第1話 十年ぶりの帰還 その1
東から登る陽に照らされながらプロスヴァーは十年ぶりに王国に帰ってきた。
馬車を降りた町の宿を出発して徒歩で五日程で到着する。
本当は王国まで馬車でも雇って来ようかと思っていた。そちらの方が早いし楽だからだ。
だが、ここ十年で国王は、エルフは勿論今まで親交のあった人間の交流さえ禁止するようになっていた。
なので町でカロヴァー王国の事を聞いても大した情報も得ることもできず、仕方なくプロスヴァーは徒歩で王国へ向かう事にした。
途中野宿したり野犬に襲われたりで色々とあったが、やっと王国の姿を十年ぶりに見たのだった。
カロヴァー王国は大陸の北にある鉄の山のをくり抜いて作られている。
「懐かしい……」
プロスヴァーは十年前と変わらない王国の姿を懐かしみながら、入り口に向かう。
その入り口には二体の斧を携えたドワーフの石像が敵は通さんぞと言わんばかりに睨みを利かせていた。
二体の石像を見上げながらプロスヴァーが空いている城門を通り過ぎる。
そこを抜けると、まずたどり着くのは城下町である。
山の中にある王国なので人間の王国と比べると、ヒンヤリとしてはいるが、生まれてこのかた不快に思った事は一度もなく、それにずっと歩き詰めで身体が火照っていたプロスヴァーには丁度良い心地よさだった。
石で造られた建物は頑丈なのは勿論だが、不思議と石の冷たさを感じられず居心地が良いと評判である。
なのでドワーフのみならず、その昔ある人間の領主が自分の館をドワーフの職人を招いて石で作らせたこともあるほどだった。
プロスヴァーはよく二人で王宮を抜け出して通っていた酒場を見つけてちょっとホッとする。
(時間があったら寄ってみるか)
そんな事を考えながら、目的地に向けて足を動かす。
石の城下町を抜けると、その奥に一際大きい建築物が目に入る。
その堅牢な建物こそが、代々の国王の名前が冠された城。ガラヴァー王宮である。
この王宮は、町のように石を組み上げて作ったのではない。
その昔鉄の山に王国を作る時、一番奥にどうしても切り出せない鈍い青色の岩盤があった。
ドワーフ達が、諦めかけたその時、初代国王カロヴァーはこう言ったという。
「この青い岩を見よ。この美しさといい頑固さといい、まさしく儂の、いや我らの王宮に相応しい!」
そう言って自ら率先して青い岩盤を長い年月かけて削り加工して出来たのがカロヴァー王宮、今のガラヴァー王宮である。
「すまんが、よく聞き取れなかったのでもう一度言ってもらえるか?」
プロスヴァーは湧き上がる怒りを抑えて衛兵にそう言った。
「えっと、ですから……」
衛兵は二人ともプロスヴァーより若いのであろう。鎧兜を着ていても、怯えているのが明らかであった。
二人には自分達と変わらない身長百六十センチのプロスヴァーがさぞ大男に見えていたに違いない。
王宮の入り口でプロスヴァーは二人の衛兵に止められていた。
「お前のような薄汚い者が王宮に何用だ!」
自分の格好は旅で薄汚れていて、自分で見ても王族には見えなかったし、町でも誰も彼に気づいていなかった。
こうなる事は予測していたので、不快に思うことなく自分の身分を明かして王に謁見したいと告げた。
「何か証拠となるものはあるのか?」
全くプロスヴァーの言葉を信じていない衛兵に彼は懐から指輪を取り出し、左の人差し指にはめる。
それを見た二人の衛兵は態度を改める。
「も、申し訳ございません。ご無礼をお許し下さい」
「申し訳ありません」
二人は頭を深々と下げる。
その王族の指輪ははめる者の指に合うように作られている。つまりそれをはめることができるのは王族以外にはいないのである。
「よい。そなた達に非はない。それよりも私が王に謁見したい旨、早く伝えてもらいたいのだが」
「ハ、ハイ。すぐ王子の帰還を伝えてまいります」
そして帰ってきた衛兵の答えは、プロスヴァーを苛立たせるに充分だった。
「もう一度言ってもらえるか? 国王の返答は何と?」
「は、はい! 国王は王子に会いたくはなく、王宮に足を踏み入れることも許さないと……ひっ!」
そう伝言を伝えていた衛兵は不意にプロスヴァーと目が合って悲鳴を上げてしまう。
それほどまでにプロスヴァーは怒りに満ちていた。
「……そうか分かった。ここは引き下がろう」
プロスヴァーの怒りが収まり、二人の衛兵はほっと胸を撫で下ろす。すでに冷や汗で全身が冷え切っていた。
「申し訳ありませんプロスヴァー様」
「謝ることではない。お前達はただ忠実に任務を遂行しただけだ。何も謝る事はないぞ……また日を改めて来るとしよう」
そう言って王宮を後にする王子の背中に、二人の衛兵は見えなくなるまで頭を下げ続けるのだった。
プロスヴァーが去ってからしばらくして、王宮から一人の白髪で同じ色の立派な髭を生やした男性ドワーフが息を切らせながら走ってきた。
「これはダブローノス殿。何かありましたか?」
王宮の門を見張る衛兵が心配そうに声をかける。
「ハーハー。すまん、少し取り乱してな……そう王子、今プロスヴァー王子がここに来られたそうではないか! 何故お通ししなかったのだ!」
ダブローノスは衛兵に詰め寄る。身長百四十八センチと衛兵よりも小さいがその迫力はプロスヴァーに負けるとも劣らないものだった。
「そ、それは、国王陛下がそう指示されたからです」
「陛下が? まだ十年前の事を根に持っておるのか。あれは誰のせいでもないというのに……」
暫くダブローノスは昔の事を思い出していたが、直ぐに衛兵に問い詰める。
「こうしてはおれん。 王子はどこに行ったか分からんか? どこに行かれるとか言っていなかったか?」
ダブローノスは兜を両手で包んでガクガクと揺さぶる。
「分かりません。分かりませんが、また日を改めて来ようと仰ってましたので、まだ城下町に居られるのではないでしょうか?」
そう言ったのはダブローノスに詰め寄られている衛兵ではなくもう一人の方だった。
「でかした! それならまだ救いがある」
「何処へ行くのですか?」
「町へ王子を探しに行く。今、王国、いや国王にはあのお方が必要なのだ!」
そう叫びながら、ダブローノスは数年ぶりに全力疾走してプロスヴァーの姿を探しに行くのだった。