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第6話 不死者の住まう城下町 その3

ブオンと風切り音を上げながらクラヌスの斧が、プロスヴァーの眼前に迫る。

「なっ!」

紙一重でそれを避けると、斧刃がプロスヴァーの後ろにいた衛兵の頭を真っ二つにした。

「おい! 危な……」

「はぁあああっ!」

そう言い終わる前に、再びクラヌスの斧が迫り、必死に避ける。

斧は空を切り、近くにいた哀れな衛兵の一人を切り捨てる。

「避けるな! 大人しく私の斧の錆になりなさい!」

「無茶苦茶だ!」

クラヌスは何度もプロスヴァーを狙って斧を振るってきた。

冗談ではなく本当に命の危険を感じたプロスヴァーは、周りを囲む衛兵のことも忘れて、必死に避ける。

いつの間にか矢傷の痛みも忘れていた。

プロスヴァーを狙って振るわれる斧は、避けられるたびに周りにいる衛兵達を、一人また一人と倒していくのだった。

「くっ。待てクラヌス」

避け損なって、地面に尻餅をついたプロスヴァーは見た。

目の前のドワーフの女性が、本気で自分に斧を振り下ろそうとしていた。

「この馬鹿プロスヴァアアアアアアッ!」

本当に殺されると思い目を閉じたプロスヴァー。

しかし暫くしても、斧は振り下ろされる気配はない。

恐る恐る目を開けると、クラヌスは斧を頭上に振り上げたままこちらをじっと見つめていた。

「……クラヌス?」

声をかけるも彼女から反応はない。

すると彼女は斧を落としていきなり抱きついてきた。

「クラヌス?」

プロスヴァーはいきなりの出来事に頭がついていかない。

「……一人でカッコつけるんじゃないわよ。馬鹿プロスヴァー」

「す、すまん」

彼女の顔は見えなかったが、かすかな嗚咽が聞こえてくる。

「すまなかった」

プロスヴァーは自然と彼女の頭を撫でていた。

どれくらい二人はそのままでいたのか、暫く二人はそのままの体勢でいた。

「クラヌス。すまんがそろそろ離してくれるとありがたいのだが……」

それを聞いて突然クラヌスがガバッと顔を上げる。

泣いて目の周りを真っ赤にしたクラヌスがプロスヴァーを覗き込む。

その涙で潤んだ赤い瞳に、彼は思わず魅入られてしまい目が離せなくなる。

段々とクラヌスの顔が赤くなり、下を向いた直後。

「は……」

「ん?」

「離れなさいよ。変態!」

「ぐわっ!」

クラヌスは顔を真っ赤にしながらプロスヴァーを突き飛ばした。

「全くこんなとこで欲情しないでよ……変態」

「何故そうなるんだ……くっ!」

「ちょっと大丈夫? 怪我してるじゃない!」

クラヌスはやっとプロスヴァーの矢傷に気づく。

「大したことない。ちょっと待ってくれ」

プロスヴァーは左肩と右太腿の矢を抜かずに矢柄の真ん中を掴んで折る。

「抜かないの?」

「後で抜くさ。今抜いたら血が吹き出て動けなくなるからな。それと……」

矢柄を折ったプロスヴァーはそのままクラヌスが倒した衛兵達に近づき、躊躇わずにヴォルヴィエを突き刺す。

「こいつらにトドメをさしておかないとな!」

「ぎゃあああっ!」

胸部を刺された衛兵が悲鳴を上げて動かなくなる。

その悲鳴を聞いてか、一斉に衛兵達が起き出す。

プロスヴァーは怪我をしているとは思えない素早い動きで、アンデッド達の魂を斬るのだった。

「ふう、何とかなったな……」

「ちょっと、しっかりして!」

膝をついて蹲るプロスヴァーにクラヌスが声をかけながら近づく。

「すまん大丈夫だ。君は怪我してないな?」

「私は平気よ。貴方の方がどう見ても酷いわよ。ほら立って」

クラヌスは血がつくのも構わず、プロスヴァーに肩を貸す。

「おい、大丈夫……」

「大丈夫じゃない!」

本当は一人で立ち上がるつもりだったが、身体は言うことを聞いてくれなかった。

「すまない」

「謝らなくていいから、ほら今は逃げる事だけを考えるの」

二人は近づいてくる足音から離れるために路地の一つに入る。

「ここならひとまず安心ね」

「まだ動くべきだと思うのだが?」

「分かってる。けど貴方の足元を見てみなさいよ」

「……なるほど、これでは後をつけられてもしょうがないな」

プロスヴァーの足元には傷口から垂れた血が、地面にシミを作っていた。

「取り敢えず止血はしておかないと、肩はこれを手で抑えていて」

プロスヴァーに裂いた手拭いを渡すと、クラヌスは慣れた手つきで、太腿の傷のすぐ上を手拭いできつく縛り、プロスヴァーの矢傷に止血を施す。

「出来たわ。鏃を抜いてないからそんなに血は出てないけど、早く手当しないと……」

その時近くで足音が聞こえてきた。

「逃げるぞ。ここにいてはまずい」

「そうね。急ぎましょう」

プロスヴァーはクラヌスに肩を借りて路地を出て追っ手から逃げ続けた。

しかし逃げるだけでは何の解決にもならない。

衛兵達の方が数も多く、疲れも知らず、更に城下町の地理にも詳しかった。

町のことを何も知らない二人は次第に追いつめられていた。

「不味いわ。このままじゃいずれ捕まっちゃう」

「……立ち止まるな……今は逃げるんだ……」

プロスヴァーは喋るのも辛そうな様子だった。

「わっ!」

その内プロスヴァーの身体から力が抜け、クラヌス一人での力では支えきれずに倒れてしまう。

「プロスヴァーごめん。大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ。今、立ち上がる、から」

プロスヴァーは何とか立ち上がるも、それだけで、身体の力が抜けてしまう。

危うく倒れそうになって近くの家の扉にもたれかかる。

「……くそ。身体が重いな」

クラヌスが慌てて近寄り肩を貸すが、プロスヴァーは歩くことが出来ず、倒れないように踏ん張るだけで精一杯だった。

「プロスヴァー! しっかりしなさいよ!」

「……クラヌス。俺を……」

「『俺を置いて行け』何て言ったらぶっ飛ばすわよ!」

それを聞いてプロスヴァーは何も言えなくなってしまう。

「私だってドワーフなんだから、最悪、貴方を担いで逃げてやるわよ!」

「……それは、恥ずかしいな」

「じゃあ、自分の足で歩きなさい。私も力を貸すから!」

クラヌスの言葉を聞いて少しだけ力が湧いたプロスヴァーは、彼女に肩を借りて歩き出そうとする。

「……あの」

その時、彼らを呼び止める女性の声が聞こえてきた。

「誰?」

クラヌスは追いついてきた衛兵かと思い、周りを見回すが、辺りには誰もいなかった。

「どこにいるの? 姿を現しなさい!」

「……クラヌス。扉を見ろ」

「? 扉……あっ!」

プロスヴァーに促されて見ると、さっきまで彼が寄りかかっていた扉が微かに開いていた。

「早くこっちへ」

声の主は扉の影に隠れて姿は見えない。

「急いでください。衛兵達に見つかってしまいます!」

声の主人の言う通り、すぐ近くに足音が迫っていた。

二人に迷ってる暇はなかった。

「分かった。入るから扉を開けて」

その言葉を聞いて、家の扉が大きく開かれる。

クラヌスは罠ではないことを祈りつつ、家の中へ入るのだった。


プロスヴァーに肩を貸したクラヌスが家に入ると、後ろで扉が勢いよく閉まり鍵を掛ける音がした。

扉がしまったせいで真っ暗になり、周りの状況は全くわからない。

「今、明かりをつけますから、その、驚かないでくださいね」

「? わかったわ」

驚くとはどういうことだろう。そんな事をクラヌスが考えていると、何かが頭の上で動く物音がして、壁に掛けられたランプから、パッと明かりが灯る。

周りを衛兵に囲まれていない事を確認して、取り敢えず罠ではないとわかりクラヌスはホッとする。

「ありがとう。助けてくれ……て」

「いいえ、どういたしまして」

彼女は自分達を助けてくれた人物にお礼を言いながら、そちらを振り向いた時、とても驚いて目を見開いてしまう。

「あ、貴女……」

「やっぱり、驚かれますよね。この姿は」

そこにいたのは人間の女性だった。

ただクラヌスの目がおかしくなければ、彼女の身体は透けて、後ろの壁が見えていた。

「え、え? どういう事なの?」

クラヌスは身体が透けている女性を指差して、その手をブンブン振る。

完全にパニックに陥っていた。

「あの、落ち着いて下さい。まずはそちらの男性の手当てをするべきだと思います」

パニックだったクラヌスはその一言で冷静になり、プロスヴァーの方を見る。

見ると彼の足元に血だまりができている。

プロスヴァーは多量の出血と痛みで気を失っていた。

「大変! すぐ手当てしないと! どこか場所を借りられる?」

「こちらへ」

女性に案内されたのはソファだった。

クラヌスはプロスヴァーをソファに寝かせて背嚢から治療道具を取り出す。

「プロスヴァー。今から治療するわ。まず矢を抜くけど……はっきり言うわ。痛いわよ」

クラヌスが(ささや)くと、プロスヴァーの意識が戻る。

そして痛みに顔を顰めながら小声でこういった。

「……任せる」

その一言にクラヌスは頷いて、プロスヴァーが舌を噛まないように、手拭いを口に噛ませる。

「まずは肩の矢を抜くわ」

プロスヴァーが頷いたのを確認してから、彼の左肩に刺さった矢を掴む。

そして一気に引き抜いた。

「む〜〜む〜〜〜!」

プロスヴァーは唸りながら痛みを耐える。

クラヌスはプロスヴァーの身体を抑えながら、手早く傷口を治療していく。

「肩は終わり。次は太腿よ。頑張って」

プロスヴァーは力なく頷く。

彼のくぐもった悲鳴がしばらく家中に響くのだった。


プロスヴァーは気づいた時、目の前に赤い山がそびえ立っていた。

よく見るとそれはカロヴァー王国の人々の死体が積み重なって出来た山だった。

「これは何だ?」

死体の山の横に動く者がいた。

それは黒い影だった。

黒い影達は、淡々とドワーフ達の首を、持っている斧で跳ねる。

「止めろ! 止めろ!」

更に弟ネカヴァーや、共にダンジョンを探索する仲間たちが連れてこられる。

そして地面の台に頭を置かれて、その首めがけて斧を振り下ろす。

プロスヴァーの知っている顔の首がごろごろと辺りに転がっていく。

「くそ! 止めろ。おい、聞こえないのか! おい!」

プロスヴァーは彼らを止めようとしたが、左肩と右足に激痛が走り、動けない。

動こうともがいていたその時、クラヌスが処刑台に連れてこられていた。

「クラヌス逃げろ! 逃げるんだ!」

プロスヴァーが呼びかけても、彼女には聞こえてないようで、無表情のまま黒い影に処刑台に頭を置かれる。

彼女の顔がプロスヴァーの方を向いてプロスヴァーと目が合う。

そしてこう言い放つ。

「お前のせいだ」

直後クラヌスの首が宙を飛んでいた。

全員の首を飛ばした黒い影達が、次の獲物を探してプロスヴァーに迫る。

プロスヴァーは迫る黒い影の事も気にせず、只々泣き続けていた。

黒い影が斧を振り上げて彼の頭に振り下ろそうとしたその時、歌が聞こえてくる。


ねむりなさい ねむりなさい

ぐっすりぐっすり ねむりなさい


いっぱい すやすや ねむったら

しあわせなあさが まってるよ


「はっ!」

プロスヴァーは辺りを見回す。

それは見慣れない部屋だった。

「……夢だったのか?」

悪夢だと分かって、彼は夢の中で聞こえてきた歌の出所を探す。

それはすぐ見つかった。

「ねむりなさい ねむりなさい……あら起きたの?」

歌っていたのはクラヌスだった。

「ああ……」

彼女は籠手と兜を外し、ツインテールを解いて髪を下ろしていた。

彼を覗き込むクラヌスの目はとても母性に溢れていた。

「…………」

怨みのこもったあの目が悪夢でよかったと彼は心の底から安堵する。

「大丈夫? 私のこと分かる?」

「……ああ」

「ごめん……もしかして、うるさかったかしら?」

「いや、君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「? そう、ならよかったわ」

プロスヴァーは悪夢から助けてくれて事にお礼を言ったのだが、クラヌスには何の事か分からなかった。

「もう少し休んでいて。後で私たちを助けてくれた人を紹介するわ」

プロスヴァーはこんな所で助けてくれた人が気になったが今はゆっくりと休みたかった。

「そうだ。お願いがあるんだが……」

「ん? お願い?」

「さっきの歌、また歌ってくれないか?」

「ああ、あれ……聴いてたんだ? うるさくなかった?」

クラヌスは歌を聴かれたと知って恥ずかしいのか、顔を赤く染める。

「そんな事はない。むしろ歌ってくれた方がよく休める」

「そ、そう? この歌、子守歌なの。よく妹に歌ってあげたのよ」

「歌ってくれ。聞きながら眠りたいんだ」

「……分かったわ。歌うから……先に目を閉じて、恥ずかしいから!」

恥ずかしがるクラヌスのお願いを聞いて、プロスヴァーは目を閉じる。その直前、

「君の歌声。俺は好きだな」

そう言って目を閉じる。

「もう分かったから! 早く寝なさいよ! 全くもう……」

ぶつぶつと文句を言いながらも、クラヌスはプロスヴァーが目を閉じたのを確認してから再び子守歌を歌うのだった。

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