクラヌスに挨拶を返す。

「あっ、そちらの方が……」

「申し遅れました。私の名はプロスヴァー。この度は私達を助けてくれて有難うございます」

そう言って頭を下げると、彼女はパタパタと小走りに近づいてきた。

「そんな、頭を上げてください。私はただ襲われていた貴方達を、家に入れただけですから」

「いえ。そのお陰で私は怪我の治療ができたのです。本当に助かりました」

「分かりましたから。あ、頭を上げてください」

「……全く何やってんだか」

頭を下げるプロスヴァーと、アタフタするエデルをクラヌスは暫く交互に眺める。

「ほらプロスヴァー。もう頭を上げなさいよ。エデルさん困ってるわ」

プロスヴァーは「すまん」と言って頭を上げる。

「エデルさんも気にしないで。彼、悪気はないの」

ちょっと融通がきかないのとクラヌスは付け足す。

それを聞いてエデルは笑顔を浮かべた。

「はい。私は気にしてませんから。そうだ、自己紹介してませんでしたね。私の名前は……あっ」

その時、彼女がプロスヴァー達の背後に気づいて、言葉が途切れる。

二人もつられて後ろを振り返る。

「…………」

そこには険しい目つきをした男性がプロスヴァーとクラヌスを睨みつけていた。

「あなた……」

「エデル。夕食はまだかな?」

男性はエデルに対しては一転して優しい声音で話しかける。

「は、はい! もう用意できてます」

それを聞いて男性は、笑顔を湛えながらテーブルに向かう。

「……失礼」

二人の間を抜ける時、プロスヴァーの肩にわざとぶつかっていた。

「……彼は?」

プロスヴァーは小声でクラヌスに尋ね、彼女も小声で答える。

「旦那さんのヴェルトよ。……私達嫌われてるみたいなの」

「……だろうな」

「あの、 お二人もどうぞ」

エデルが二人に声をかける。

プロスヴァーは断ろうかと思った。

何故ならテーブルについたヴェルトの目は、明らかにこちらに来る事を拒否していたからだ。

「座りましょう。彼女に悪いわ」

クラヌスはそんな非難の視線を全く気にせずにプロスヴァーの背中を押して席に着く。

エデルとヴェルトが対面に、プロスヴァーとクラヌスも向かい合って座る。

各々の前には皿が置かれているが何も載っていなかった。

だがそれを疑問に思っているのは、プロスヴァーとクラヌスだけで、夫妻は全く気にしていなかった。

むしろこの光景は彼らにとっていつものことだった。

夫妻が両手を合わせたのを見て二人も倣って手を合わせる。

「神よ。私達に毎日の糧をくださり感謝いたします」

二人はお祈りを済ませると空の皿を手に取りスプーンで掬って口に運んでいた。

「「…………」」

プロスヴァーは何も言えずただ黙ってその光景を見ていた。

彼は最初、嫌がらせをされているのかと思った。

見ず知らずのドワーフは早く出て行けというメッセージかと思ったのだが、その考えは間違っていた。

「美味しいな。いつ食べても君の料理は最高だよ!」

「ふふっ。ありがとうございます。あなた」

夫妻、特に夫の方は、お皿には何もないのに本当に美味しそうに食べ、空のコップを口に運ぶ。

プロスヴァーはそんな二人を見てあることに気づく。

エデルは、食べる夫の姿を見てどこか悲しそうな表情を浮かべていたからだ。

「プロスヴァー」

クラヌスに呼ばれて彼女の方を見ると、クラヌスは何も言わず小さく頷く。

「食べましょう。冷めちゃうわ」

そして空の皿をスプーンで掬って食べるふりをする。

それを見たプロスヴァーは、何も聞かずに空のスプーンを口に運ぶのだった。


「美味しかったよ。ごちそうさま」

食事の終わったヴェルトは、スプーンをお皿に置いて立ち上がる。

「僕は部屋に戻るよ……お客人も早く食べて下さいよ」

そう言ってヴェルトは二人に釘を刺して自分の部屋に戻っていった。

「……すいません。夫が失礼な態度を取ってしまって……」

ヴェルトが部屋に戻ったのを確認して、エデルが食器を片付けながら二人に謝罪する。

「いいのよエデルさん。私達は気にしてないから。ねっプロスヴァー?」

「ああ、だが出来ればこの街で何があったのか、教えてくれませんか? 後、貴女たちのことも」

「そうですね……分かりました。私が知っている事を全て話します」

エデルは「その前に食器を片付けてもいいですか?」と二人に確認して食器を片付けていく。

「お待たせしました」

そう言って食器を片付けたエデルは椅子に座る。

「えっと、何からお話ししましょうか?」

「まずはこの町、いやこの王国に何があったのか教えてください」

エデルは頭の奥に沈んでしまった記憶を手探りで探すように話していく。

「ここは……ダストル王国と言います。ご存知ありませんか?」

そう聞かれて、クラヌスは首を横に振る。

「プロスヴァーは知ってる?」

「いやない。すいませんが、ダストル王国という名前は聞いたことはありません」

「そうなんですか? 大陸の中でも一、ニを争う、かなり大きい王国のはずなんですけど……」

エデルは二人が知らない事を聞いて少し意外な顔をする。

「……そういえば、闇の勢力との争いはどうなったんですか?」

「闇の勢力ですか?」

プロスヴァーはそれを聞いて目を瞬かせた。

「闇の帝王は既に滅ぼされたわ」

「えっ! いつの事ですか?」

「いつも何も……」

「もう数千年前のことよ」

「そんな昔の事なんですか……」

クラヌスは闇の帝王が、五人の英雄達によって滅ぼされた事をエデルに話していく。

エデルは話を聞き終えるまでずっと、信じられないといった表情を終始見せていた。

「……そうですか。闇の帝王は滅んだんですね。実はここ、ダストル王国は闇の勢力に襲撃を受けていたんです」

「えっ!そうなの」

「あの、お二人は見たでしょうか? 門の砦を……」

「はい、見ました。私達はそこから来たのです。沢山の魔物もいました」

「あそこに魔物がいたのは、占領されてしまったの?」

「はい。襲撃を受けて門の砦は占領されてしまいました。そして町への門が破られようとしたその時でした……」

エデルがそこで身体を震わせた。

「何があったの?」

「わ、分からないんです」

そう言って彼女は両手で顔を抑える。

「本当に何が起きたのかは分かりません。ただあの時、お城からとても暗くて冷たい闇の塊が現れたんです」

「暗くて冷たい闇?」

「はい。そうとしか言えません。闇に町全体が包まれた時、気づいたら、私を含めたみんなが……この姿になっていました」

エデルは透けた自分の右手を見つめる。

「どうやら貴女は自分に起きた異変に気がついているようですが、他の人は気づいてないようですね」

プロスヴァーの質問にエデルは顔を上げる。

「……よく分かりましたね」

「ええ、旦那さんを見ていた貴女の顔、とても寂しそうでしたから」

「その通りです。最初町が変わった時、私も普通に生活していたんです」

エデルはテーブルの上で手を合わせる。

「でも、でもだんだんとおかしい事に気付いたんです。いつもと変わらない日々を過ごしていた時、ふと気づいてしまったんです……」

彼女はそこで言葉を切り、二人は再び話し出すまで静かに待っていた。

「みんなは普通に生活してるんです……なのに私だけ違和感を感じていても、誰も、夫に話しても信じてくれませんでした。だから……今まで気づいてないふりを……していたんです」

「ありがとうエデルさん。話してくれて」

辛い事を思い出し涙を流すエデルにクラヌスは優しい声をかけて慰める。

「いえ……私も話すことができて、少し楽になりました」

「私達もこの町の事が、少し分かりました。話してくれてありがとうございます」

「あの、次はお二人のお話を聞きたいのですが……いいですか?」

「勿論いいわよ」

クラヌスはエデルに自分達の事と、ダストル王国に来た目的を話していく。

聞いている彼女は、笑顔になったり、驚いたりしながら、じっと二人の話を聞いていた。

「貴方達はドワーフさんだったんですね。私、初めて見ました」

「あれ、私達ドワーフを見たことないの?」

「はい。何度かお城には謁見していたそうなんですが、私は実際に見たのは今日初めてです!」

そう言うエデルの表情はとても明るく嬉しそうだった。


エデルに自分達の事や彼女が知らない世界の事を話して、暗い雰囲気はいつの間にか吹き飛び、今は明るい笑いに包まれていた。

「そろそろ戻りましょうか? プロスヴァー」

「そうだな」

「あの、いろいろ楽しい話を聞かせてくれてありがとうございました」

エデルのお礼を聞きながら、二人はそれぞれの部屋に戻った。

プロスヴァーが部屋に戻って少し経つと、扉がノックされる。

「はい」

「私よ。入ってもいい?」

声の主はクラヌスだった。

プロスヴァーは「どうぞ」と言って彼女を招き入れる。

「入るわね。プロスヴァー」

「どうしたんだ」

「んっ、お腹空いてない? ほらコレ」

クラヌスが手に持っていた干し肉を差し出す。

「おっ、助かるよ。ありがとう」

プロスヴァーも自分の食料を持ってきていたが、先の衛兵達との戦いで背囊に穴が空いて何処かへ行ってしまった。

「いっぱい持ってきたから、たくさん食べなさい」

「君は俺の母親か、全く」

そう言いながら、プロスヴァーはベッドに腰掛けながら、受け取った干し肉を齧る。

クラヌスも同じく干し肉を食べながらベッドに腰掛けた。

「これからどうする?」

新しい干し肉を取り出しながら、先に口を開いたのはクラヌスだった。

「俺の身体は全快とはいえないが動く。早く仲間達と合流しないとな」

「……でも、みんな戻ってこれるかしら?」

「彼らが戻ってこないとでも」

「そうじゃないわ。ここにいるのは普通の武器は効かない」

「確かに。俺の剣か、ヴェシマの魔道具でしか倒せなかったからな。あと光のポーションがあれば……」

「でもそれはヴェシマも言ってたじゃない。彼女……じゃなかった、彼にも作る事が出来ないって」

危うく、ヴェシマの正体を言いそうになって、慌てて訂正する。

「万事休すか……」

「そうね。このままだとその通りになってしまうわ」

「だが、俺は諦めるつもりはない。ヴォルヴィエと共に一人でも……」

そこまで言ってふとクラヌスの視線に気づいて振り向くと、彼女は頬を膨らませて睨んでいた。

「またそう言うこと言うんだ……ハァ」

「あっ、悪い。勿論、君の力も借りたい」

「ハァ〜私より、その刀の方がよっぽど頼りになるものね」

怒ってしまったクラヌスを必死になだめる。

「お、怒らないでくれ! 俺は……」

「俺は何よ?」

「その、俺は君の事を役立たずとは思ってない」

「本当? だって、私が持ってる武器じゃあいつらを倒せないんでしょ。そんな私は役立たず……」

「役立たずじゃない!」

クラヌスが言い終わらないうちにプロスヴァーは言葉を被せる。

「び、びっくりするじゃない!」

彼女が驚くほど、プロスヴァーはとても大きな声を出していた。

「役立たずじゃない! クラヌスがいなかったら、俺は多分ここまでは来れなかった。だからそんなこと言わないでくれ」

プロスヴァーは彼女の両手をギュッと握り締める。

「ふ、ふ〜ん。そっか。そう思ってくれてたんだ」

クラヌスは顔を真っ赤にして、そっぽを向く。

それを見たプロスヴァーも、とても恥ずかしくなって、慌てて誤魔化す。

「あ、いや、勿論君だけじゃなく、他の仲間達も同じ位に活躍しているぞ」

それを聞いてクラヌスはキョトンとする。

「どうした?」

「ぷふっ。もう、そう言うことにしといてあげるわ」

(そこは「お前が一番だ!」くらい言ってくれてもいいじゃない。馬鹿)

その時、部屋の外で、かすかではあるが誰かが言い争う声が聞こえてきた。

「あの夫妻よね」

「恐らくな」

クラヌスは立ち上がると扉に近づいて耳をつける。

「おい、クラヌス。盗み聞きは駄目だぞ」

そう言いながらもプロスヴァーも扉に近づく。

「エデルさん達。どうやら私たちの事話してるみたいね」

クラヌスの耳には夫妻が何を話しているのか聞こえてくる。

「エデル。彼らはいつ出て行くんだ?」

「あなた落ち着いて下さい。大きな声を出すと、お二人に聞こえてしまいます」

「うるさい! 何であいつらの味方をするんだ? よそ者だぞ」

「でも、お二人とも悪い人ではありません。それに男性の方は怪我もしています。せめて怪我が治るまで……」

「駄目だ。明日には出て行ってもらえ! いいな?」

「そんな……」

それきり二人の会話は聞こえなくなった。

「どうやら早めに出て行った方が良さそうだな」

いつの間にかクラヌスと同じく扉に耳をつけていたプロスヴァーは、扉から耳を離す。

「そうね。でもいつにするの?」

同じく扉から耳を離したクラヌスが尋ねる。

「さっき夕食と言っていた。つまり今は夜なのだろう。ならば一眠りして体力を回復してから出て行こう」

「それがいいわね。エデルさんに迷惑かけたくないしね」

「じゃあ、それで行こう」

「分かった。寝過ごさないでよ」

「君も忘れ物するなよ」

クラヌスは「しないわよ。子供じゃないんだから!」と言いながら部屋を出て行った。

一人になったプロスヴァーは支度を済ませてからベッドに潜り込むのだった。


眠りから覚めたプロスヴァーは起き上がると鎧を着込み、ヴォルヴィエを腰に履くと、部屋の扉を開けて廊下に出る。

「あっ、プロスヴァー」

「クラヌス。おはよう」

奇しくも二人同時に部屋を出てくることになった。

「行きましょうか?」

「ああ、静かにな」

二人はできる限り音を立てないように下に降りて玄関に向かう。

その時、ドアが開く音がして、二人共、思わず足を止めて振り返る。

そこには悲しそうな顔をしたエデルがいた。

「お二人共、行ってしまうんですか?」

「はい。そろそろお暇させていただきます」

「ありがとう。貴女のお陰で助かったわ」

「まだいて下さってもいいんですよ。まだ怪我も治りきってないし、夫には私から……」

「大丈夫です。私達ドワーフは、身体が頑丈なんです。もう傷も問題ありません」

いくらドワーフでも一日では矢傷は完治していなかったが、その事は伏せておく。

「そうですか。あの、ひとつお願いがあるんです!」

唐突にエデルがそう切り出す。

「何でしょう?」

「もし、お城に行く事があれば、その、私達をここから解放する方法をあったら……」

「分かりました。探してみましょう」

「あ、ありがとうございます」

エデルは深々と頭を下げた。

「じゃあ、エデルさん。私達はこれで」

「はいクラヌスさん……また、お会いする時があれば、いっぱいお話ししたいです」

「……うん」

プロスヴァーとクラヌスは、それ以上何も言わず、ぺこりと頭を下げて玄関を開け外に出るのだった。

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